第66目 ニノ目 紙芸営

「浮梨はいないわよ」


 生徒会室には、縄で縛られた女子学生が、ただ静かに座っていた。

 転人と『DOG』は、いつも浮梨が座っているはずの机の前で、その縛られた彼女を見ていた。


「紙芸さん、なにやってるんですか」


「見てわからない?」


 どこからどう見ても、よくわからなかった。


「舐め回すように見るだなんて、そういう趣味でもあるのかしら」


「ないですよ。見ろって言ったのは紙芸さんじゃないですか」


 紙芸は、しゃべるのも億劫おっくうだというふうに、息を一つ吐き出した。


「これは、いわゆる罰みたいなものね。誰かにやられたものではなくて、自ら望んだものだから」


 誰に頼んだのかは聞くべきではないことを、紙芸の顔から察することができた。


「浮梨に会いに来たのだと思うけれど、さっきも言ったとおり、彼女はいないわ。彼女はあなたを助けるためにNOQSに行って、それからまだ帰ってきてないわ」


 それは『DOG』にとっても初耳なことだった。


「縛られてでもいなければ、私はすぐに浮梨を探しに行くでしょうね。そういう意味でも、ここでこうして縛られていなければいけないの」


 紙芸は、血がしたたり落ちそうなほど、唇を噛み締めている。

 そんな紙芸を見ながら転人は、なるたけ軽く言葉を運ぶ。


「そういえば、今いろいろと混乱していると聞きますけど、ここで座っていて大丈夫なんですか?」


 転人の言葉に、紙芸は「そんなこと?」といった呆れた顔をする。


「見くびらないでほしいわね。私はなにも無策でここにいるわけじゃないわ。私がここにいることに意味があるのよ。

 ここは本来は浮梨がいるべき場所。ならば今の私ができることは、この場所を守り抜き、仕事を完遂させること。この程度のこと、手足が使えなくても、頭と口だけでこと足りるわ」


 彼女の前には、各種さまざまな機材に紙の山々、文房具の数々がところせましと広げられていて、今このときも彼女はそれらをたくみに操っていた。

 どうやって操っているのかは、彼女の様子を見れば十人が十人、聞くべきことではないと悟るだろう。


「それで、浮梨になにか用があったの? 私でよければ、代わりに聞いてあげるわよ」


「大丈夫です。紙芸さんはそのまま浮梨会長の居場所を守っていてください」


「あらそう? まあでも、なにかあれば気軽に言いなさい。ただしもちろん、高いわよ?」

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