第50話末法の世
数学の次は日本史の時間だった。
鎌倉時代をやっていたが,「末法の世」という言葉がでてきて,
しずくは今の時代がまさにそれにあたると思った。いや自分のような不器用で
立ち回りが下手な人間はいつも不利な立場に追い込まれて生き辛いにちがいない。
休み時間にしずくはろうかで担任の女性教師に休んでいる間に机の中にあった
プリントが盗まれたことや今まで横山,小林らと男子1人にいいがかりをつけられて
きたことを訴えた。するとぶすっとした顔つきで担任は
放課後職員室にくるよう告げた。
チャイムが鳴るとしずくは職員室に向かった。そのあとを横山たちはこっそり
つけていた。しずくは内心あの教師には期待できないなとあきらめていたが
いわないよりましだろうと思っていた。
しずくはできるだけ感情的にならないように中山一味とのトラブルを物語った。
ところが女教師は
「おまえが全部悪い!」
といきなり絶叫した。
「みんなと仲良くできないなら学校に来るな!」
というとこぶしを振り上げて威嚇した。
しずくはその態度に激しい怒りを感じた。
「一方的に片方を悪いと決め付けるなんておまえはそれでも教師か!
ここは私立だからどうせコネで入ったんだろ!おまえこそ退職しちまえ!」
と怒鳴った。この教師,37歳だったが,前日にちょうど40回目の見合いを断られて
むしゃくしゃしていたのである。しかも小林横山は猫なで声でお愛想をいったり
して取り入っていたのだ。5分以上怒鳴り合いが続き,
他の教師の視線が集まった。しずくは肩を怒らせて職員室を去った。
「まったくどいつもこいつも・・・。呪い殺してやれたらいいのに。」
しずくは窓辺に立って血のように赤い夕日を眺めた。
考え事に夢中になるあまり,背後から忍び寄る足音に気づかなかった。
次の瞬間,しずくは背後から羽交い絞めにされた。
「誰だ!何をする!放せ!」
としずくは必死でもがいた。
「おまえは私の人生の邪魔だ。死んでもらう。」
という聞き覚えのある声がした。
それが中山一の声だと気づいてしずくは背筋が凍った。
「何のマネだ!気に食わないからって殺そうとはけしからん!」
すると中山は鼻の穴をふくらませてしずくの顔を拳で殴った。
「ふざけるな!おまえは大河君をいじめた上に,私の一生をめちゃめちゃに
しようとしているんだ!」
と絶叫した。
「一生をめちゃめちゃだって?わけがわからん。」
「山野,おまえとわたしは同じ病院で同じ日に生まれた。あれは偶然じゃない。
母親の日記を盗み見て知ったのだが,
受精卵だったときに取り違いをされて,それぞれ赤の他人の腹から生まれて
その家で育てられたんだよ。両親の血液型がわたしとあわないから
DNA鑑定されたら、わたしはどちらの親とも血がつながっていないとわかった。
わたしが3歳の時,わたしが生まれた産婦人科の医師が悪いことをして
学会を追放された腹いせに 隠蔽されていたこの医療ミスを
うちの両親にばらした。そのとき取り違えたもう片方は
山野しずく、おまえだということを両親は知った。
うちの両親はおまえの両親と話し合って,子供の交換を提案したが
わたしの顔を一目見て気に入らず,山野夫妻は拒絶した。
うちの母親はおまえがわたしの同級生だと知ってこの学校まで
わざわざ見に来たんだ。親子の名乗りはさすがにできなかったが,
一目でおまえに愛情を感じてわたしをますます嫌うようになった。
しかも財産を残してやりたいとか養子縁組したいとまで言い出した。
仲良くなって家に連れてこいとまでいわれた。この屈辱がわかるか!
だからおまえを消すことにした。」
中山は興奮の余り泣き出した。野太い声なのでまるで獣の唸り声だった。
「父と母が本当の親でないことくらいとっくに知ってるさ。
夜中に二人の会話を盗み聞きしたときに聞こえてきたんだ。
だけどあんたの親がわたしの実の親だなんて信じられない。
悪いことはいわないから放してくれ。財産なんてほしくない。」
しずくは興奮を鎮めようと必死でとりなした。だが中山は
しずくの顔を何発も拳でなぐりつけたあげく,
窓から突き落そうとして,ぐいぐい窓の外に押し出そうとした。
しずくは手を振り放そうと渾身の力をふりしぼって暴れたが,
小柄で力が弱いのでゴリラのような怪力女にはかなわなかった。
「だれか!助けてえ!殺されるー!」
と絶叫すると,途端に中山は黒い大きな毛深い手でしずくの口をふさいだ。
しずくは猛烈な怒りを感じて,中山の中指にがぶりとかみついた。
「ぎゃあ!痛い!」
と叫ぶと中山はしずくの髪をひっぱったり,
拳固で頭を殴ったり足を蹴ったが,スッポンのごとく,しずくは
かみついたままだった。しまいには指が根本から千切れて血が噴出した。
中山はしずくの足をつかむと,窓の外にさかさ吊りにした。
「どうだ思い知るがいい。おまえは美人だといわれてちやほやされてきた
報いを受けるのだ。」
そういうと,中山は手を放した。
しずくの小さな体は三階からまっさかさまに落ちて地面に叩きつけられた。
中山は痛みに顔をしかめて傷口をハンカチでくるんだが,白いハンカチがたちまち
真っ赤に染まった。そして前もって盗んでおいたしずくのノートの端に
書いてある遺書めいた文章を窓辺に置いた。
そして激痛に耐えながら急いでかばんを背負うと,家路に急いだのだった。
一方,しずくはコンクリートに叩きつけられたものの,意識があった。
「くそッ!あの女!指を食いちぎってやったのがせめてもの幸いだった。
あんな奴に殺されるなんて。担任も同じクズだ。
どうしてこんなに運が悪いんだろう。」
しずくの顔は殴られて無残に腫れていた。
「体中が痛い。どこか骨が折れているみたいだ。背骨に問題があるのに
高いところから落とされて,わたしの体はどうなってしまうんだ・・・。」
ちょうどそのとき,部活が終わって帰ろうとしている小宮がやってきた。
小宮は連れの女子と話し込んでいたが,
横たわっているしずくを見つけて絶叫した。
「山野さん!どうしたの!血がたくさん出ているよ!大丈夫!」
「窓から落とされたんだよ。」
としずくは苦しい息のうちで答えた。
「一体誰に!」
と目に涙をためて小宮は言った。
「な、か、や、ま、は、じ、め。」
としずくは小さな声で呟いた。
連れの女子はおろおろして取り乱すばかりだったが,
小宮はきっぱりとした口調で,
「先生を呼んできて。」
といった。女子の姿が見えなくなると,小宮は
「中山がどうしてそんなことを!」
といったが,そのときにはもうしずくの意識レベルが低下して,
答えはえられなかった。
小宮は血みどろのしずくの顔をふこうとして
ハンケチを出そうとしてポケットをまさぐった。
するとこつんと携帯電話に手がふれた。
「そうだ!救急車を呼ばなきゃ!」
と言うと,119番を押して自分でも驚くほどしっかりと受け答えした。
「もうすぐ救急車がくるからね。がんばってね。」
といって小宮はしずくの手をとったが,その手は冷たかったのでぎくりとした。
あたりを夕闇が覆い始めていた。
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