The Lonely gray Wolf ④
・Vier
ミリオポリス南東=第二十六区南部を流れるドナウ川沿い/複数の円柱が寄り添うように建つ建造物=巨大なショッピングモール――ちょうど一年前に完成。
主に観光客向け=カジノ/ホテル/ギフトショップ等を併設した大型商業施設。
その各フロア――異国情緒豊か/どころか〝第二十六区特有の奇怪な街並みをそのまま再現しました〟的に立ち並ぶテナント/さながら世界各国をワンフロアに押し込んでみましたと言わんばかり。
一階――叢雲=左手にアイスココア入り紙コップ+右手に携帯端末/店を回りつつ、三人に何を買おうか目ぼしいものをリストアップ中。
歩いてエスカレーターへ/ステップに足を乗せ、そのまま揺られて上階へ/目的のフロアに到達――階下でちょっとした歓声。
見やる叢雲――吹き抜けになった中央スペース=ガラス張りの天井から陽光が降り注ぐ広場を眺める。
ポツポツとテーブル+椅子/中央に青々と茂った造木――その周囲に〝作業中〟を示す看板+作業服姿の男達――胸に企業のロゴマーク+キャップ=おそらく木のメンテナンス業者のエンジニア。
広場の一角にキャンペーン情報やらサッカーの試合やらニュースやらを垂れ流す巨大モニター/その足下にちょっとした人だかり。
映像=装甲車の上で手を振り愛らしい笑顔を振りまく三人の少女達=MPBが保有する特甲児童部隊〈
天使よりも
お気に入りのアイドルを見つけたような騒ぎの人の群れ――〝アイツらもウチと同じように両手足が機械の継ぎ接ぎなんですよ〟と言ったら、彼らはどんな反応をするだろうか/嘆息=そんなことを考える自分に対して。
心の奥がチクチク痛む/どことなく落ち着かない気分/ここに来る前のことと言い、何と自傷的な一日だろう――早いとこ目的を済ませてしまおうと足を動かす。
道行く観光客達の視線――叢雲の左頬/前髪を左へ多めに掻き分ける/少し俯いて早足――意識の埒外へと追いやろうとする――いつもなら全く気にしないのに=精神的に参ってきている証。
ふと、何か柔らかい物に激突/衝撃/よろめき/勢い余って尻餅。
「わぶ」
打ち付けた臀部を擦る/「す、すいません」言いながら視線を上げた。
叢雲を見下ろしてくる女性――
「おい、大丈夫か?」対照的に気遣わしげな声音。
「は、はい」
差し伸べられた手をつい手に取る/立ち上がる――機械義肢を装着している分、叢雲の体重は見た目より幾らか重い/大抵の場合、機械義肢持ちと判るとそれだけで嫌な顔をされがち/よくあることと割り切っても、どうしても気になりがち。
女性=何となく察した様子/何も言わず/気を悪くした風もなく。
「ま、ちゃんと周り見て歩けよ」
それだけ言って颯爽と歩き去る/叢雲=ビックリ/何となく新鮮な気分=嫌そうな顔も言葉も特になかったから。
〝キレイでカッコいい
心の奥に
―――
男にとって、この街は蒙昧そのものだった。
自分達の足下に捨てられた真実を知ろうとしない愚か者共の集まり。
何も知ろうとせず、徒にあらゆる物を浪費していく肉塊が蠢く牢獄。
――ならば、誰かが真実を明らかにせねばならない。
そして、知らしめるのだ。怠惰であろうとする者に。怠惰ならしめんとする者に。この街に住まう全ての人間共に。
都市が生み出した歪み――それに巻き込まれた者達の報復は、未だ終わっていないのだから。
―――
叢雲=目当てのモノを購入/帰寮のためエスカレーターで一階へ向かう途中、ふと陽光が橙色になっていることに気付いた/すでに夕暮れ時――少し急ごうと足を速めたところへ下階から歓声――視線を下へ/視界に入った物に「――わぁ」と軽く声を漏らした。
一階広場の中央――造木=暗色に染まりつつある空間で仄かな光を放ちながら浮かんでいた。
一枚ずつが蓄光機能持ちの葉+空気清浄機能付きの幹=夕刻になると広場の照明代わりに。
国立公園であるローバオの森の土地がモール側に一部譲渡されたことへの反対デモ/運営会社による周囲への植林+蓄光・空気清浄機能付きの造木を用いた〝環境に配慮してます〟アピール。
市民団体とショッピングモール間の
そうした人だかりの中に見覚えのある影――さっき衝突した女性=キョロキョロ/ウロウロ。
