第43話破局への疾走

 しずくは昼休みになると,いつものように弁当を一人で

食べようとした。すると,中山が

「山野さん,うちらと一緒にご飯食べよう。林間学校で同じ班になるんだから,

 もっと仲良くなろう。」

と声をかけてきたのでしずくはぎょっとした。

「この女は私のことを嫌っているくせにどういう風の吹き回しなのだろう?」

としずくは疑り深い気持ちになった。

 しかし逆らうと何をされるか分からないので,しずくはいかにも

気乗りしない様子でのろのろと立ち上がると,

自分の机を中山グループのところに運んだ。

中山としずくは机をくっつけた状態で向かい合って座ることになった。

 案の定,普段から無口なしずくは女子たちの会話にうまく加われなかった。

他の女子が

「〇〇って泣けるよねー。」

とキャアキャア言って某恋愛小説の

話題で盛り上がっているわきで,しずくはぼうっとしていた。

 すると突然,一人の女子が

「ねえ,〇〇っておもしろかったよね?」

と明らかに同意することを前提としてコメントを振ってきた。

恋愛物はおよそしずくの好みではなかったので,しずくは思わず

「おもしろくない!」

とぶっきらぼうな調子で答えてしまった。

 すると,今までの賑わいがウソのように,しらけてしまった。

「しまった。適当に調子合わせておくべきだったかな。」

としずくは後悔した。

 ちょうどそのとき,しずくの弁当箱は机と机の境目にあった。

突然,中山が机を手前にひっぱったのでそのはずみに,しずくの

弁当箱が落ちて中身が飛び散った。

「あっ!ごめんごめん!」

と中山はわざとらしく言った。

しずくは冷凍食品の詰め合わせ弁当にはあきあきしていたせいもあり,

大してうろたえなかった。

「こいつ,明らかにわざと落としたぞ。陰険な奴だな。」

 しずくは中山には用心しようと誓った。

 五時間目になると,しずくは空腹に耐えられなくなった。

小遣いをほとんどもらえず,現金をもっていないしずくは売店に行ったり

食堂で食べるという選択肢がなかったので,昼食抜きだった。

 体育だったので,空腹のまま動き回るのはつらかった。

しかし弱みを見せまいと,しずくは体調の悪いことを悟られまいとした。

 バレーボールだったが,しずくは隅の方でほとんど動かないでいた。

するといきなり,ボールがものすごい勢いで自分のところに跳んできて

顔面に当たりそうになった。

運動神経が鈍いしずくだったが,このときばかりは

素早くボールを手で受け止めた。

 すると,昨日怪我した指に衝撃が加わり,激痛が走った。

しかししずくは顔色一つ変えずに,ボールをそばにいた女子に投げてよこした。

 ボールを投げたのは中山だった。

「ちっ,あいつ鈍いと思ったら,意外と反射神経がいいじゃねえか。

 顔にぶつけてやろうと思ったのによ。」

と中山は歯噛みして悔しがった。

 夕方,家に帰る気になれず,中山は公園でブランコに乗って時間をつぶした。

辺りが薄暗くなり,心細くなった中山はとぼとぼと家路に向かっていると,

いきなり赤い軽自動車がすぐそばに止まった。

すると,運転席の窓から大河が顔をのぞかせて,

「一, 乗っていきなよ。」

と声をかけてきたので中山は仰天した。

「ちょっと!無免許運転なんかして捕まるよ!」

と中山は仰天して叫んだ。

「大丈夫だって。おれ,でかいからしょっちゅう18禁のエロ本や酒やたばこを

 部活の仲間に買いに行かされてるけど一度もばれたことないんだぜ。」

と大河は世の中をなめているとしか思えない発言をした。

中山は大河と二人きりになれるのがうれしくて,乗り込んだが,

用心して助手席ではなく,後部座席に乗り込んだ。

「ねえ,ほんとに大丈夫なの?事故起こしたりしない?」

と中山がきくと,大河は

「平気平気!小学生のころから何回も乗り回してるんだぜ!」

と豪語したので中山は唖然とした。

