第13話ヒロインに向かない
小宮と別れた後でしずくは我知らず晴れやかなきもちになっていた。
クラスのみながあわただしく教科書とリコーダーを手にして
バタバタと教室から飛び出してくるので一瞬しずくは戸惑った。
「はて?次は数学の時間だったはずだが・・・?なぜ移動教室なのだ?」
そして時間割表を見てはっとした。
(しまった!五時間目が数学なのは明日だった。
明日の時間割と今日の時間割が頭の中でごっちゃになってる。昼休みにもう一度
時間割をチェックしときゃよかった。)
と後悔した。今日は火曜日だったが、昨日時間割表を眺めた際、
途中で隣の水曜日の欄に目がいってしまったらしい。
(もう6月だというのになぜ時間割を暗記できないのだろう)
しぶしぶ支度をする。教科書はロッカーの中にあった。
しかしリコーダーがない。
「あれ?おかしいな。たしかに入れたはずだが・・・」
とまたしても頭の中が混乱したまま、ごそごそとロッカーの中を手でかき回す。
(あっ、あまりにへたくそなんでおととい家で
練習するために持って帰ったままだった!)
と気づいてがっかりした。まじめさがあだとなったのである。
そのとき、いきなり背後から、
「なに探してるの?」
という甲高い声がしたので飛び上がりそうになった。
小学生のときみたいに、ふりむきざまに力いっぱい
殴られるのではないかとびくびくしながら恐る恐る振り返った。
すると、そこには今風のすらりと背の高い男子生徒が立っていた。
(うわ、こいつ軽そう。前髪が長すぎ、目に悪そう、なんかホストみたいな髪型。
だらしなくシャツをはみださせてかっこいいと思ってるのかしら。
すごいケバイ顔だな。化粧してるみたい。
なんか気に食わない。異人種だ。あわなそう)
などということをわずかの間に考えていた。
(こんなあったま悪そうなやつとはかかわりあいになりたくないな。)
と、ものの10秒もたたないうちに相手を切り捨ててしまったのである。
しかしそんなことはおくびにも出さずに、
「リコーダー、探してたんだよ。家に忘れてきたみたいで」
としずくはいった。
「じゃあぼくのを貸してあげようか?」
といって大河がにっこり笑った。
(冗談じゃない!間接キスになっちまう!)
としずくはゾッとしたが顔に出さず、
「いや、遠慮しとく。じゃ、急いでいるのでまた」
といってすたすたと大またで歩き出した。
すると、大河は対抗するかのように早歩きで
しずくの脇にぴったりへばりついて離れようとしないので
しずくは困ってしまった。
「なに、なんか用?」
としずくはぶっきらぼうに言った。
相手が探るような、疑り深そうな顔になっているので大河はうろたえてしまった。
(しまった。なんだか警戒させちゃったみたいだぞ。小宮と話しているとき機嫌よ
さそうだったからせっかく話しかけるチャンスがきたと思ったのに。
とにかくなんか言わなくちゃ場がもたない)
「あ、あのさ、君って○○って小説が好きなんだって?」
「もう飽きた」
「部活に入らないのはなんで?」
「入りたくないから」
「入りたくないのはなんで?」
「入りたくないから入らないんだよ。」
こんな調子で、ぜんぜん会話が成立しないのである。
「きみって猫が好きなんだっけ?」
(おや、こいつ、わたしの自己紹介カードみたな。)
としずくは感づいた。入学したてのころ、
クラス全員が強制的にかかされたものが冊子になって配られていた。
(そろそろこの辺で追い払おうっと)
「ああそうだよ。あいつらは何もうるさいこと言わないからね。
ちなみに、嫌いな動物は人間、それもアンタみたいにぬぼーっとでかくて、
挙動不審な男だよ。分かったらもうついてくるなよ!」
というと、呆然と立ちつくしている大河を残して音楽室目指して駆けて行った。
大河は小さい頃から女性にちやほやされることになれており、
女子からこんな口の聞き方をされたのは初めてだった。
彼は動揺してワッと泣き出してトイレに駆け込んでしまった。
「ふん、軟弱な奴め!顔も女みたいだが中身も女々しいな」
としずくは意地の悪い喜びに浸っていた。
しかし遅刻しそうになっていることに気づき、あわてて駆け出した。
運のいいことに、音楽室に入っていくと、教師はまだきていなかった。
しずくが入ってくるのを見て、
「エーっ、大河クンじゃなかった!つまんなあい!」
と女子ががっかりしたような声を上げた。
(悪かったな)
としずくはおもしろくない気持ちでいっぱいになった。
「休み時間はとっくに終わってるのに、どうしたんだろう?」
「そういやみんなが急いでいるのにまだぐずぐず教室にいたよね?なんでだろ?」
などと女子は口々に言い合っていた。
「っていうかみークン(大河のあだ名)ってすごくハンサムだよねえ。」
と女子の一人がうっとりしていった。
「ほんと、あんなかっこいい人みたことない!
