第3話 それは商という国だ
人が来たのは昼をすぎてからだった。
その時まで、望と弟は村の中央の広場のような場所に立ち尽くしていた。村にはもう誰もいなかった。みんなショウに連れ去られてしまったのか、それともどこか別の場所に隠れているのかわからなかったが、とにかく村に人は全くいなくなっていた。
望も弟も泣いていた。他にすることがなかった。お腹もすいていたし、泣くと少しは空腹を忘れられるような気もした。
昼を過ぎてやってきた人は、見知らぬ他の村の人だった。
数人の男たちがあたりを見回すようにして村に入ってきた。望たち2人を見つけて言った。
「おまえら2人だけか。他にはいないのか。」
望はうなずいた。その後、何か言わないと、と思ってこう付け加えた。
「他の人は連れて行かれた。おとうちゃんも、おかあちゃんも。」
「ショウのやつらか。・・・ここは根こそぎやられたな。」
他の村の人たちは遠慮もなく家の中に入り込んだ。中は全く荒らされていない。家財も蓄えていた穀物もすべてそのままだった。人間だけがショウの目的であることは明らかだった。
「一緒に来い。」
他の村の人たちはそう言って、背中を見せた。
子供心にも悪意をもってそう言っているのではないとわかった。弟は泣いて「お父ちゃんとお母ちゃんに会いたい。」と望に言った。望は答えなかった。弟の問いかけに、適当な答をみつけだせるほどには、望は大人ではなかった。
望たちは村を出て細い街道を歩いて進んだ。途中で隣の村を通った。望も何度か来たことがある。やはり誰もいなかった。家もほとんど損傷していない。ここも人間だけがショウに連れ去られたようだった。
道すがら男たちはショウについて説明してくれた。
「ショウとは国の名前だ。文字というものではこう書く。」
男の一人は、字というものを地面に書いて見せた。
望は文字というものがあるといことは知っていた。初めて見る「商」という文字。不気味な形をしていた。
「ここからはるか西にある途方も無く大きな国だ。その国はときどき軍隊を出して人をさらうんだ。」
弟は泣きながら言った。
「じゃあ商にいけば、お父ちゃんとお母ちゃんに会えるの?」
男たちは何も答えなかった。
その次の村が目的地だった。望たちの村より少し戸数が多い村で、同じようなただずまいの建物が並んでいる。
ここには人がいた。何人か泣いていたり呆然としている人がいて、ここも商の襲撃にあったことはわかったが、望の村のように根こそぎやられたのではないようだった。
ここで望たち兄弟は、しばらく誰ともわからない人の家に暮らした。家の女たちは望たちに深く同情してくれた。食事は十分与えられ、泣いてばかりいる弟を、一家の主婦の歳老いた女性がなぐさめてくれたりもした。
もっともこの家も、商の襲撃にあったのは望たち一家と同じであった。ただ、根こそぎ連れて行かれたわけではなかったのだ。女たちの父や、夫、さらには子供たちのうち体の大きい者たちは、ほとんどあの投げ縄のようなもので捕えられ、馬に引きずられるようにして連行されていった。
女たちにとって、愛する者たちを見たそれが最後の姿だった。
商の襲撃はこのあたりの村々数個所に及んだようだった。襲撃に遭わなかった村から親戚の様子を確かめに人が次々とやってきた。襲撃の様子や、親しい者たちの連れ去られた様子を詳しく聞きたがった。根こそぎ襲撃された村の生き残りとして、望は入れ替わり立ち替わりその様子を説明しなければならなかった。皆、望の話を聞くと怒ったり、泣いたり、あるいは呆然として言葉を失ったりした。
そうしているうちに一人の男がやってきた。遠くの村にいる望たち兄弟の叔父の使いだと言った。
「お前たちの叔父さんにたのまれて来た。一緒に来るんだ。叔父さんがお前たちを引き取る」
「よかったねぇ。引き取ってくれる人がいて。」
望たちの暮らしていた家の女たちは、まるで望たちの前に神の使いが現れたかのように喜んでくれた。望たちは家を出たくなかったが、そうするしかないことも解っていた。望はこの短い間にも少し大人になっていた。
望と弟は男に連れられて村を出た。ほとんど一昼夜の道のりの後、大きな村についた。望たちの暮らしていた村の5倍は人が住んでいるだろう。ここは全く襲撃を受けていないようだった。
大きな村だったから、商も反撃を恐れて襲撃しなかった。
望はそう思った。すでに防衛という考え方が、この少年の中に芽生えはじめていた。
叔父という人は村の長だった。長にふさわしく威厳があり、体が大きく立派な口髭をたくわえていた。はるかな記憶の彼方に、この人を見たことがあるような気もした。
叔父は言った。
「・・・大きくなったな。望には小さいときに会ったことがある。わしを憶えているかな。わしはお父さんの兄だ。
家族は皆、商にやられたか。お爺さんもおばあさんもか。」
望がそうだと答えると、叔父は威厳に満ちた顔を崩し、激しく涙をこぼした。しばらく泣いてから言った。
「お前たちが成人するまでは当家で面倒をみる。これからわが家で暮らせ。」
「うん。」
望はそう答えた。
叔父は首をふった。
「うん、ではない。はい、と答えろ。お前たちを素略に扱うつもりはない。しかし当家で暮らすからには、当家のやり方に従ってもらう。」
叔父さは冷たい人ではなかった。しかし厳格な人でもあった。あわれな兄弟であっても規律は守らせた。
それから望たち兄弟はここで暮らすことになった。
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