第67目 一ノ目 願石幸鉄

 転人と『DOG』はあの男への予感と決意を抱きつつ、昇降口を抜けて校門へと向かう。


「廻転人!」


 地鳴りとともに、怒号のような声が轟いた。

 転人は驚くこともなく、変わらずにまっすぐ校門のほうを見る。

 そこには、巨岩のような男が立っていた。

 いつかのような折り目正しい花道はなかったが、暗闇の中だというのに、その巨大な存在感は幾分も衰えてはいなかった。


 男は、転人を見すえるようにしてたたずんでいる。


「遅かったな、待ちくたびれたぞ」


 転人の姿を確かめて、男は胸をなでおろすように息を吐いた。

 もしかしたら彼は、下校する生徒全員にこれをやっていたのかもしれない。


 転人は、彼ならやりかねないなと思いながら、内心は笑っていたのかもしれない。

 しかしそんな様子は、表情からは微塵も感じ取ることができなかった。

 巨岩男の起こした振動を受けても、まったく崩れることもなかった。


「私は、一ノ目学校生徒管理役委員会、通称『首絞役』の長、願石幸鉄である! 春叶生徒会長不在の今、この一ノ目高校を守るのは私の義務であり、責務である!

 そしてそれは、私の部下である貴様も同じだ。だから貴様には、ここに残って私とともに職務をまっとうしてもらわねばならない」


 願石は腕を組み、息を大きく吸いこんで、噛みしめるように顔面に力をこめる。


「――だが同時に、私も貴様もしがないいち学生であり、ただのひとりの人間だ」


「そうだな」


「だからこそ! ここを通すわけにはいかない!」


 願石は、巨体に似合った雄々しい声で、そう宣言した。


「その流れなら、普通は俺の気持ちをくんで送り出すってことにはならないのか?」


「なるわけがなかろうが」


 転人は、願石ならばそう言うだろうなと思っていた。

 だからここで、転人はようやく、少し笑った。


〈なにをヘラヘラしているのだ、気持ち悪いぞ、怖じ気づきでもしたのか?〉


「そういうお前も、満更まんざらでもない顔をしてるじゃないか」


〈ふん、我の顔がそんな安いわけがあるか〉


「そうか?」


〈当たり前だ。我はこれからも転人とともにいる。そのことに、幾分の迷いもない〉


「それは――俺も同じだ」


 転人と『DOG』は、目の前に立ちはだかる優しい巨岩に向けて、覚悟の目をぶつける。


「ここで言い合いをしても、きっと決着はつかないだろうな。どうする? あのときと同じようにダイスダウンで決めるか?」


「その心配には及ばん。今の私と廻では、勝負にならない」


「圧勝するとでも言うつもりか?」


「無論そのとおりだ――と言いたいところだが、その勝利は、いささかこちらが卑怯になるだろうな。私が“役目負いキャスティング”できない以上、純粋な出目勝負となろう。ならば私が勝つのが必定。わかりきっている勝負などやる意味などない」


「なら」


「だが!」


 転人の先を読むように、願石は手をふりあげて、転人たちの視線を切る。

 そして、力強く転人たちを見返す。


「裏を返せば、それはつまり、この状況を打開できうるのは、廻しかいないということに他ならない。三儀様が消えてしまったことも、浮梨会長が帰ってこないことも、“役目負いキャスティング”できなくなってしまったことも、すべてが収束しゅうそくするのだろう?

 もしそうであったとしたら、ここで廻を引きとめることは、誰のためにもならない。少なくとも廻の意志をくじくことにはなる」


 願石は拳を強く握り、怒気を強めていく。


「私のこの身ならば、いくらでも差し出そう。だが、それが果たしてなにかの頼りになるのだろうか。どれだけ図体が大きかろうが、の前では盾にもならないだろう。

 ならばここは、私は等しく岩のように、みなの帰る地を支えるべきではないのか。それこそが、私が私足りえる意志なのではないのか。

 だからそれが、私がここにいる意味なのだ。たとえ詭弁きべんになろうと自己弁護になろうと、私は貴様をとめるためにではなく、みなを守るためにここに立っているのだ」


 それが私の決意だ。

 そう願石は言う。


「廻は、本当にそれでいいのか?」


「ああ、それでいい」


 それが俺の決意だ。

 そう転人は返す。


「そうか――ならばよし!」


 願石の声は、自身の覇気を受け渡すように、転人たちへと向けられていた。


「この選択が、たとえ最悪の結果を生もうとも、私は決して逃げたりはしない」


 転人たちも、天にまで届くその言葉を全身に浴びながら、それでも前だけを向く。


「だから、私は信じているぞ」


「ああ――俺もだ」

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