第49話目くそ鼻くそを笑うがやり返される

 その夜,大河の両親がしずくの家に謝罪しにきた。


大河夫妻が仏間に通された後,しずくはふすまを細く開けて自分の母親と


加害者の両親が会っている様子を見ていた。


大河に瓜二つの父親と,メガネをかけ,髪をベリーショート


というより坊主に近いほど短く刈り込んだ,色黒の醜い母親が喪服姿で現れた。


父親は実年齢は40代半ばだが,どうみても35,6歳にしかみえなかった。


母親の方はあきらかに夫より5,6歳年上で実年齢より老けて見えた。


父親は喪服を着ているために顔色が青白いのがいっそう強調されていた。


 大河夫妻は,線香をあげると,由紀の遺影に向かって手を合わせた。


「この度は息子が大変なことをしてしまい,申し訳ありませんでした。」


と大河の父親が謝罪した。母親も


「責任は取ります。」といった。


するとしずくの母親が


「どうして無免許運転しているのに野放しにしたなんて


 どういう躾をしていたんですか!


 一体どう責任を取ってくれるっていうんですか!」


と甲高い声で叫んだので,しずくはそうだそうだと心の中で同意した。


「お金はいくらでも払います。」


と大河の母親が賠償することを約束した


のでしずくはぎょっとした。


 すると一瞬しずくの母親が一瞬ずるそうな笑みを浮かべたのをしずくは


見逃さなかった。


「由紀は成績優秀で,将来が楽しみだったのに


 あんたの息子のおろかな行為のせいで,


 あらゆる可能性を断ち切られてしまったんですよ!あの子の体は引きずられて


 ぼろぼろ,どこもきれいに残っているところはなかったんですよ!」


というと,しずくの母親はハンカチを目に当てたが涙は出ていなかった。


 しずくは大河の両親から金をもらうのはいやだと思った。


あの男に属するものは何でも汚らわしく思えたからだ。


今すぐにでも乱入して怒鳴りつけてやりたいくらいだったが,


大河の両親が貧しくなったら十分復讐になるかもしれないと思い直した。


飲酒運転で人を殺した若い女の両親が家屋敷や田畑を手放して被害者遺族に


億単位の賠償金を払った挙句,極貧生活をしているという噂を聞いたからだ。


 大河の父親はリストラされて無職だが,母親は大地主の娘で親から


相続した広大な土地にビルやマンションを10軒以上建てて家賃収入を得ている,


いわば特権階級だった。金がありすぎるので


あのような出来損ないが生まれたのだろうかとしずくは思ったのだった。


心労がたたったのか,しずくは高熱を出して学校を休んだ。


次の日,学校で事件が起きた。


「これから宿題のプリントを集める。後ろの席から前に回すように。」


と数学の男性教師が言った。


「私は休んでいたのでもらってないんですけど。」


としずくが言うと,


「机の中に入れた。」


と教師は言った。


「でも入ってませんでした。」


としずくが言うと,


「そんなはずはない。お前がだらしなくてなくしたんだ。」

と怒鳴られた。


「とにかくもう一枚ください。」

といったが,だめだの一点張りだった。


 すると横山と小林はニヤリと笑って目配せしあった。中山の命令だった。


 しずくは怒りを押し殺すのがやっとで,その後はろくに授業の内容が


頭に入らなかった。次の授業は英語だったが,


小テストで十問中一問間違えた。各自で答え合わせをさせられた。


答案を回収するために後ろの席から前に順繰りに送られたが,


前の席にわざわざきた中山が,


「わあ、こいつ間違ってる。頭悪い!」


と大きな声で言ったので,しずくはぎょっとした。


素早く中山の答案を盗み見ると,なんと全問不正解だった!


「何だよ!自分は全部まちがってんじゃん!」


としずくは思わずぼそりと呟いた。


すると中山の顔がどんな妖怪も及ばないくらい赤黒く,醜い形相に変化したが


しずくは負けじとにらみつけた。


「調子に乗りやがって!こないだはよくも大河君の悪口を言ってくれたな。


 全部あんたが悪いんだ!」


と中山はがなりたてたがしずくはそれ以上相手になるのは


あほらしいので無言で教科書に目を落とした。


無視されたことが中山には大きな打撃となった。


 家に帰るなり,中山は擦り寄ってきた飼いネコのわき腹をスリッパを履いた足で


思い切り蹴飛ばした。衝撃が大きかったせいで,ネコの小さな体は


宙に舞って壁にたたきつけられた。


このネコを母親が非常に愛していて,自分に話しかけるときよりも


ネコに話しかけるときのほうがやさしい声色だったので嫉妬していたのだ。


「くそッ!今に見ていろ!」


と中山は隠し撮りしたしずくの写真に画鋲をつきたてたのだった。

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