視線を移す/広場周縁に作業服姿の男達――まだメンテナンス中のよう/〝――いや、違う〟――注視。
エンジニア達は、どうしてウロウロしているのだろう/何かを探しているのだろうか。
女性の方も、どうして辺りを見回しているのだろう/誰かを探しているのだろうか。
そこはかとない違和感/やがて――女性/男達の動きが同時にピタッと止まった。
女性――人だかりを掻き分けて広場の外へ/小柄な金髪の女性も一緒――たぶん連れ合い。
男達――人だかりを掻き分けて広場の内部へ/何人かは懐や持ったカバンに手を突っ込んでいる。
うなじの毛が逆立つような感覚――〝何かよくわかんないけどヤバい〟=どこか遠くから訪れる直感めいた悪寒に急き立てられる/足早にエスカレーターを下りる。
その予感を裏付けるように響く破裂音=銃声。
一瞬の空白――世界から全ての音が消えたようになる/そして/直後/その空白を埋め尽くすように
沸き起こる混乱――恐怖が伝染したように、広場から/テナントから我先にと逃げ惑う人々/あっという間に恐怖のるつぼと化したショッピングモール。
その波に押し流されそうになりながら、叢雲の瞳に確かに映ったもの=自分を助け起こした女性が、爬虫類じみた顔の男にショットガンで左手足を吹き飛ばされた。
「――っ、テメエらーーーーーーーーーー!!」
怒声――落下防止柵から飛び降りる/数メートルの自由落下先=作業服の男達×三の頭上。
爆撃のように振り下ろされる叢雲の両拳――機械仕掛けの腕力をフルに発揮/真ん中の男の頭蓋=壁に投げられて潰れたトマトみたく血と脳漿を撒き散らす。
驚いたように振り返る男達――銃を構える間を与えず、右側の男へ肉薄/素早く足を払う――宙に浮いた胴体に、全身全霊の力と怒りを込めて機械の脚を鞭のように叩きつける/三人目の方向へ向けて蹴り飛ばす。
テーブルと椅子とくんずほぐれつしながら派手な音を立てて吹き飛ぶ男達――口から血の泡を吹きながら沈黙。
何事かと振り向いてその有様を見た他の武装犯=ギョッとしたように動きを止めた。
叢雲=ぐるりと目線を動かす/きつく結んだ口端から獰猛な唸りが漏れる/怒りで白熱する視界と思考で、映る限りの男達の居場所と数を大まかに把握する。
数拍の間――武装した男達の数人が、マグナムや機関銃を叢雲に向けた。
転送要請=マスターサーバーへ向けた声なき声の無線通信/すぐに届いた返答=全て許可。
最も近い男に突撃/顔の前に構えた両腕が機銃弾で拉げる/マグナム弾で抉られる――全く構わず/その勢いのまま跳躍して腕を振りかぶった。
『転送を開封!』
雷鳴のような音を上げて粒子状に分解/特殊強化義肢に再構築される叢雲の四肢。
その終了を待たず、容赦なく突き出された左腕/両断されず――吹き飛ばされる男/そして/視界に入った己の左腕に仰天。
「――え?」
愕然=本来ならば灰色の籠手に覆われているはずの左腕――それが今は特殊硬性金属で形成された骨格のみになっていた。
ふと視線を落とす/両手足――各関節部分以外は骨格が剥き出し。
生身を保護するための頑強かつ柔軟な金属繊維で編まれた積層防護衣=何故だかいつもより薄手。
完全に転送されたのは〝飾り耳〟と腰部のバランサーユニットのみ/それ以外は全くもって転送されず/再転送の要請も出来ず――まるで人体模型になったような気分。
あまりの出来事に思考が停止/叢雲の動きが一瞬止まった間隙を縫うように、視界の端で光る別の光=エメラルド色――転送兵器。
衝撃/驚愕/動揺と共にそちらを振り返った叢雲に、特大級の鋼鉄の拳が切迫――咄嗟に両腕を掲げてガード/堪えきれずに吹き飛ばされた。
最初に男達を蹴り飛ばした場所へ落下/グワングワン揺れる視界と思考――ぼやける世界の中=大きなモノに乗り込む男の姿。
そこで己の腕が完全に拉げた事と、自分を殴り飛ばしたモノが、どこかから転送されたアメリカ生まれの鋼鉄製黒ヤギであることを理解した。
―――
「第二十六区のショッピングモールで大規模な電波障害が発生!」「道路の監視カメラ映像から、逃げ出したと思われる大勢の市民を確認しました!」
内部で飛び交い始めた解析官の報告――それに耳を傾けマイクを握るリロイ。
「連中が動き始めたな!
