第70目 転人vs闇三儀②

「ずるい。

 ほんっとーにずるい。

 この卑怯者。

 私にはルールを守らせておいて、あなたはルールを無視するなんて。

 理不尽よ。

 あなたに都合のいいことばかりじゃない。

 そんなもの――許されないわ」


「そうだな。

 俺は、お前の言うとおり、卑怯者なのかもしれないな。

 でも、いくら俺を糾弾しても、状況は変わらない。

 お前の黒さは、俺には届かない」


「――なら、人間じゃないほうを攻撃するまでよ」


 黒い手は、今度は『DOG』へと狙いを変える。

 二つの手は、はさむようにして、その身体を押し潰そうとする。


 丸めこむように動く黒い手は、『DOG』を包みこんでいく――が、突然、無数のトゲが『DOG』を包むその中から生えてきた。

 そのトゲは、黒い手を見るも無惨な姿へと引き裂いていく。


刃詈はり千本せんぼん


 粉々になった黒い手の中からは、大きく大きく膨らんだフグの姿をしたダイス『FUGU』が現れた。

 それは、『首刎役』員長の追志いのりの使っていたダイスだった。

 大きくなったその体表面には、無数の針が生えている。


〈我なら簡単だなどとは、考えてくれるなよ〉


 『FUGU』があんぐりと口を開けると、中にはダイスに戻った『DOG』がいた。


「ふーちゃんのおかげで助かったってのに、偉そうなやつだな」


〈これは助けではなく、共闘というものだ。こやつも我々と同じく、目の前の敵を倒したいと叫んでおるわ〉


 追志は「機械に心はない」と言った。

 だから『DOG』のその言葉は、『FUGU』の“気持ち”ではなかったのかもしれない。

 ただ、追志は確かに黒い彼女の手によって苦しめられていて、『FUGU』はそのそばにいた。だからもしかしたら、そんな追志を見てきた『FUGU』は――そのあるはずのない心は、そう叫んでいるのかもしれなかった。


「そうか。なら、ふーちゃん、一緒に闘おう。俺たちが進むべき道を作りだしてくれ」


 『FUGU』は、ぺっと『DOG』を吐き出す。

 吐き出された『DOG』は、犬に姿を変えながらくるりと着地する。

 それを見届けた『FUGU』は、転人の前の黒い帯に向かって、口から針弾を連射する。

 黒い帯は、たちまち針に突き破られて、ずたずたになっていく。


〈ほらな。これは共闘なのだ〉


 なにもしていない『DOG』が、またも偉そうにふんぞり返っていた。

 転人はそれを見ながら「そうだな」と笑う。


「なに笑ってるの! まだまだ――まだまだ終わりじゃないんだよ!」


 粉砕された黒い手や帯はいつの間にか背景へと溶け、黒い彼女のまわりには新しいそれらが生えてきていた。

 それらは休むことなく、転人や『DOG』を串刺しひねり潰さんとせまってくる。

 転人たちは、それらをかたっぱしから停止させ、突き破り、たたき落としながら、黒い彼女へと進んでいく。


「三儀、俺はお前の思いを無視してここに来た。

 これが俺のやるべきことだと思って、みんなの“思い”を受けとってここに来た。

 そこには三儀、お前の“思い”も確かにあったんだよ。

 お前が最初に託し、そして最後を託したダイス、ドッグは今、ここにいる。

 俺と一緒に、ここに来たんだ」


「また……またそんなことを、勝手なことを言って……!」


「そうさ。

 みんな勝手なことを言って、勝手なことをして、勝手に生きている。

 その結果がどうなろうとも、それは誰のせいでもない。

 みんながみんな、それぞれが背負うべきものなんだ。

 だから三儀も、ひとりじゃない。

 三儀がやろうとしたていることはわかってる。

 それしかないってこともわかる。

 だけど、そうじゃない。

 三儀が自分を犠牲にして闇を押さえこんだとしても、なにも解決はしないんだ。

 三儀はこれまで、いろんなものをなくし、いろんなものを託され、いろんなものを救ってきた。

 いろんなものを抱えてきた三儀だからこそ、誰よりもわがままになっていいんだよ」


「いいかげんに――いいかげんにしろ!

 だから何度も言っている!

 そんなもの、届かない……もういないんだよ!」


 黒い彼女は苛立ちがおさえきれないのか、額に手を当てて、歯噛みをしている。

 足が地団駄を始めていた。


 黒い彼女は、明らかに動揺している。

 黒い彼女からあふれだす、感情の波を転人は確かに目にしていた。


 闇に飲まれたはずの空気が、徐々に変わってきているのかもしれないと、転人は肌で感じていた。


――……。


 転人は、直感していた。

 もまだ、黒い彼女に奪われながらも、どこかで闘っているんだと。

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