エピローグ

 三儀は、橙から黒に変わろうとしている道を、ひとり歩いていた。


 あれからどれくらいの時間がたったのだろうか。


 闇の去った世界は、元の世界と驚くほど変わっていなかった。

 人も学校も元のままで、“役目負いキャスティング”も無事にできるようになっていた。

 また近いうちに、大会も開かれるらしい。


 そんな変わらない世界に、三儀はまだ戻ることができていなかった。

 失ってしまったものをなげき悲しむ時間はあれど、向き合うための勇気と心を、いつまでも持つことができていなかった。


 私は、なんのために闘ってきたのか。


 それはもちろん、家族を取り戻すためだ。


 結果的に、その願いは叶った。


 お父様は、無事にとはいかないまでもすでに峠はこえ、今は病院で安静にしている。

 一位姉さまと二王姉さまは、これといった大事もなく、もうふたりとも元気に暮らしていた。

 一位姉さまは、いまだに春叶浮梨として一ノ目高校で生徒会長をやっているし、二王姉さまは、魚井近として過ごしていたかと思えば、突然ふらっといなくなり、当然のようにしれっと帰ってきたりしている。

 また昔のように、家族で暮らせる日も近いのかもしれない。


 他の人はどうなったのかというと。


 願石幸鉄さんは、もちろんなにも変わっていない。

 なにがあっても信念を曲げない人だから、当たり前かもしれない。

 いつも浮梨おねぇちゃんを補佐し、常に魚井さんを叱っている。

 ちなみに転人さんにからんでいたあの三人の生徒は、もれなく首締役員として、願石さんに厳しくされているようだ。


 紙芸営さんは、浮梨おねぇちゃんのところによく遊びに来ている。

 なぜか身体を鎖で縛っているけれど、その意味は聞かないことにしている。


 穂ノ瓜炎土さんも、よく浮梨おねぇちゃんに闘いを挑みに来ていて、そして負けている。

 「新必殺技をくらえ」とか「新しいダイスの力を見てみろ」とか、いろいろやってはいるらしい。

 あと、願石さんのところにもよく訪ねてくるそうだ。


 追志いのりさんと送暦さんは、今回の事件――世間では“神をフった天使エンジェルフォール”と呼ばれている今回のできごとを受けて、ダイスダウンの新しいシステムを開発することになったそうだ。

 話では、ダイスと一緒に私たちも闘えるようになるんだとか。ふーちゃんもその開発に一役買っているらしい。


 笊籬宣さんのことは、正直よくわからない。

 たまに姿を見かけるけれど、二王姉さまからは「あいつには近づかないように」と強く言われている。確かにあの笑顔は不気味だ。


 そんなみんなも、過去に思いをはせることはあるようだけれど、それでも世界が回るのに合わせて、足を動かし続けているようだ。

 だから私も、前を向いて歩かなければいけないと、自分をふるい立たせてはいる。

 そうじゃないと本当に、あの闘いが無駄に終わってしまうから。


 それでも、どうしても考えてしまう。


 私は、なんのために闘っていたのか。

 私は、誰のために闘っていたのか。

 大切な人のために、あの場にいたのではなかったのか。


 そのことがどうしても、頭をもたげてしまう。


 段々と足が重くなっていくのを感じる。

 どろどろとした気持ちに浸り、まわりが見えなくなってしまう。


 幸い、三儀が歩いている道に、三儀以外の人影はなかった。


 だから、誰かに迷惑をかけることはなかった。

 当然、三儀の目を覚ますものもいなかった。


 あのときの光景が、ふとこの目に浮かんできてしまう。

 視界がぼやけていく。


 そこには、真っ黒に塗りつぶされた人型のなにかがいた。

 人間大のその影は、黒い身体をゆらゆらと揺らめかせていた。


 それは、三儀がよく知るなにかだった。


 知らないわけがない。

 忘れるわけがない。


 彼を目にして抱く思いは、初めて会ったころと、なにも変わらなかった。


 今も変わらず、息苦しくなる。


 自然と足はとまっていた。


 三儀は目を閉じて、ゆっくりと深呼吸をする。

 向き合う覚悟を決めてから、目を開いていく。


 それに合わせるように、その黒い影にゆっくりと色がつき始める。

 手が映え、足が映え、最後に顔が映え、全身が綺麗に彩られていく。


 その姿は、三儀のよく知る人間のそれになっていた。


 それの両の目が、夕日にたたずむ三儀の両の目を、まっすぐに見つめていた。


 三儀は、崩れ落ちそうになる身体を叩き、走り出しそうになる気持ちをおさえて、もうこの世界にはいないはずの大切な人を見た。


 口を開くが、言葉が出てこない。


 涙があふれてくる。



 彼は、そんな三儀に向けて、勇気をふりしぼりながら、あのときの三儀と同じように、あのときの三儀の言葉をまねて言う――



 その言葉を聞いた三儀は、無我夢中で駆け出し、彼の胸へと飛びこんでいた。



「――おかえりなさい、転人さん」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダイスダウン ―俺は妹のために神をふる― 〇〇〇〇 @OO_OO

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