そこへ割り込んでくる通信――BVT捜査官=苦虫を噛み潰したような声。
『アウグスト副長、緊急事態だ』
「どうした」
『第二十六区のショッピングモールが先日の強盗グループの襲撃を受けた』
「そこなら俺達のいる場所からはそう遠くないな」
リロイ=淡々/捜査官=渋々。
『……こちらは出動準備中だが、逃げ出した市民の情報では怪我人もいるらしい。一刻の猶予も許されん、そちらに急行してもらいたい』
「了解した、これから現場へ向かう」
『……では頼んだぞ、
憎々しげな捨て台詞――通信を切る捜査官/呆れたように鼻を鳴らすリロイ――椅子を回し情報を映し出すモニターに向き直る/と、その一つに慌てた様子のエヴリンが映り込む。
『アウグスト、ちょっと良いかしら』
「何があった?」
『電波妨害の直前に、叢雲からの特甲転送要請があったわ』
マイクを握り締めるリロイ/鋭く眇められる淡褐色の瞳。
「……叢雲が例のショッピングモールにいると?」
『通信が通らないから、可能性は高いわね。それと、転送が途中で中断されたみたい。エラーが出てるの』
「何だと? どういうことだ」
『分からない。本来、転送要請後は、情報受容体であるメリアー体が〈転送塔〉からの情報を受け取ったら、使用者が任意のタイミングで四肢を特甲に置換可能なんだけど』顎に手を当て考え込むエヴリン。『……マスターサーバーから叢雲に送られるはずの情報が、何らかの理由で中断されたとしか言えないわ』
「今、それを調べる余裕は無い」応じるリロイ――さらに険しくなる顔つき。「ログの解析は後回しだ。そっちは電波妨害の出処の解析を頼む。聞いていたな、藍雲、黄雲!
ローバオの森――ドナウ川沿いを駆ける・跳ぶ二つの影=藍色と黄色――海風と若葉/二人ともすでに特甲を転送済み/出撃命令が下ると同時に返答もそこそこに猛ダッシュを開始した。
「それにしても叢雲ってば本当に間が良いというか悪いというか」
『どう考えても良くないでしょうが』
無線通信=海風の声――憮然/苦笑する若葉――風を切る音に掻き消されそうな声を顎骨の通信機が拾い上げる。
「でも、あの子の戦闘能力考えるとアタシ達が着く頃にはほとんど終わってるかもしれないじゃん?」
『転送が中断されたって、センセーが言ってたでしょ。いくら何でも無茶でしょう』
「まー、そうだけどさ。こういう時は、ポジティブに考えた方が気が楽っしょ」
『そうかもしれないけど――』
海風=憮然とした表情のまま抗議の声を上げようとする。『〈オルトロス〉より藍雲及び黄雲へ』中断――無線通信=川沿いを走る指揮車両から。『電波妨害の発信源を特定した。突入はコイツを破壊してからだ』
二人の脳内チップに直接送り込まれる予測位置=ショッピングモールの地下のどこか/妨害が激しいために詳細までは絞り込めず。
若葉=渋い表情/ミリオポリスの地下道は全長が数千キロに及ぶことで有名――その一部分だけでも、辿り着くのに一苦労するのは必至。
『私が行きます。私の特甲なら、すぐに見つけられるはずです』
海風の応え=決然とした声音/振り返る若葉――アイコンタクト/頷きあう。
海風=地下道へ/若葉=ショッピングモールへ――指令を待たずに別れた。
三色に染められた髪の毛――特甲に置き換えられた三色のリストバンド/そこに込めた祈りが、ここにいない三人目を守ると信じて。
―――
「お集まりの皆様方! どうか、そのまま大人しくして頂きたい!」
第二十六区のショッピングモール――各所に据えられたスピーカーから響く朗々たる男の声――武装犯のリーダー格=一階広場の造木の根元で、マイクに口を当てている。
