第6降 だから私は、あなたがほしい
第50目 笊籬宣は分かち合いたい
転人は闘いのさなか、送の話を思い出していた。
「笊籬宣は教師です。学校の先生ではなく、
彼は『首祀役』員長であるとともに、ダイス教の
彼のふるまいはすべて、ダイス教の
そういう意味で、そういう方向で、彼は相手の心に踏みこんでくる。
送は、笊籬のことをそう
それは確かに、正鵠を射ていた。
彼は聖職者らしく、祈りを捧げ、相手の言葉を聞こうとし、知ろうとしていた。
彼の口のはしばしからは、ダイス教への感謝と教訓が流れ続けていた。
彼の
ダイスダウンダブルデュエルトーナメント、第四回戦。
転人と三儀は、
転人と三儀、そして『DOG』と『WING』は、笊籬とそのダイス『
「私の“教戒”はいかがでしょうか? お聞き苦しいところはあるかもしれませんが、それは私めの不徳のいたすところ。お互いに教え学び合いましょう。さあ、私にあなたたちの声をお聞かせください。私もあなたたちに教えを説きましょう。互いに
『
笊籬は嬉しそうだった。
彼の
だとすれば、彼はどれだけ
こんな地獄が楽しいわけがない。
それとも、人によって違うものを見させられているのだろうか。
そう疑わずにはいられないほどだった。
物理的には、おそらくなにも起きてはいない。
もし現実を
しかし、彼ら彼女らの実体験としては、そうではなかった。
転人がその目にしているものは、彼のもっとも大切なもの。
彼の妹の、巻菜の姿だった。
巻菜が転人に向かって微笑みかけ、話しかけている。
彼女は背負う背景を変え、年齢を変え、姿を変え、もし“黒いサイヤク”で失っていなかったらという仮定となってまで、転人に話しかけてくる。
それは
彼女を通して、自身の
それは背徳的であり、屈辱的だった。
いうなれば鏡ごしの汚れた自分自身というものは、目に余る不快だった。
それが、最愛の妹の姿をしているとなると、余計に。
最愛なる鏡によって、
そんな状況に耐えられる人間など、果たしているのだろうか。
転人もその例外にもれず、膝をおってしまいそうな自分を感じていた。
ただ、そんな地獄にあっても、幸運なことが一つあった。
それは、三儀の存在だ。
三儀が転人にくだした“
“自分の中の巻菜のために、自分自身を無碍にしてはいけない”
この言葉がなければ、きっと転人は、この“説教”に屈していただろう。
だから、今の転人は巻菜を見ても、自身を失うことはなかった。
自分を見失って、無心に巻菜を追い求めたりはしなかった。
ただそれでも、涙を流すことくらいは、していたのかもしれない。
幻だとしても、生きている巻菜をこの目にできたことに、うれしさを感じないわけがなかった。
それこそが笊籬の思惑なのかもしれなかったが、それをとめられるのもまた人間の強さだ。
転人にとって、その強さの源は、三儀だった。
転人は巻菜を前にして、目を横に向ける。
夢のすき間からのぞく現実には、パートナーである三儀が、転人と同じように立っていた。
なにができるわけでもなかったが、転人は三儀が気がかりだった。
転人の目に映った三儀は、静かに目を閉じ、すずしい顔をしていた。
涙を見せることは当然なく、すべてを受け入れているというような姿をしていた。
もし転人と同じことが起きていたとしたら、それがどれだけのことなのか想像に難くない。
早く“説教”から抜け出さなければ。
そう考えてはみるものの、どれだけ虚構だとわかっていても、巻菜を
『DOG』ならばもしかしたらと思わなくもなかったが、微動だにしない『DOG』を見るに、ダイスへも“説教”がなされている様子だった。
笊籬もふくめて、闘い合っているものは、
――ただひとりをのぞいて。
「う――ううう――うがああああああああ――」
絶叫が響き渡った。
声の主は、笊籬のパートナーである“何者”か。
名前はわからない。
トーナメント表には「信徒」とだけ記載されていた人間だ。
顔を見れば正体がわかるだろうと思っていた転人だったが、出てきたのはフードを目深にかぶり、全身をマントで覆った、名無しの正体不明だった。
身長は高くなく、かといって低くもない。
がたいがいいいようには見えなかったが、そこはマントで隠されていて正確な判断はできなかった。
正体不明のフードは、苦しそうな声を出しながら、地を這い、もがき続けていた。
その声は、あまりにもの悲痛さを持っていて、笊籬の“説教”をも揺らがせるほどだった。
「おやこれはしかし、なんということでしょうか」
笊籬は、せっかくの
「やはり、あなた様は、ただの一ノ目の生徒ではなかったのですね」
笊籬は、『TEACH』の操作をやめ、正体不明のフードにつかつかと近づいていく。
そして、もがいているそのフードを、いとも簡単に取りはらった。
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