第31話新たな誘惑

 下校時刻になり,しずくはかばんを背負って昇降口に行った。

かさ立てに入れておいた自分のかさを探したが,なかった。

「おかしいなあ。たしかに朝来たときはここに入れておいたのに。

 こないだもなくなったばっかりだ。まだ雨が降っているのに困ったな。」

すると,背後に人の気配がしたので,振り返ると,

横山と小林が立っていたのでしずくは恐怖で心臓がとまりそうになった。

「こないだおまえのかさをへし折って駅のゴミ箱に捨ててやったからな。」

と横山がにじりよってきて,耳元でささやいた。

 しずくは相手の声のうちに潜む狂気を読み取り,気味悪くなった。

「また新しいのを買ってきたようだが,

 いくら買っても,うちらが捨ててやるからな。」

と今度は小林が行った。二人が行ってしまうと,

しずくはかばんの奥底に折りたたみかさを隠しておいたのでそれをさした。

「へへっ。こんなこともあろうかと思ってちゃんと用意しといたのさ」

 しずくはかさの骨を広げてさした。派手な桃色だったが,

しずくの趣味ではなく,母親が選んだモノだった。

ピンク・赤系統の色は嫌いで,紺色の雨傘を選んだが,

しずくの母が強硬に反対してこの色を選ばされたのだった。

「服だけじゃなく,小物まで好きな色のを選べないなんて」

としずくは歯がゆい思いをさせられた。

「それにしてもあいつら,人のものを盗むなんて

 いかれてるんじゃないのか。あいつらに雨傘を盗られたせいで

 こっちは熱を出して苦しんだんだぞ。」

と思うと,腹が立って仕方なかった。

 突然,大風が吹いて,折りたたみ傘の骨が上に向かって

裏返って使い物にならなくなってしまった。

しずくは元通りに開こうとかさと格闘したが,何度やっても

また風が吹いて裏返ってしまうのでいらいらした。

「くそ!このボロがさめ!」

というと,しずくはカッとなってかさを足元に投げ捨てた。突然、

「大丈夫?」

といいながら,巨大な赤いかさをさした大河が現れたので

しずくは悲鳴を上げた。かさは女物で水玉模様で縁に白いレースがついている

ど派手な代物だった。

「おいおい,いくら派手好みだからってそれはないだろう・・・」

としずくはあきれてものもいえなかった。

 大河はしずくのピンチを救うチャンスができたので,うきうきしていた。

「しずくちゃん,相合傘してぼくと一緒に帰ろうよお」

と言うのを聞いてしずくは鳥肌が立った。

「ふざけるな。誰がおまえなんかと!」

そういい捨ててしずくは全力で走り出した。

ぬかるみに足を取られて転びそうになったがなんとか体制を立てなおし,

走ったが,帰宅部でふだん運動をしていないしずくは

息を切らして動けなくなってしまった。

 大河はサッカー部で足が速いので,今にもしずくに追いつきそうになった。

「なんだよ!今日助けてやったのに,そんな冷たい態度をとること

 ないだろ!」と叫んでいる。

もうだめだとしずくが観念したその時,

付近の自転車置き場からぬっと人影が現れた。その人物は

「こら!大河!女の子をいじめちゃだめだろ!」

と叫んだ。すると大河は

「あっ!中山先輩!すみません!」

と頭を下げた。身長が既に180センチを越えている大男である大河が,

身長160センチ弱の上級生にひれ伏せんばかりにしている光景は

どことなく滑稽なものだった。

 ふたりとも色が白く,赤毛で顔立ちが似ていた。

「おまえ,女子を追いかけている暇があったら,

 もっとサッカーがうまくなるように練習しろ!」

と中山先輩なる人物が一喝すると,大河はぺこぺこしながら

隙を見て逃げて行った。(この上級生と大河はサッカー部所属である)

 しずくはこの上級生とは面識があった。

中学の体育祭で赤,青,黄,緑の四つの組に分けられるのだが,

しずくは赤組で,この男も同じ赤組だった。

組ごとに分かれて集まった時,この上級生は

「山野さん,なんかわからないことない?」

などといちいち猫なで声を出してしずくにつきまとってくるので苦手だった。

おまけに人づてに,

「先輩が山野のことかわいいって言ってたぞ」

と聞いたときは,喜ぶころか嫌悪感がわいてきたくらいだった。

 しずくは早くこの場から逃げ出したいと思ったがそんなことはおくびにも出さず

「ありがとうございました。おかげで助かりました。」

と言って丁寧に頭を下げた。すると中山先輩は

「ねえ。しずくちゃん。」

と中山がにたーっと笑いながらいったのでしずくはぎくりとした。

「ぼくと一緒に帰ろうよ。」といった。

「いや,ちょっと急ぎの用事があるので」というと,

早くもしずくは逃げ出す体制を整えた。

「お?何だ。君は,人に助けてもらったくせに感謝もしないのか」

とねちねちといびり始めたのでしずくはぞっとした。

「ああやだやだ。一難去ってまた一難か。

 恩着せがましいんだから。上級生だから怒鳴って追っ払うこともできないし。」

 しずくは仕方なく,相合傘をして中山先輩と一緒に帰るはめになった。

 中山先輩はぺらぺらとよくしゃべったが,その内容は

「こないださあ,女を待たせている場所にいく途中で

 別な女に会ったからいちゃいちゃしていたら,

 待っていた女がそれを見て,怒って帰っちゃった」などという低レベルなものだった。あまりに知性がない,品のない話ばかりされるので

しずくは嫌悪感が顔に出ないようにこらえるのに一苦労だった。

「女に夢中になったけど,あきて捨てたら

 無言電話がかかってくるようになったよ」

なんて下品な話ばかりするのでしずくは「こいつ,なんて軽いんだ!」と驚いた。

(こいつ,自分がもてるとでも言いたいのか?ばかだな)

としずくは心の中であざ笑った。

(おれは下品な遊び人ですって言ってるようなもんじゃねえか)

 中山先輩はしずくが退屈そうにしているのにも気づかず,

ぺらぺらと愚にもつかないことばかりしゃべり続けた。

「ああそうそう,妹が一年生なんだけど,君と同じクラスだって知ってた?」

といったのでしずくはきょとんとした。

クラスに同じ苗字の女子が三人もいるのだ。

 そんなしずくの疑問を察したかのように,中山先輩は

「下の名前は一(はじめ)っていうんだよ。男みたいでおかしいだろ」

と言って笑った。

「ええっ!あの色が黒くてのっぽの中山一がこの男の妹!?

 全然似てないじゃん!」

としずくは仰天した。目の前にいる男は色が白く,背が低くて

女みたいにみえる。こっちが女に生まれたほうがよかったのにとしずくは思った。

さぞやかわいいかわいいともてはやされるだろう。

「全然似てないのでびっくりしました」としずくは正直に言った。

「ああ,おれはおふくろ似で一はおやじにそっくりでごついんだ。

 男に生まれればよかったって本人もよく言ってるよ」

 バス停のところまできたとき,しずくは

「じゃ,これで」

といって小走りに去って行った。

「うしし。妹にあの女のご機嫌を取らせて大河から奪ってやるぞ。

 あの女,おれの好みだなあ。」

というと,中山先輩はけらけら笑った。

「一ヶ月くらい付き合って飽きたら捨てよう」

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