「我々の目的は、この都市を蝕む病魔を焼き払うことにある! だが、そのためには資金を入手する必要がある! それまでは無害な人間の命を奪うような真似は決してしない!」
切に訴える声――殺気を放つ眼光/一階へと集められた、モールから逃げ出し損ねた客と店員達/逃げ出そうと試みるもの=皆無――試したところで、手に手に銃を構えた男達を相手に出来ること等ほとんど無く/故に、皆押し黙ったまま武装犯の言い分を聞いていた。
「目的を達した暁には、全員をこの場所から解放すると神に誓おう!」
〝そんなロクでもなさそうな神様に誓わなくて良いです〟=人質達の無言の訴え――言葉にするものは無し/言ってしまえば、まず間違いなく自分が神と対面することになるから。
「今一度言っておく! 我々の側からは、決して諸君に危害を加えない! そのことを、どうか! 承知しておいて頂きたい!」
滔々と流れる言葉/人質にされた人々――誰一人として信じず/さりとて抗うことも出来ず。
諦念と恐怖を目に浮かべて、ただ震えながら〝何事もなく終わりますように〟と祈っていた。
ミスった――叢雲の胸中に去来する呟き/本日二度目。
喉へ逆流する生温い鼻血を
直後――盛大な
視界に入るもの=せせら笑う武装犯達+角型探査装置付きの頭部を巡らすアームスーツ/まるで古代の闘技場でライオンと戦わされる奴隷にでもなったよう――ただし向こうの方がライオンなんかよりずっと凶悪。
背後には何の武器も防護手段も持たない一般市民――避けたら巻き込まれるのは確実――撃たせる訳にはいかない/的を絞らせないため反射的に跳躍・疾駆・肉薄/接近することで機関砲を使えないようにする。
しばらく前に砕かれた床に足が引っ掛かる――フレームが歪み、均衡を保ち辛い身体がつんのめる/そこを狙ってアームスーツのキックが飛んできた。
腰部のバランサーユニットが機能を発揮――辛うじて体勢を立て直し/床を転がりながら、人間ミンチになる運命を避けた。
その最中に何度も本部へ通信・特甲の再転送を要請――ノイズ以外の応答無し/推測=通信機が不調か、何らかの手段で電波妨害されている。
通信機の不調はありえない――妨害の可能性大/ならば装置を破壊する以外にない/だが探す余裕も思い当たりもなく――結論=どうしようもない。
「……クソっ」
無意識に零れる言葉/日の光は橙色のまま――たぶんそんなに時間は経ってない/でもどれくらい経っただろうか。
何度も拳や脚でミンチになりかける――距離を取る――機関砲を構えられる――撃たせないために距離を詰める――冒頭に戻る/繰り返し=終わりの見えないイタチごっこ。
疑問=どうして殺さないのか/その気になれば今すぐに殺せるはずなのに。
その答え=周りの視線――諦念と怯えの色濃い人質達の瞳。
要するに見せしめなのだ――〝歯向かうとこうなるぞ〟という警告/あるいは〝仲間を殺した報復〟のため/顔を上げる。
肩口に〝R.A.〟と刻まれたアームスーツ――こちらに対抗手段が無いのをいいことにわざと開け放たれた胸部装甲/そこから
その傍らにショットガン――黒髪の女性の手足を吹き飛ばしたモノ。
「まだ諦めないのか、国家の犬め。いい加減、楽になったらどうだ」
現在の状況=まごうことなき孤軍奮闘――とは言え/〝どこかにこの異常は伝わっているはず=応援はそのうち来る〟/加えて願ってもない仕返しのチャンス――向こうから来てくれた/逃すわけにはいかない。
深呼吸/
瞠目――生身と機械義肢を繋ぐ接触部が露わになる/何をされたのか理解できず――動揺=数瞬だけ棒立ちになる。
