本編

プロローグ

 ここは一ノ目いちのめ高等学校の、とある教室。


「よし、準備できたな」


 授業はとうに終わっていて、生徒はほとんど残っていない。

 部活に遊びに邁進まいしんするさまを、その身で体現たいげんしている生徒ばかりだった。

 そんな中、教室にのこっている四人の生徒だけは、帰る様子を微塵みじんも見せずに、中央に並べられた二、三個の机を取り囲むようにして立っていた。


「そのダイスはいったいなんなの? 私たちみたいな、できそこないの落ちこぼれには、えんもゆかりもないものなんでしょ?」


「俺をお前と一緒にすんな。これでも中堅ちゅうけん自負じふしてるんだ」


「あんたが中堅? ないない。この前のテスト、私よりも点数低かったじゃない」


「あのときは、たまたまだ」


「語学も数学も史学も、采学さいがくだって、私よりもずっとずぅっと下だった気がするけど、それがたまたま?」


「……そうだ」


「ふぅん?」


「なんだその目は。いいか、あのときはだな……」


「盛りあがってるとこ悪いけど、早く始めない?」


「そだね、言い訳はあとでいくらでも聞いてあげるからさ、早く見せてよ」


「……わかったよ。あーってことだから、よろしくな、ええっと……誰だっけ?」


 勝手知かってしったる間柄あいだがららしいふたりの男子とひとりの女子は、残るひとりの男子を見る。


転人てんとくんは、そっちだからね」


 女子は、視線を一身に受けるその残りものに、続けて声をかけた。

 転人と呼ばれた男子は、その乱暴らんぼうにも聞こえるもの言いに、まるで抵抗ていこうをしなかった。言われるがままに机のはしへと移動する。

 いつものことだとでもいうように、れた様子で、表情は平坦へいたんそのものだった。


「で、あんたはこっち」


 そう言われた別の男子は、少し不服ふふくそうな表情を見せつつも、転人と対面する位置まで動く。

 動きながら、思い出したように口を開く。


「“テントクン”だっけ? 始める前に、君にこれだけは言っておきたい。これから俺が使うダイスは、苦労して苦労して苦労した末に、やっとのことで手に入れた一品なんだ。初陣ういじんはどうしても勝利でかざりたい。だから、そのつもりでやってくれよ」


「おいおい、なに言ってんだよ。必ず勝てる相手がいいって言うから、こいつに頼んだんだ。こいつはな、誰が相手でも、どんなときでも、絶対に負けるんだ。聞いたことあんだろ、天性てんせいの『負け犬DOG』の話。それが、こいつなんだよ」


「そのうわさなら聞いたことあるな。絶対に一しか出せない、敗北を約束された人間がいるって。でも普通は信じられねぇよ。絶対に負けるなんてありえないだろ」


「まま、やってみりゃわかるって。早く始めよう、ほら、ダイス出して」


 転人の対面に立つ男子は、かばんから手のひらだいの箱を取り出した。

 その箱のふたを開けて、中から丁寧ていねいにダイスをすくい出す。


 ダイスとは、その名のとおり、サイコロのことだ。

 誰もがよく知っている、一から六までの数字がきざまれた正六面体せいろくめんたいである。

 男子が取り出したダイスも、なんの変哲へんてつもないそれだった。

 片手でつつみこめるほどの大きさのそれを、男子はこわれものでもあつかうように大事にかかえている。


 一方の転人は、ポケットから乱雑らんざつにダイスを取り出して、適当てきとうに力なく持っていた。

 彼の噂の象徴しょうちょうである赤いドットが、手のすき間から見えている。


「やり方はふたりとも知ってると思うけど、急ごしらえの場だから一応説明しとくわね。まず、私が開始の合図をするから、この机の上にダイスをること。で、出た目の大きいほうが勝ち。勝ったほうは負けたほうに一つだけ、“命令下しディレクティング”ができる。そうね……今回は先に内容を決めときましょうか。勝ったあとに悩まれるとめんどくさいし、そのほうが燃えるでしょ?」