芸能人にだって中々いないレベルだよね」
(あんな女だか男だかわからないようなのがハンサムだといわれるのか!)
と、しずくは心底驚いた。
(わたしの感覚がズレているのか?)
「みークンって誰か好きな人いるのかな?」
と最初にしずくの気分を害した女子が言った。
「ねえ、中山さんって幼馴染だったよね。聞いてみようか?」
「え、あんま話したことないじゃん。友達でもないのに教えてくれないよ。・・・
まさか中山さんって彼女じゃないよね?仲よさそうだけど」
「まさか、あの二人が!?ありえない!」
というと、女子たちがいっせいに噴き出した。
「ぜんぜんつりあわないっしょ!あんなかっこいい人の隣に
あんなゴリラみたいにごついのがくるのかと思うともうおかしくて!」
「しーっ、聞こえるよ!」
「大丈夫だよ。席離れているもん」
「みークンの彼女になるのは小柄なかわいい子でなきゃ!」
「じゃあわたしぴったりだね!立候補しなきゃ!」
「小柄ってのはあてはまるけど・・・」
「なに、なんか言った?(怒)」
中山一は女子たちから離れた席にいたが、
この会話に一言も聞き漏らすまいと聞き耳を立てていた。
(ええい、むしゃくしゃする。あいつら後でたっぷりお返しをしてやるからな)
と思った。
(それにしても、どこに行ったのだろう。なにかあったのだろうか)
と、中山は本気で大河の身を案じていた。
大河がいつまでも現れないので中山はじりじりして
ドアの方ばかりうかがっていた。その間ずっと、
雨粒が窓に当たる音が陰気にリズムを刻んでいた。
その後、さらに20分ほどして教師がやってきた。
授業があることを忘れていたといって弁解した。
結局、大河は最後まで姿を見せず、次の6時間目にも姿を現さなかった。
「きっとめんどくさくなって帰ったんだよ」
と女子たちは言っていたがかばんを残したままで
下駄箱のくつがなくなっているのには首をかしげていた。
「大河クン、かばん忘れて帰っちゃったみたいだよ」
「ええっ、まさか神隠しじゃないだろうねえ」
などと女子たちがきゃあきゃあ騒いでいる。
(どうでもいいけどさっきあいつを泣かせた
いきさつがバレたら絶対私が責められるだろうな)
としずくは今更ながらびくびくしていた。
そうじ当番の仕事を終えて、しずくは帰ることにして昇降口に行った。
くつをはいた後、かさ立てにささっている
たくさんの同じような紺のかさの中から自分のを探した。
天気予報では雨だったので朝もってきた覚えがあるのに
いくら探してもどうしても見つからないのでしずくは焦った。
(どうしたんだろう。たしかにここに入れたはずなのに。
名前を書いたのに誰かがもっていくなんて考えられないし。
小雨になるまで待とうかな。誰か貸してくれる友達もいないもんな)
そのうちやむだろうと高をくくってしばらく雨宿りしていたが、
逆にいよいよ雨が激しくなってしまった。
すでに一時間以上ぐずぐずしていたので、
しずくはしびれを切らして帰ることにした。
(ええい、どうにでもなれ!)
と心の中でつぶやくと、しずくは雨の中を走り出した。
その姿はまるで弾丸の中を突破しようとする勇敢な兵士だった。
やっとのことで家に帰り着いたときは制服が水を吸って重たく、
肌に吸い付いて脱ぐのに一苦労した。
(とにかくかわかさなきゃ、明日着てくものがない。どこかにぶらさげておこう)
水滴が滴り落ちるため床がくさってしまう恐れがあるのが気がかりだった。
そこでハンガーにかけて吊るした制服の下に洗面器を置いて受け皿にした。
狙い通り、水滴は一滴一滴ゆっくりと洗面器の中に落ちていった。
「なんだか寒気がするな。早く服を着よう」
のろのろと部屋着に着替えると、しずくはいきおいよくベッドに倒れこんだ。
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