その隙を逃さず、どてっぱらに叩きこまれる鋼鉄製の獣脚/自分がしたように蹴り飛ばされ、カフェテリアの椅子やらテーブルやらを巻き込みながら広場の周縁に立つ柱に後頭部を強かに打ち付けた。
〝飾り耳〟=最初に殴られた際に半壊――衝撃を殺し切れず/呻き/立ち上がろうとする――よろける/横倒れになる/銀色に光る液体の上に倒れた。
見覚えのある液体――記憶を辿る/若葉の特甲――流体金属。
〝何でこんなところにあるんだろう〟と疑問――とりあえず無視/上半身の力だけで何とか身を起こそうとする――叶わず/顔を上げる――同時に目の前に突き出されるモノ=機関砲の口/ぽっかりと空いた暗闇/地獄の入口に誘うように。
いくら〝飾り耳〟があっても、半壊した状態では至近距離の機関砲を防ぐことなどできない――どうにか体を起こす/胸部装甲を閉じたアームスーツに視線を向ける。
想起――五年前、四肢を奪われた身体に/心に深く刻み込まれたトラウマ=父親に棄てられた時の記憶。
機械化手術を受け、子供工場に保護された後――しばらくして父親がやって来た。
機械化された子供を親が再び引き取りに来る/子供工場では、ほとんど都市伝説と化した光景――〝自分にもそれが起きた〟と無邪気に信じて――あっさりと裏切られた。
叢雲=待合室でオーク材の椅子に座り、父親を待っていた。
現れた父親=テーブルに着くなり職員に書類を手渡して、そのまま席を立った。
戸惑う職員/立ち去ろうとする父親――こっそりと盗み見た父親が職員に渡した書類の表題=〈親権放棄の同意書〉。
まだ手足の操縦が覚束ない叢雲/よろめきながら後を追った/倒れた。
訳が分からず――ただ、父親とはもう会えなくなるかもしれないということだけは分かった/分かってしまった。
(置いてかないで)投げかける涙声――去りゆく父親の背中に向けて。(独りにしないで)
床に這いつくばりながら、届かないと分かっていても手を伸ばした――その時に、機械の腕が初めて掌を開かせた。
足を止めて振り返る父親=叢雲を一瞥――何か諦めたような表情/向き直ると。そのまま歩き去ってしまった。
それからも叢雲は父親を待ち続けた/あれは何かの間違いだと考えた――けれど/それっきり父親は二度と現れなかった。
頭を振る――思い出してしまったことを振り払おうとする。
心の奥底からの声=〝諦めちゃえよ。その方が楽だろう?〟/〝どうせ誰も助けちゃくれないんだから〟
〝イヤだ! 諦めてたまるもんか!〟と声に出しそうになる/抗おうにも足だけではどうにも出来ず、援助を求めて辺りを見る/返ってくるもの=人質達の諦念に満ちた視線。
吶喊を援護してくれる仲間も、敵の攻撃から防護してくれる仲間も、特甲を転送して通信を繋いでくれる仲間もいない=正真正銘の独りぼっち。
心が虚無へと浸りそうになる/無線を求める――左腕を見る――髪を触ろうとする/どれも叶わず。
〝ほら、言った通りだろう〟――声=心の奥底――緑の瞳をした悪魔的存在/その口元に虚無的な笑みを浮かべて/〝父親の時だって最後はそうしたじゃないか〟
あぁ、そう言えばそうだった――待ち続けて/待ち続けようとして、そして最後には諦めた。
なら別に良いじゃないか、今回も諦めたって/別に誰も責めやしないさ/だって――こんなにも頑張ったじゃないか。
観念したように俯く/笑みが薄く浮かぶ/嘆息する/瞼を閉じた――やがて訪れる運命を受け入れるように。
ガチリ=機関砲のレバーが引かれる/薬室に弾が送り込まれる。
そして――
「諦めるな!
広場全体に、声が響き渡った。
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