第24話遅すぎた目覚め

 しずくは見たこともない部屋にいた。

壁も家具も全部白で統一されているが,薄黒く汚れて

灰色になりかかっている。壁には亀裂が入っていた。

 窓が一つもない上に出口も見当たらなかった。

しずくは閉じ込められていたが,脱出したいとも思わなかった。

どうでもいいやと投げやりな気持ちだった。

壁によりかかって座りこんでいると,ポタポタと音がする。

壁の割れ目から,水滴が落ちてくるのだ。

みるみるうちに床が水びたしになり,やがて足首まで水に浸かってしまった。

しずくはようやくあせりはじめて慌てて立ち上がった。

腰のところまで水がたまった。助けを呼ぼうにも声がでない。

「私は不注意とは言え,妹を死なせてしまった。

 神様。今度だけはお助けください。」

必死に祈ったが,いきなり揺れ始め,

部屋全体がものすごい勢いで下に落ち始め、激しい恐怖を感じた

瞬間しずくは目を覚ました。初め,自分がどこにいるのかわからなかった。

「いけない!つい眠り込んじゃった!授業もう始まっちゃう!」

 激しい動悸が起こった。さっきの夢で見た部屋の風景や落ちていく場面の記憶が

鮮明によみがえった。窓の外では叩きつけるように雨が激しく降っていた。

どうやら雨音が聞こえるおかげで洪水の夢を見たらしかった。

壁にかかっている時計を見ると,10時半をすぎたところだった。

あまりに深い眠りに落ちたので,鐘の音さえ聞こえなかったようだ。

「サボったと思われる!早く教室に戻らなきゃ!」

 しずくは手早く荷物をまとめると,戸口のところに走った。

ところが,引き戸を押してもびくともしない。

「どうしよう!鍵がかかってて出られない!」

 しずくは何度も扉を開けようとしたが,びくともしなかった。

この学校では朝と放課後しか自習室を開けず,残りの時間は鍵をかけていた。

「大変だ!居眠りしている間に閉じ込められちゃった!」

 しずくの選んだ座席は部屋の隅にあったので

入り口からは死角になっていたのだ。

壁に遮られて一番奥の机で眠り込んでいたしずくの姿が見えるはずもなかった。

鍵をかけにきた教員は,部屋の中に入らずに

入り口から教室の中をざっと見回しただけで誰もいないと思い込み,

閉めてしまったのだった。

「ヘアピンで開けられないかな」

 しずくは長い髪をとめていたヘアピンをはずすと,

鍵穴に差し込んだ。しかしまったく役に立たなかった。

「誰か!助けてください!」と大声で叫ぼうとしたが,

どうしても大きな声が出ない。学校では緊張していつも口数が少ない上,

朗読や教師にあてられて発表するときは

蚊の鳴くような小さな声でぼそぼそとつぶやいた。

しずくはこんな緊急のときにも声が出ない自分が情けなかった。

「誰か!誰か!」とつぶやきながらドアを力任せにどんどん拳でたたいたが,

誰も助けにくる気配はなかった。

おまけに雨の音がただでさえか細いしずくの

叫びをかき消してしまった。

授業時間なのでろうかを誰も通るはずもなく,

周囲はめったに使わない技術室や空き教室で普段から人気がなかった。

「むだだ。むだだ。ろうかを誰も通らないからいくら呼んでも誰もこない」

しずくは疲れ果ててその場にへたり込んだ。

 しずくは一度も携帯電話を買ってもらったことがなく,

外部と連絡を取る術はなかった。

叫ぶのをやめると,あたりはシンと静まりかえって,

雨の音だけがざあざあと滝のように響いていた。

「なんであんな奥に座ったんだろう。

 私がいないからって探しにくる人がいるとは思えないし。

 誰も私のことなんて気にかけてないもん。

 やっぱり友達作っておくんだったかな」

 孤独が身にしみて,いつのまにか,大理石のように白い

しずくのほおを涙がつたっていた。

 雨の音はますます激しくなっていた。

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