第26話見苦しい嫉妬

 その頃,教室では・・・。

「山野の奴,どこ行ったんだろ?」

「知らない。保健室じゃね?」

と横山が答えた。

 担任が朝,出席を取ったとき,「山野さん」としずくの苗字を

呼んだが返事がなかった。

「欠席?あれ?机の脇にかばんがあるな。」

「そういや,朝見かけたよ」と鈴木がいった。

「保健室に行ったんじゃないですかあ。」

とのんきな様子で男子生徒の一人が言った。

「こないだの大河みたいにかばん置いて帰っちゃったんじゃないの?」

とまた別な男子生徒が言うと,教室はどっと笑いに包まれた。

 大河は例のごとく遅刻していた。大河は遅刻の常習犯で,

始業時間にきちんと来たのは数えるほどしかなかった。

 この問題はこれ以上議論されることがなく,みんなしずくがいなくなった

ことなど,きれいさっぱり忘れてしまった。

 1時間目が終わった休み時間のことである。

「山野のやつ,どこ行っちゃったんだろうね?

 いびってやるつもりだったのにつまんねえ。」

と鈴木が口に食べ物を入れたまましゃべった。

くちゃくちゃと下品な音を立てながらおにぎりをほおばって

早弁している姿は見苦しいものだったがこれが毎日の習慣なのだ。

「しらねえ。保健室じゃねえ?」と横山は答えた。

「うちらがちょっと脅かしてやっただけでびびっちゃってマジウケる!」

とげらげら笑いながら鈴木は言った。

「ひょっとして,うちらが怖いから逃げだしたのかも?」

と横山は言った。二人とも下卑た薄ら笑いを同時に浮かべて

顔を見合わせるとまた大声で笑い始めた。

二人は赤の他人だが姉妹のようによく似ていた。

「あいつムカつくよね!美人だって言われてるけど絶対違うよね!

 目が腐ってるよ。全然素敵だとは思わない。」

と横山は憎憎しげに顔をゆがめて叫んだ。

実のところ誰かにお世辞でもかわいいなどと言われたことが

一度もなかったので,悔しくてたまらなかったのである。

「何であの女がきれいだっていわれるのかわかんない!

 蛇みたいな気持ち悪い黄色い目をしているし」

と,鈴木は興奮のあまりこぶしを振り回しながら叫んだ。

細くつりあがった目をかっと見開いている。

「わたしもそう思う!」

というハスキーな声が背後でしたので二人は一瞬ぎくりとして振り向いた。

 声の主は松本沙織だった。

「あの女キモいよね!」

と弓削は言った。

突然会話に割り込まれたことで二人組みは困惑していたが,

松本を味方に引き入れた方が得だと判断した。

「わあ。うちら話が合うね!」

と二人は声をそろえて叫んだ。

 その後,松本の取り巻きの田代と弓削の二人も加わって,

山野しずくの悪口で盛り上がった。

「細すぎてきもい」,「白すぎてきもい」,「ちび」などとしずくの容姿を

五人はいとも楽しそうにけなしていた。

「なんか今日は教室の空気が明るいと思ったけど,

 山野がいなかったせいなのか!」

と松本が叫ぶと五人は一斉に笑い出した。

 松本は小さいころからかわいいとかきれいだと言われて

ちやほやされてきたので自信満々だった。

今まで自分は学校一の美少女だとうぬぼれていた。

昨日,男子二人の会話を盗み聞きするまでは。

 休み時間にろうかを歩いていると,

男子生徒二人が立ち話をしていた。

 二人は前方を歩いているしずくの後ろ姿をうっとりと見つめながら,

「なんてかわいいんだ!」

とつぶやいてため息をついていた。

 松本は自分以外の女がほめられているのは我慢ならなかった。

二人の話していることが気になって,咄嗟に廊下の真ん中にでんと立っている

太い柱の影に身を隠して立ち聞きすることに決めた。

二人とも話に夢中で松本が歩いてきたことに気づかずに,話を続けた。

「あんな美人初めて見た!」

と牛乳瓶の底のような分厚い眼鏡をかけた

男子生徒が言った。

「完璧に整っているよね。しかもかわいらしさもあるし。」

と背の低い細身の男が答えた。

「あの白さ!ガイジンの血が入っているんじゃないの!」

「告白したいけど相手にしてくれそうもないな。

 クラス一のイケ面の大河が振られたって噂だし。」

「どんな男がタイプなんだろ?」といって眼鏡はため息をついた。

「松本も美人だったよね。松本と山野,どっちの方が美人だと思う?」

とちびは言った。松本はどきどきしながら答えを聞こうと

柱の影に身をひそめて耳をすませていた。

「そりゃ山野に決まってるだろ!比べるまでもないよ!

 松本はけばいだけ!場末の酒場にいそうな顔だよ」と眼鏡はきっぱり言った。

「いえてる!山野のほうが上品な顔立ちだよな!やっぱり清楚なのが一番!」

とちびが調子を合わせた。

松本はがまんできずに隠れていた場所からぬっと現れ,二人をにらみつけた。

 すると二人は松本の姿を見て真っ青になった。

「やべッ,今の聞こえちゃったかな?」

などとひそひそといっている。報復を恐れて二人は縮みあがった。

女子とはいえ,割と小柄な自分たちより頭一つ分身長が高く,

スポーツで鍛えあげた松本にぶっとばされたら命が危ない。

しかし松本の怒りはしずくの方に向かったのだった。

しずくが学年でもトップクラスの成績を誇っていることも気にくわなかった。

この学校ではテストの度に成績上位者の名が掲示されるのだが,

いつもしずくが松本よりも上位だった。

小学校のころは学年トップの秀才だった松本は悔しくてならなかった。

負けず嫌いな性格で,なんでも一番でなければ気がすまないのだった。

小学校の頃は毎日勉強しなくてもいい成績を保てたのに

中学に入ってからは勝手が違うので戸惑っていた。

私立中学に進学したということでエリートになった気分だったのに,

学年で中くらいの成績を維持するのがやっとである事実を受け入れることは

勝気な性格の松本にとって容易ではなかったのである。

「許せない。何であいつばっかり!」

と松本は叫んだ。横山と鈴木は顔を見合わせてにやりと笑った。

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