第11話敵の増殖

 次の日の昼休み、中山一の席の近くに大河がやってきた。


「ねえ一(はじめ)ちゃん(中山の下の名前)、


 俺と山野ってお似合いかなあ?

 

 初デートはどこに行けばいい?結婚式には必ず出てくれよ。なんちって」


といって中山の席の近くに一人でケラケラ笑っている。


「俺、ああいう色が白くて背がちっちゃい子好みなんだよねえ。」


と、大河はうっとりしながら言った。


 この一言は中山一の心を深く突き刺す残酷なものだった。


一は生まれたときから人一倍色が黒く、


小さい頃からそれがコンプレックスだった。


その上、長身で今の時点で165センチに達していた。


小学校低学年の頃から背の順に並ばされるといつも一番後ろで、


黒い巨塔という意地が悪いあだ名を頂戴していた。


一はそれがいやでいやでたまらなかった。


中山一は好きな男に好みのタイプではないと宣告されてしまったと感じた。


 一方男の方はああでもない、こうでもないと想像を膨らませることに夢中で


ハイテンションになって一人でべらべら話し続け、


女友達が浮かない顔をしていることにまったく気づかなかった。


もともとこの男は無神経で細やかな感性の持ち主ではなかったのである。


 いたたまれなくなった一は


「ちょっと購買に寄ってノート買ってくる」


といって、立ち上がった。


「何だよ―。後でいいじゃないかあ。」


と後ろで大河がいうのが聞こえたが、一は振り向きもせずに教室を後にした。


 いろんな人にぶつかりながら一はふらふらと歩いていった。


(一人になりたい。誰にも会いたくない。)と一は思った。


(みークンたら、なんて無神経なんだろう)



一は泣きそうな自分の顔が見えないようにうつむいて歩いた。


 人気のない場所を探して一は校舎の裏側にある、非常階段の付近に行った。


校舎の外壁に接している階段なので外の風景がよく見えた。


新鮮な空気をたっぷり吸い込むといくらか落ち着いてきた。


(ここで思いっきり泣こう)


と一は決めたが、すでに先客がいたのでぎくりとして身を隠した。


 そこには憎き恋敵である山野しずくが腰かけていたのだ。


「あいつ、こんなとこでなにしてるんだろ」


一は物陰からじっくり観察してみることにした。


文庫本を膝の上に置いているのが見えたが読んでいる気配はない。


しずくは前方をじっと見詰めたまま、身動き一つしていない。


そんなに熱心に何をみているのかと思い、一もその方向に目をやった。


なんとそこには墓地が広がっていたので一はぎょっとした。


どんよりとした曇り空の下では真昼とはいえ


林立する墓石と卒塔婆の群れは陰気な雰囲気をかもし出していた。


(うわ、辛気臭い女!墓なんかジーっと見てきもちわる)


と一は思った。一はあまり長いことにらみつけていたので、


しずくは視線を感じて一のいる方に向き直った。


憎憎しげに自分をにらむ女に気づいて、しずくはハッとした顔になったが、


おびえた様子ですぐに視線をそらした。


そのおどおどした態度がよけいに一を苛立たせた。


 しずくは自分をにらんでいる女が昨日厄介な質問をしてきた


女だとすぐに気づき、本能的に危険を察知して逃げ出そうとした。


あわてて立ち上がった拍子に膝の上の文庫本が落っこちたが、


拾いもせずに、階段を駆け上がると、非常口の扉から


バタバタと校舎の中に戻っていった。


 足音が遠ざかってからしばらくして、一は自分でも気づかないうちに


「ムッカつく」


と独り言を言っていた。


 すると、突然、背後から


「そうだよねえ」


という返事が聞こえたので、一は飛び上がらんばかりに驚いた。


おそるおそる振り返ると、同じクラスだが、


まだあまり話したことのない女子二人組が立っていた。


二人とも背が低く、丸顔で狐のように細く釣りあがった目で


髪を短く切っていた。二人はよく似ていて見分けがつきにくかった。


しかし片方が赤みがかったこげ茶色の髪でもう一人は黒髪で少し癖毛だった。


「あっ、ごめんね。びっくりさせちゃって。」


と、癖毛のほうが口を開いた。


「うちらもあいつのこと、ムカつくなって思ってたところなの。


 おんなじこと考えてる人がいてうれしいな。」


と、癖毛が続けた。


「あいつのこと見るとなんかイライラするんだよね」


と、一は思わず言った。


「たしかに」と赤い髪の方が答えた。


「あいつね、暗くてきもい分際でわたしの好きな人を


 取ろうとしているんだよ。」


と、味方を得たような気になって思わず、一は言ってしまったが、


ハッとした。よく知りもしない相手に自分の片思いのことなど


かんたんに話してしまっていいものなのだろうか、と警戒する気持ちが起きた。


しかし二人はそれを特に追及してこなかった。


「うちら話合うね。ねえ、今日のお昼一緒に食べない。」


と、癖毛の方が愛想良く言った。


「うん。いいよ。ところであなたたちの名前はなんていうの」


と一は言った。


「わたしは鈴木未央、テニス部に入っているの。よろしくね」


と癖毛が言った。


「わたしは横山真央、同じくテニス部」


と赤い髪の方がぼそぼそといった。


「わたし中山一。一って書いてはじめって読むんだ。よろしく」


と一は言った。そして、もともと親友だったかのように、


一は新しい友らといっしょに仲良く教室に戻って行った。

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