第4話 叔父の家で
望たちは叔父の家で仕事をいいつけられた。
確かに粗略に扱われたわけでは無い。食事も寝る場所も与えられた。しかし客人の身分としてではない。あくまで居候としての扱いだった。
叔父の家は大きな家だった。家族以外にも食客やら居候やらが大勢いて、望たちのように仕事をしたり、しているふりをしたりしていた。皆親切というわけでもなかったが、皆冷淡というわけでもなかった。
その人たちから望は、商について詳しく話を聞くことが出来た。
商はこの村々の東にある。途方もなく巨大な国家だ。そこには望が暮らしている村よりもさらに大きな集落が、およそ三千もあるという。その国に君臨する王は、さながら神そのもののような権力を行使する。商は山東のちいさな村に生きる人々が知る限りの世界の、ほとんどすべてを支配していると言ってもいい。商の支配の及ばない世界はわずかしかない。
そのわずかな世界の一つがこの村だ。
この土地は商から人方と呼ばれている。人方の人すなわち人方人が、自らそう称しているけではない。人方の人々は自分たちが住む土地の名を持っていなかった。ある意味では、この土地はそれほど社会が成熟していない、ということでもある。
商はみずから支配していない世界の人々を人間として認めていない。人方もその世界にはいる。そしてひんぱんに人狩りをして、人々を連れ去るのだ。
そこまで聞いて望はいつも訊ねた。
「じゃあ、商にいけば、父や母や家族に会えるんですか。」
しかし、いつも質問がそこになると、答えははぐらかされた。
何か聞いてはいけない質問をしている。そのことが望にもなんとなく解った。
望は体も頑健で運動神経もいい。頭もよく知識を吸収して、どんどん大人になっていった。しかし弟は病弱だった。弟が病気で働けなくなると、望は弟のいいつけられた仕事もやらなければならなかった。しかし望はそれによく耐えた。
家人には親切な人も多かったが、陰湿な者もいた。
蕨という男がそうだった。望たちよりも年上だがまだ嫁をとるほどの歳でもない。どこから拾われてきたのかわからない居候で、自分より立場が弱い新参者の望たち兄弟が現れたことを喜んだ。イジメて憂さを晴らせる対象が出来たのだ。
蕨は用も無いのに望たちにまとわりついて、いやがらせをした。望が井戸から汲み上げた水をつまづいたふりをしてひっくり返す。望がいいつけられた作業に集中していると、何の話なのかわからない話題で話しかけて、作業をさせようとしない。
望がたまりかねて睨みつけると、望への直接的ないやがらせは止んだ。その代わり、弟が標的となった。
弟へのいじめは望よりもエスカレートしていた。望に対しては、直接いやがらせの意志を見せるようなことはしなかったが、弟に対してはニヤニヤ笑いながらにじりよってくる。水を汲んだ桶を足で蹴飛ばしてひっくりかえす。足がつまづいたフリすらしない。弟がいいつけられた作業の邪魔も、弟が懸命に作り上げようとしているものを取り上げ、薄笑を浮かべて、弟の目の前で手で握りつぶす。
どれも望のいない時にそれをやるのである。
望はそのたびに弟をかばった。しかし、望も弟も居候であることには変わりはない。それぞれ自分のいいつけられた仕事を離れることはできず、いつも弟を守ってやることはできなかった。
体の弱い弟は、この家に来てからさらに体が弱くなったように思えた。
望はそれでも成長していた。背はみるみる高くなり。腕や胸は筋肉で盛り上がって見えるようになった。容貌は精悍な青年の面影をみせはじめていた。それとは反対に、弟はますます弱々しくなっているように思えた。
そうしているうちに一年が過ぎ、二年が過ぎ、時間は容赦なくすぎていった。両親や家族に会いたいと思いつつも、どうすればいいのかその方法すら思いつかなかった。商に行けば家族がいるのかもしれないと思ったが、世話になっている叔父の家を勝手に出るわけにはいかなかった。
ある意味、望はこの生活に慣れはじめていた。
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