第10話ポジティブも度を越すと馬鹿になる一例

 一度は追い詰められ、便所飯までしたしずくだったが、


一人でいることにもはやすっかり慣れっこになってしまった。


もともと口数が多い方ではなかったし、大勢の人の中にいると


なんだか落ち着かなかったからだ。


 ただ昼休みの弁当を食べるときを除いては、孤独な状態を


居心地よく感じるようになってきた。


「わたしって、もしかしたら本当は一人でいるのがすきなのかも」


としずくは思いはじめていた。


 友達を作らなければいけないという強迫観念は、


好きな読書に没頭することで徐々に薄らいでいた。


勉強は楽しかった。やればやるほどのびていく手ごたえを感じた。


それに国語の成績がずば抜けてよいので教師にも一目おかれていた。


 しかしこのごろ、肩が凝って、鈍い痛みがあるのが気にかかっていた。


病院に行くのは嫌いだったが、迷っていた。


母親に一度痛みを訴えたが、


「おおげさに言っている、うそつき」


などとののしられたので二度と相談しなかった。


 午後の数学の授業が自習だった。


しずくは苦手科目を克服しようと一心不乱に問題集を解いていたので


誰かが肩をちょんちょんと突付いてきたときはぎょっとして



飛び上がりそうになった。


「な、何?」


 しずくは声をかけてきた女子が今風で気が強そうなので


すっかりおびえてしまった。


一瞬スカートを穿き忘れたのかと思うほどのミニスカで、


シャツは第二ボタンまで開けて胸の谷間が見えそうだ。


こんな異人種がわざわざやってきて一体何の用があるというのだろう。


「ねえ、山野さんってどんなタイプの男の子が好みなの?」


と聞かれてしずくは拍子抜けがした。


もっと意地が悪いことを言われると思ったからだ


「こっちは毎日生きていくのに


 せいいっぱいでそんなくだらないこと考えてる暇があるわけないだろう」


と思ったが、そんなことを言ったら


何をされるかわからないので黙っていた。


(どうしよう。そんなこと、一度も考えたことなかった。)


としずくは考え込んでしまった。


大体、男子は苦手だ。小学校低学年の頃、二人の男子に執拗に


いじわるされて以来怖くて仕方なかった。


「おい」と呼ばれて振り向いたら顔面を殴られたり、


追い掛け回されて転んで怪我をしたり、


砂をかけられたり、つばを吐き掛けられたり、地獄のような毎日だった。


何より図工で一生懸命描いた絵を丸められたことが一番こたえた。


 そんなしずくを見て中山はイライラしていた。


(やっぱこいつ苦手だ。ハッキリしろっつうの。)


と口に出さずとも思っているのが顔色に表れ、しずくはおびえた。

 

(仕方ない。適当にでっちあげよう)


としずくは早くこの場を切り上げたい一心でごまかした。


「えっと、色白で目がぱっちりしていて背が高い人かな!」


といった声は多少上ずっていた。好きな人がいないと正直に言ったら、


変人奇人扱いをされた小学校時代の苦い経験のせいで


本音を言えなくなっていたのであった。


 さっきからハラハラドキドキしながらこのやりとりに


聞き耳を立てていた大河は、この条件がすべて自分に


当てはまっていたのですっかり舞い上がってしまった。


(まさにおれのことだ!よし!全力でアタックしよう!


 夏休み前には絶対告白するぞ!)


と、おめでたい男は決意したのだった。

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