第32話マイナスのはかりごと


 翌朝,しずくはいつも通り登校した。

いつも以上にだるいので,学校までの道をうつむいてのろのろと進んでいく。

毎朝いきたくないのに無理に体を引っ張っていくという感じであるが

今日は昨日の疲れが残っているせいで余計につらかった。

重いかばんが容赦なく,肩にめりこんでくる。

おまけに今日は体育があるので,体操服を入れた袋を抱えていた。

最近肩が上がりっぱなしで痛みがひどく,熟睡できなかったので

体調がすぐれなかった。

「肩が凝るのは脊柱側湾のせいかな?」

としずくは思った。

痛み止めを飲んだこともあったが,授業中眠気を催すのですぐにやめた。

 見ると,前方を例の二人組みが横一列に並んで歩いていた。

6月の暑い日なのに,二人とも,学校指定の濃紺の長袖のセーターを

着こんで汗をかいているのでしずくは驚いた。

「何あれ!何でこんな暑い日にあんな暑苦しい格好をしているんだ?」

 ブレザーをぬいでワイシャツ姿の生徒が多い中,二人の姿は目だって

人目を引いた。

「目立ちたいのかな?この暑いのにご苦労なこった」としずくは心の中であざ笑った。

二人に気づかれないよう,しずくはさらに歩みを緩めたので

見る間に前を歩いている二人との距離は開いていき,やがて見えなくなった。

「あいつらの姿が視界から消えてせいせいした。

 来年のクラス替えで別の組になるといいのに。」

しばらくして,やっと学校に着いた。しずくが教室に足を踏み入れた途端,

小林と横山とつるんでいる男子が,

「バカヤロー!来るんじゃねえよ!帰れ!」

と,大声で叫んで威嚇してきたのでしずくは恐怖と驚きで動揺した。

それは一度聞いたらしばらく不快感が残るような非常に下品などら声だった。

しずくは今朝初めて髪を結わずに肩に垂らして登校したのだが,

それに気づいた男は

「似合わないんだよ!ババア!」

と叫んで飛び掛るマネをした。

暴力をふるわれて怪我をしたらと思うとしずくは怖くてたまらなかった。

「ぎゃははは!こいつ完全にビビってるよ!」

と例の二人組みは甲高い声を立ててげらげらと笑ったので

しずくは涙が出そうになった。今すぐ頭をかち割って殺してやりたいと本気で願った。

三人の体がずたずたになるまで刺してやりたいと思った。

体調が悪く,体が弱っているときに不意打ちをかけられて

涙が出そうなのを必死でこらえるしかなかった。

 しかしそのとき,

「やめな。」

と中山一が大きな声できっぱりと注意したので

三人は驚いて引き下がった。しずくは中山の恋敵であり,

中山がしずくを嫌っているのは誰もが知っていたので

事の成り行きの意外さにその場に居合わせた誰もが驚いた。

 しかし中山の心は複雑な思いでいっぱいだった。

「ちぇっ。何でじろじろ見やがるんだよ。

 こっちだって好きでやってるんじゃねえよ」

と中山は心の中で毒づいた。

昨夜兄からしずくに親切にするように命じられたので

それにしたがっていたのだ。中山一にとって,

兄は理想の男であり,幼い頃から彼が言うことは絶対なのだった。

「庭にいるなめくじを全部取ってこい。」

と言われてその通りにしたこともあった。

「どうしたんだろう。あの人わたしのことをあんなに嫌っていたのに。

 ありがたいけど,何か企んでいそうでかえって怖いな。」

としずくは思った。

 その中山が長い髪をばっさり切ってベリーショートになっていたので

しずくはますます驚いてしまった。

「ただでさえごついのにあれではまるでおじさんにしか見えないや。」

というのが正直な感想だった。中山の突然の断髪に,

「な,何があったんだ!?失恋か?」

とクラスメートは皆ひそひそとささやきあっていた。

「おはよー。髪切ったの!」

と何人もの女子に言われて中山はうんざりしていた。

ざんばら髪のままでは登校できないので

夕方床屋に走って刈りなおしてもらったら,ほとんど坊主も同然になってしまった。

自分で切ったくせに元の長さに戻るのはどのくらい先だろうかと憂鬱になった。

 中山は,しずくの肩に栗色のつやつやとした長い髪がたれているのを見て,

激しい嫉妬の念に駆られた。自分の髪もきれいなほうだったが,

しずくの髪の美しさに比べたらかなわなかった。

髪は額にかかる額縁ということわざ通り,長いさらさらの髪が

しずくの完璧に整った顔立ちを引き立ててまばゆいばかりだった。

「あの美貌がわたしのものだったら・・・」

と中山は嫉妬に気も狂わんばかりであった。

しずくが自分の容貌に無頓着なのも気に食わなかった。

「わたしがあの顔だったら,かっこいい男を二人くらい手玉に取ってやるのに。」

と中山は思った。今のところしずくは大河にも中山の兄にも見向きも

していないのは誰が見ても明らかだった。

兄としずくをくっつけてしまえば,大河もあきらめるだろうと

中山は期待していた。大河は不良だが,上級生には逆らわなかった。

「うちの兄貴ほどかっこいい男はほかにいないもの。

 あの女もそのうち夢中になるわ。」

と中山は兄の華やかな美貌を思い浮かべながら考えた。

「それともあいつ,もしかしてほかに好きな男がいるのかな?

 あの女は一体どんなタイプが好みなんだ?」

と中山は思った。しずくのように恋愛にまったく興味がない人間が存在する

など,中山にはとうてい理解できないことだった。

「よし!絶対に探りだしてみせる!」

と中山は心に誓った。




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