「だな、めんどくさいし」


「それは、俺がめんどくさいってことか?」


「あら、わかってるじゃない」


「…………」


「そんな見つめないでよ」


「それじゃ、勝ったほうが負けたほうにジュースをおごるってことで」


「それがいいわね、すぐそこの自販機じはんきで買えるし、そうしましょ。ね、転人くんもそれでいい? いいよね」


 その言葉は、転人に許可を求めているようでいて、そのじつ、答えを待つようなことはなかった。


「それじゃ、始めましょうか」


 女子は、転人と対面する男子の間に立ち、右手をあげる。

 それに合わせて、ふたりはダイス持った手をかかげ、机に向かってかまえを取る。


「ダイス……ダウン!」


 女子が右手をふりおろす。

 その合図で、向かい合うふたりは、机に向けてダイスを降った。


 降られた二つのダイスは、それぞれ違った動きを見せる。

 男子のダイスは、力強ちからづよく机をたたき、目の高さまで飛びあがった。


「このほうがよく見えるだろ」


 ダイスはそのまま目の前で回転を始める。

 回転が速くなるとともに、ダイスから、ぼうっと淡い光があふれ出してきた。

 目がくぎづけになってしまうほどの神々こうごうしい光が、ダイスからはなたれていく。

 その光は段々だんだんと強くなり、横に大きく伸びていく。

 その光景は、まるでダイス自身が、光でできた羽を左右に広げていっているかのように見えた。


 限界まで大きく広げられた光の羽は、一度大きく羽ばたかれる。

 それに合わせて、ダイスは回転をやめ、頭上へと高く舞いあがる。


 なんの変哲もなかったダイスは、わずかの間で、この世のものとは思えない光の羽を持つ立方体りっぽうたいへと変身したのだった。


製造番号せいぞうばんごうW105、通称つうしょうWINGウイング』だ」


「「おおお」」


 空飛ぶダイスを見て、男子の仲間ふたりは思わず声をあげていた。


「これが“役目負いキャスティング”か。……こんなに間近まぢかで見るのは、初めてだ」


「すごい……ほんとにダイスが変化するんだね。映像でしか見たことがなかったから、信じられなかったのよね。……ううん、目の前で見ても……まだ信じられないわ」


 男子のダイス『WING』は、羽を二度三度と羽ばたかせて、その体をちゅうにとどめている。

 淡く白色に発光していて、全身に光をまとっているようだった。


 一方の転人のダイスは、かがやかしさの欠片かけらもなかった。

 弱々よわよわしく机を転がっていき、誰にも見とがめられることなく静かにとまっていた。

 立方体のまま、変化せず、動かず、もの言わず。

 見る影もなかった。

 ダイスの上面には、一を表す赤色一点。

 『負け犬DOG』の噂のとおりだ。

 しかし、転人の噂の証明など、光羽ばたくダイスの前ではちりに同じだった。


「これって、あんたの意志で動かせるの?」


「ああ、動かせるぞ」


 『WING』は、鳥のように教室中を右に左に飛び回ったあとに、旋回せんかいしながら男子のもとへと戻ってくる。


「もちろん、こういうこともできるぞ」


 『WING』が大きく羽を動かすと、そのさきから白い羽根が飛び出した。

 羽根は弾丸だんがんのように転人のダイス目がけて飛んでいき、転人のダイスのかどを削って机に突き刺さった。

 さらに二、三の羽根が発射され、転人のダイスが傷つけられていく。

 ひびが入り、ついには赤い点がつらぬかれた。

 かろうじて形はたもたれているものの、もう持ちあげることはできないだろう。


「とまあ、こんな具合だ」


「これこれ、これだよ、こうでないと! ……まあ本当は、ダイス同士で闘ってるとこが見たかったんだけどね」


「“テントクン”のダイスはただのサイコロだから、それは無理だな」


「そのダイスのすごさは十分に見せてもらったし、そろそろ終わりにしようぜ」


「そうだな」


 『WING』は、机に向かって高度を下げる。

 自身を回転させ、六の面を上にして、ゆっくりと天板てんばんに着地した。


「これで俺の勝ちだな」


 出目でめは一と六。

 数字の大きいほうが勝者だ。

 このダイスダウンの勝敗は、一目いちもく瞭然りょうぜんだった。


 めぐり転人は、今日も昨日までとなにも変わらず、一を出して負けた。

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