第33目 黒幕は浮梨

「それでは、お先に失礼しますね」


 三儀は願石とともに、先に家へと――もちろん浮梨の家へと帰っていった。


「さて」


 浮梨に呼びとめられて、転人はまだ生徒会室に残っていた。

 転人も浮梨に話があったため、ちょうどよかった。


「ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした」


 転人はまずまっさきに、深く頭をさげた。


「私に謝ってどうするんですか。あなたを救い出したのも、救い出そうとしていたのも、すべて玉子なんですから」


 そう言って、浮梨は笑みを浮かべる。


「それに、玉子も元に戻ったようですからね、そこはお互い様でしょう」


「それは……なんのことですか?」


 なんでもありません、と彼女は小さく言う。

 転人には、浮梨の言葉の意味はよくわからなかった。


 ただことだけは、はっきりとわかっていた。


「なんでもないことはないでしょう。今回のことはすべて、浮梨会長の思惑どおりということではないんですか?」


「……それこそ、なんのことでしょうね」


 あくまで笑顔を崩さない浮梨だった。


「浮梨会長のダイス『ATM』は、おそらく略称なんでしょう?

 正式名称は『ATMOSPHEREアトモスフィア』。つまり、空気をあやつるんですよね。

 それも空気エアではなく空気アトモスフィアだから、操るものは空気や大気だけではない。“場の空気”、つまり“雰囲気”も操ることができる。

 玉子の様子がおかしかったというのならば、なおのこと『ATM』はうってつけだったんじゃないですか?」


 一息ついてから、それから、と続ける。


「浮梨会長が玉子を放っておくとは考えられませんからね。どうせあの闘いも近くから見ていたんでしょう?

 もしかしたら、『ATM』を最初に動かしたのは、浮梨会長だったんじゃないですか? だから、あのダイスがああいうものだと、玉子には伝えていたとか」


 これはそういうものらしい。

 手の上に浮かんだ『ATM』を、三儀はそう説明した。


「あら、そこまでバレてしまっているのならば、仕方ありませんね」


 浮梨は悪びれもなくそう言った。

 悪いことをしたわけではないのだから、それは正しいのかもしれない。


「あの公園へと続く道は、それなりに人通りがありますからね。あそこまであからさまに人払いしてしまうと、気がつかないほうがおかしいのかもしれませんね」


「それもそうですね」


 けろっとしたものだった。


 あの公園の周辺は、首絞役員によって封鎖ふうさされていたらしい。

 封鎖のために、願石ふくめて数人の首絞役員がかり出されたとのことだ。

 不幸なことに、それが初仕事となってしまった女子生徒もいたらしい。


「しかし、念のためにつけ加えておきますが、私の助力は最初のきっかけだけです。それ以外は玉子の力ですから、誤解のなきように」


「心得てます」


 あの闘いの中で三儀が見せたものは、確かに彼女の心だった。

 だから、誤解をすることはなかった。


「実は、玉子があそこまでダイスを使えたことに、正直驚いているんです。あなどっていましたね。忘れていたわけではないですけれど、彼女も――喝采家の血族、なのですから」


「そう……ですね」


 浮梨の「喝采家の血族」という言い方が、転人は少し気になった。

 あまりいい気持ちにはなれない言葉だった。


「その上で廻さんに一つだけ、確認したいことがあります。

 廻さんは、これからどうするおつもりですか?

 白主様に負け、その苦しみを身をもって味わった。玉子に救われはしたけれど、二度目はないのかもしれない。それでも廻さんは、この闘いを続けるのかどうか」


 ここで退いても、誰も非難はしないでしょう。

 そう浮梨は言う。


 しかしその問いに対する答えは、玉子との闘いの中ですでに固まっていた。


「俺は……」


 ぴろりん♪


 場違いな音が鳴った。


「……まったく、空気を読まない子ね」


 浮梨は、机に置いてあった情報端末に触れる。

 画面を見て、そこに表示された文章を読み、顔が険しくなる。


「どうしたんですか?」


 転人は、浮梨の許可を得て、その端末をのぞきこんだ。

 NOQSからの緊急通達が、そこに表示されていた。


「ダイスダウン大会の……開催かいさい?」

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