第6降 だから私は、あなたがほしい

第50目 笊籬宣は分かち合いたい

 転人は闘いのさなか、送の話を思い出していた。


「笊籬宣は教師です。学校の先生ではなく、聖職せいしょく者という意味です。

 彼は『首祀役』員長であるとともに、ダイス教の高位こうい聖職者でもあります。

 彼のふるまいはすべて、ダイス教の信徒しんととしての考え方が優先されているように見えますね。それはダイスダウンにおいてももちろんで、闘い方一つを見ても、教師であることを忘れていません。むしろ教師として、ダイスダウンにいどむのが彼です。ダイスダウンを通して、懺悔を聞き、教えをくんです。

 そういう意味で、そういう方向で、彼は相手の心に踏みこんでくる。悪事あくごとではなく救世きゅうせいとして、悪気わるぎなく救おうとしてくる。だから厄介なんです」


 送は、笊籬のことをそうひょうしていた。

 それは確かに、正鵠を射ていた。


 彼は聖職者らしく、祈りを捧げ、相手の言葉を聞こうとし、知ろうとしていた。

 彼の口のはしばしからは、ダイス教への感謝と教訓が流れ続けていた。

 彼の一挙いっきょ一動いちどう一言いちごん一句いっく、悪びれる様子はなく、むしろ使命をまっとうしているという自負すら感じられた。


 ダイスダウンダブルデュエルトーナメント、第四回戦。

 転人と三儀は、くだんの男、笊籬宣と闘っていた。


 転人と三儀、そして『DOG』と『WING』は、笊籬とそのダイス『TEACHティーチ』による“説教”を受けていた。


「私の“教戒”はいかがでしょうか? お聞き苦しいところはあるかもしれませんが、それは私めの不徳のいたすところ。お互いに教え学び合いましょう。さあ、私にあなたたちの声をお聞かせください。私もあなたたちに教えを説きましょう。互いにいましめを分かち合いましょう」


 『相互そうご理戒りかい


 笊籬は嬉しそうだった。

 彼のげんしんとするならば、彼自身もまた転人たちと同じく“説教”を受けているはずである。

 だとすれば、彼はどれだけ強靱きょうじんな精神をしているのだろう。

 こんな地獄が楽しいわけがない。

 それとも、人によって違うものを見させられているのだろうか。

 そう疑わずにはいられないほどだった。


 物理的には、おそらくなにも起きてはいない。

 もし現実を俯瞰ふかんしたならば、対戦者がお互いに対峙したまま、“役目負いキャスティング”したダイスが動きを見せないまま、ただ時間だけが過ぎていく光景が、そこには存在しているのだろう。


 しかし、彼ら彼女らの実体験としては、そうではなかった。


 転人がその目にしているものは、彼のもっとも大切なもの。

 彼の妹の、巻菜の姿だった。

 巻菜が転人に向かって微笑みかけ、話しかけている。

 彼女は背負う背景を変え、年齢を変え、姿を変え、もし“黒いサイヤク”で失っていなかったらという仮定となってまで、転人に話しかけてくる。

 それは懐古かいこであり、懺悔であり、断罪だんざいであった。

 彼女を通して、自身の恥部ちぶが強引に晒され、自分でも知らなかった自身の暗部あんぶを知らされる。

 それは背徳的であり、屈辱的だった。

 いうなれば鏡ごしの汚れた自分自身というものは、目に余る不快だった。


 それが、最愛の妹の姿をしているとなると、余計に。


 最愛なる鏡によって、醜悪しゅうあくな自分を認識させられる。

 そんな状況に耐えられる人間など、果たしているのだろうか。

 転人もその例外にもれず、膝をおってしまいそうな自分を感じていた。


 ただ、そんな地獄にあっても、幸運なことが一つあった。

 それは、三儀の存在だ。


 三儀が転人にくだした“命令下しディレクティング”。

 “自分の中の巻菜のために、自分自身を無碍にしてはいけない”


 この言葉がなければ、きっと転人は、この“説教”に屈していただろう。

 だから、今の転人は巻菜を見ても、自身を失うことはなかった。

 自分を見失って、無心に巻菜を追い求めたりはしなかった。


 ただそれでも、涙を流すことくらいは、していたのかもしれない。

 幻だとしても、生きている巻菜をこの目にできたことに、うれしさを感じないわけがなかった。

 うつろな救いにすがってしまうのも人間である。

 それこそが笊籬の思惑なのかもしれなかったが、それをとめられるのもまた人間の強さだ。

 転人にとって、その強さの源は、三儀だった。


 転人は巻菜を前にして、目を横に向ける。

 夢のすき間からのぞく現実には、パートナーである三儀が、転人と同じように立っていた。

 なにができるわけでもなかったが、転人は三儀が気がかりだった。

 転人の目に映った三儀は、静かに目を閉じ、すずしい顔をしていた。

 涙を見せることは当然なく、すべてを受け入れているというような姿をしていた。

 もし転人と同じことが起きていたとしたら、それがどれだけのことなのか想像に難くない。


 早く“説教”から抜け出さなければ。


 そう考えてはみるものの、どれだけ虚構だとわかっていても、巻菜を退しりぞけることなどできるわけがなかった。

 『DOG』ならばもしかしたらと思わなくもなかったが、微動だにしない『DOG』を見るに、ダイスへも“説教”がなされている様子だった。


 笊籬もふくめて、闘い合っているものは、膠着こうちゃく状態におちいっていた。


――ただひとりをのぞいて。


「う――ううう――うがああああああああ――」


 絶叫が響き渡った。


 声の主は、笊籬のパートナーである“何者”か。

 名前はわからない。

 トーナメント表には「信徒」とだけ記載されていた人間だ。

 顔を見れば正体がわかるだろうと思っていた転人だったが、出てきたのはフードを目深にかぶり、全身をマントで覆った、名無しの正体不明だった。

 身長は高くなく、かといって低くもない。

 がたいがいいいようには見えなかったが、そこはマントで隠されていて正確な判断はできなかった。


 正体不明のフードは、苦しそうな声を出しながら、地を這い、もがき続けていた。

 その声は、あまりにもの悲痛さを持っていて、笊籬の“説教”をも揺らがせるほどだった。


「おやこれはしかし、なんということでしょうか」


 笊籬は、せっかくの恍惚こうこつな時間を邪魔されたというのに、むしろ念願が叶って幸福であると言いたげな顔をしていた。


「やはり、は、ただの一ノ目の生徒ではなかったのですね」


 笊籬は、『TEACH』の操作をやめ、正体不明のフードにつかつかと近づいていく。

 そして、もがいているそのフードを、いとも簡単に取りはらった。

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