 途中で,大河はコンビニの駐車場に止めて買い物に行った。

その間中山は車内で待っていた。

中山は知り合いに見られていたら大変だと思うと気が気でなく,

「どうか誰にも見られていませんように。」

と唱えながら震えていた。

 5分ほどして,スーパーの袋を提げて大河が戻ってきた。

そして座席で缶ビールを開けてぐいぐい飲みだしたので,中山はぞっとした。

「ちょっと!飲酒運転するつもり!?事故起こしてからじゃ遅いよ!」

と中山はしかりつけたが,

「何回もやっていて慣れてるから大丈夫!」

という答えが返ってきて愕然とした。

 酔って饒舌になった大河はぺらぺらとしゃべり始めた。

ふと,大河は黙り込んで泣き出し始めた。

「どうしたの?」

と中山がやさしく尋ねると,

「おれ,人をひき殺しちまったんだよう。それもよりによって,

 しずくの 妹だったんだよ。小六のとき,

 ビールをがぶ飲みした後,夜景を見に行こうと思って

 車に乗り込んだ。100キロくらいで飛ばしていい気分でいたら,

 あのガキがいきなり飛び出してきやがった。

 おれは捕まるなんて真っ平ごめんだ。だけどそれよりも,

 しずくに知られたら,ますますおれのこと,

 嫌うようになると思うと,心配で心配で。」

 大河は泣きじゃくった。長いまつげが涙にぬれ,

色白のほおは真っ赤になり,女のような色香がただよった。

中山は大河の背中に手をあててさすってやった。

「なんてこった。こんな偶然があっていいものだろうか。

 しかしこれを利用しない手はない。」

とその間,中山は考えていた。

 しばらくして,我に返った大河は,

「今の話は誰にもいわないでくれ!」

といった。

「ミー君,わたしと付き合ってくれるなら,黙ってあげるよ。

 でも断るなら,山野にばらすよ。」

と中山は脅しをかけた。

 大河は無言で車を急発進させた。

「どこに行くの?」

と中山は何回も聞いたが,大河は無言のままだった。

 中山はさすがに不安になってきた。

「まさか口封じのために私を殺して山に埋めるつもりじゃないでしょうね。」

と中山は心の中でつぶやいた。

「ちょっと,お酒飲んでるのに,こんなに飛ばして大丈夫?」

と中山は叫んだ。何度か,信号無視して

無理な追越をかけてクラクションを鳴らされた。中山は

「もう帰ろうよ。」

と半泣きで懇願したが無視された。

 ようやく大河は車を停めた。そこは裏通りのさびれた場所だった。

何件か小さな商店があったが,とうの昔につぶれてシャッターが下りていた。

人家もなく,辺りは真っ暗だった。おまけにすぐ近くに墓地まであった。

中山はすっかり怯えてしまった。

「ちょっとタイヤの調子が悪いみたい。降りて様子を見てきてくれる?」

と大河に言われた中山は言うとおりに車を降りた。

ドアを閉めるやいなや,車は猛スピードで走り去り,闇に消えていった。

「ちょっと!一体どういうこと!?こんな気味の悪いところに

 置き去りにするなんて!どうやって帰ればいいの!」

と中山は怒ったが,なすすべもなかった。

「くそっ!ここは一体どこなんだ!近くにバス停もないし,

 帰ろうにも帰れない!」

 中山は恐ろしくて墓地の方を見ないようにした。

すると携帯の着信音が鳴った。大河からのメールが届いていた。

「ミー君が考え直して迎えにきてくれるのかしら。」

と期待に胸はずませて開くと,

「あばよ。誰がお前なんかとつきあうものか。このゴリラ女。

 いい気になるんじゃねえ。」

と書かれ,最後にはあかんべえした顔の絵文字までついていた。

 中山は激怒した。

「あのやろう!絶対許さない!絶対山野にばらしてやる!」

と息巻いた。

「だけどその前に家に帰らないと。」

そう言うと,あてずっぽうで中山はどんどん歩いていったのだった。

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