第9話大バカ男登場

大河道丈クンはガバと万年床から飛び起きた。


「ヤッベ、昨日つい夜更かししてエロビデオ見てたもんだから!」


まだ頭がはっきりしないまま、あわただしく着替えをして


髪をなでつけ、トーストをほとんどかまずに飲み込んだ。


それから鏡の前で制服のネクタイを結んだ。


髪をなでつけ、きりっとした顔を作ってみせると、


「よし、ばっちり決まった!」と思った。


そして、バタバタと玄関を出て行った。

 

全速力でダッシュしたが、バスは既に停留所に止まっていて、


たくさんのお客を飲み込んでいた。


「ひいひい。息がきれそうだ。タバコの吸いすぎかな。

 

 バス停までまだあと10メートルもある。苦しい」

 

今や最後の客がバスに乗り込もうとしていた。


「待ってくれ」とつぶやいたが、もう手遅れで、


目と鼻の先で扉が閉められ、発車してみるみるうちに遠ざかっていった。


「チックショ、朝からついてねえなあ。」


と心の中で毒づいていた。

 

 傍らを今風の勝気そうな女子高生の二人連れ


がくすくす笑いながら通り過ぎて行った。


続いて幼稚園の制服を着た子供を連れた


OL風のきれいなお母さんがチラチラ見ながら通っていく。

 

 大河はなんだか居心地が悪くなった。


「俺、なんか変かな・・・」


と、思って下を見てギョッとした。


上は制服のブレザーを着ていたが、下はパジャマのズボンのまま、


しかも足にはトイレのスリッパを履いて出てきたのだ。


「ああ、よかった。あのバスに乗らなくて。

 

 乗ったら、大変なことになってた。」


と、さっきまで運の悪さを嘆いていた大河クンは


ほっとした顔で着替えるために家に戻っていった。

 

 一方、教室では、大河クンの席に座って、小宮と中山という、


二人の女子が大河の噂をしていた。二人は小学校のころから親友同士で


同じ私立に行こうと勉強に励んで受かったはいいが、


入学後は別々のクラスになっていたのだ。


「ねえ、みークンって、こないだまで、遅刻の常習犯だったのに、

 

 最近早く来るようになったね。一体どうしたんだろ?」


と、中山が器用にメールを打ちながら言った。


 ちなみに、みークンとは、大河道丈の幼稚園時代からのあだ名である。


道丈という名前がもとになったという説もあれば、


女子に対して猫のようにごろにゃんと擦り寄っていくからだという


見方をする者もいた。


「なんか妙にウキウキしているような気がするけど・・・」


すると小山はカラカラと笑った。


「ふふふ、本人に聞いたわけじゃないけどね。

 

 D組に茶色い髪でお目目がぱっちりした

 

 お人形さんみたいにとってもかわいい子がいるじゃん。その子が・・・」


「え?うちのクラスにそんなかわいい子なんていたっけ?」


と中山は遮った。


「何、知らないの?山野しずくって子だよ。」と小宮は言った。


「えっ!あの山野って、いつも一人でいる子か!

 

 暗くてあんましゃべんないし、考えてるのかわからなくって苦手だなあ」


と中山は思わず本音を言ってしまった。


「ひどいなあ。大人しくてやさしそうな子じゃん。あの髪の毛、

 

 なんてふしぎな色なんだろ。茶色く見えたり光の加減で金髪に見えたり。

 

 ああ、一日でいいからあんな風になりたい!」


「で、どいつがどうかしたの?」


と中山はいささかうんざりしていった。


中山はおもしろくなかった。


いつだって、他の女がほめられるのはがまんならない。


よりによって虫の好かない女が親友にほめられるのを聞かされるなんて。


「その山野さんと同じバスに乗るために

 

 みークンが早起きするようになったんだよ。

 

 前は毎日お昼近くに来てたのに。よっぽどメロメロなんだね、あははは」


「そんなの、単なる偶然かもしれないじゃん!」と中山は叫んだ。


「あれ?なに、ムキになってんの。あんた、みークンに二回も告白して

 

 撃沈したんだからもうあきらめなよ。」と小宮はあきれぎみだ。

 

 小宮が帰った後、中山の頭の中はパンク寸前だった。


「明日三回目の告白をしようと思ってたのに。

 

 でももしかしたら勘違いかもしれないし、まだわかんないよなあ。」


憂さ晴らしに消しゴムをシャープペンシルで突き刺してズタズタに

しているところに、大河が近づいてきた。


(もちろん今度はきちんとした格好だ)


「よお、折り入って頼みがあるんだけど。」


「何よ。」と中山。


「あの・・・」となぜか大河クンはもじもじしている。


「じれったいね。早く言いなさいよ」と気短な中山はイライラした。


するとえへんと咳払いして大河クンは勇気をふりしぼって言った。


「山野の好みのタイプ聞き出しといてくれないかな?

 

 お礼にジュースおごるからさ」


「何!あんたあの子のこと、好きなの!?」


と、中山が言うと、大河の顔は真っ赤になった。


中山はがくぜんとした。


「なにそれ?信じたくなかったのに。

 

 最悪の組み合わせジャン!いつもへらへらしておちゃらけたみークンと

 

 あのいるかいないかわからない、影の薄いくらい女が!


 ど、どう考えても合わない!なんとしても阻止しなければ!」


と思ったが、大河は真剣な顔つきで、


「頼んだよ。おれ、今回は本気なんだ」


というと、去っていった。


「な、なんであんな女が・・・。わたしは幼馴染だし、


 誰よりもよくみークンのことをわかってるのに、


 なんで振り向いてくれないのかしら。


 でもお願い聞いてあげないと嫌われちゃうかなあ・・」


と、おじさんみたいにごついが中身は乙女な不幸な女である


中山は悶々と悩んでいたのであった。

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