The Lonely gray Wolf ③


 ・Drei


 ミリオポリス第二十二区ドナウシュタット――そのど真ん中に突き刺さる地上二十五階+地下六階建てのモダンなビルディング=BVT第二ビル。

ミリオポリス憲兵大隊M P B〉及び〈ミリオポリス公安高機動隊M S S〉がBVTから独立したことによる治安組織の再編+七年前の連続テロ事件の被害に遭った街区の再開発の煽りを受けて建てられた高層ビル――主にBVT機甲部隊+特殊憲兵部隊が本拠地として使用。

 その十九階――医療用フロア/清潔感に溢れる白い室内。

「ねぇ、センセー。まだ終わんないの?」

 うんざりしたような抗議の声――叢雲=ミント色の患者服/検査のために外されていた四肢を数日振りに装着――部屋に誂えられたMRI装置に横臥。

「赤ん坊じゃないんだから、もうちょっと我慢なさい」

 ピシャリと言い付ける声――妙齢の女性。

 シニョンがのった金髪/柔らかなライラック色の瞳/長身――MSK制服の上から羽織った膝丈まである白衣。

 豊かな胸元にIDカード/氏名:エヴリン・明石あかし・ハウアー/役職:MSK補佐官兼医務官。

「別にここまでやらなくっても……」

「万が一脳に後遺症があったら、手足を取り換えるみたいにいかないのよ」

 言い聞かせるというより命令するような声音のエヴリン――こうなったら梃子でも動かないことを知っている叢雲/「はーい」と応じる。

「センセー。ウチの退院日、本当に今日だよね?」

「精密検査の結果次第ね。異常がありそうだったら、明日以降よ」

「何でよ、重症じゃないんでしょ? そんな遅いと、あの黒ヤギに仕返しリターンマッチ出来ないじゃん」

「脳内チップの型式が、アナタ達の小隊は少し違うの」応じるエヴリン――コンソールを弄りながら。「だから、どういう影響があるか念入りにチェックしないといけないから、検査に時間が掛かるのよ」

 叢雲=〝だから誰とも無線通信出来なかった訳ね〟と納得――結局、数日前の以来、〈靐〉小隊の他の二人――海風と若葉とも会えず――会いに来ず/香取とも連絡を取れず/――心の奥底からチクリと痛みが突き刺してくる――無視スルー

「それに例の事件、MSKは捜査から外されてBVT預かりになったわ」

「外された? 何で?」叢雲――〝訳が分からないキョトン〟=眼前で消失マジックを見た狼の表情/ただし消えたのは人間でも物でもなく。「普通なら、こっちのモノになるはずでしょ」

「まぁ、ってヤツでしょうね」

 エヴリン=軽く舌打ち/本人も気に入らなさそう/柔らかなライラック色の瞳に走る鋭い眼光。

「こういうのはね、どうにか折り合いをつけるのが一番手っ取り早いのよ」

 そうした経験がありますと言いたげな声音――どこか遠い所を見るような目付き――元空挺部隊付き衛生兵パラメディック=たぶん何処かの戦場ほんとうのじごくを思い出している。

 エヴリンがコンソールを弄る手を止める/少し間を空けて、MRI検査機が叢雲を飲み込んでいく――柔らかい照明に照らされた空洞が視界を埋める/検査機の発する機械音以外、音が聞こえなくなる=思考に埋没。

 ――エヴリンの言葉/何で・どうして・〝大人の事情〟って何だよ/納得出来ない/理不尽だ。

 事件を追いかけたい――と言うより/あの黒ヤギを叩きのめしたい=

 そう考えたところで〝しょうがない〟と声=心の奥底。

 上は追わないと決めた――受け入れろ/諦めるしかない=何もかも壊れかけの街ミリオポリスで生きるならそれもまたありだろう――

 相反する二つの考え/絡み合う――大きく息を吐く――こんがらがりそうになる思考を、人工心肺が体内で響かせる音に耳を傾け一旦リセット。

 そのまま数分経過――やがて白く衛生的な空間へと帰還した。

「はい、これで検査終了。問題は……無し。お疲れ様、これで晴れて退院よ」

「本当に? もう大丈夫?」

「大丈夫。特甲の方も改修済みだから、後で確認して頂戴。何かあったら、いつでも医務室に来てね」

「はーい」

 適当に返事――床に跳ね下りる/身体のバランス感覚を確認してスリッパを履く/通路へ――すたすた/ぱたぱた――十六階のBVT女子寮へ。

 エレベーターホール脇の電子パネルで隊員の勤務状況をチェック/海風+若葉=ともにパトロール任務中――叢雲は終日準待機。

 少しばかりの疎外感を振り切り私室へ――クローゼットを開ける/適当に私服を取り出す/ふと顔を上げた――扉内側の姿見に映るもの=左頬から首筋にかけて黄褐色の自分の肌=白い肌との

 継ぎ接ぎ野郎フランケンシュタイン――児童福祉局=通称〝子供工場キンダーヴェルク〟に保護されていた時の叢雲のあだ名――言われる度に言った奴に反撃した――大人達は何もしてくれなかった/でもは守ってくれた。

 寂莫がチクリと心を刺す――強引に蓋をする。

 両掌でパンと頬を叩く/適当に取り出したパンツルックの私服に着替え/いつも着ているミリタリージャケットを羽織るか思案――〝仕事じゃないし着なくて良いか〟/部屋を出た。

 エレベーターで小洒落たオフィスビル的開放感に満ちた一階エントランスへ=外出届は部屋を出た際に携帯端末で送信済み/エレベーター搭乗中に許諾。

 大理石が敷き詰められたフロアを抜け、空港の税関もかくやと言わんばかりのX線・金属・火薬その他諸々エトセトラの検査機を通過――陽光の降り注ぐ外界=数日前と違い爽やかな陽気。

「いー天気だなぁ……」

 しみじみと呟き、バス停留所へ/やがて来たバスに乗り第二十五区へ。

 その東端で降車――少しをしながら剣道場へ/目的=子供工場に保護される前後にお世話になった道場の師範へ、数週間ぶりに挨拶に。

 市街地の外れ――新しい家屋を改築した建物/看板=ドイツ語・日本語・英語等で書かれた文字【カガミ・ドージョー】/柔道や空手に加えて、市内で唯一を扱える日系スポーツ施設。

 玄関を抜けて道場へ。「失礼します」小声――稽古の邪魔にならぬように。

 師範の一人――各務達彦カ ガ ミ タ ツ ヒ コ=大柄/白髪/柔和な笑みの老木を思わせる好々爺に挨拶/顔見知りの門下生とも言葉を交わす。

 同年代の門下生と互いの近況を話し合う/学校・仕事・恋人や家族=叢雲にはついていけない話題の数々――守秘義務があるためそれとなく話を合わせる。

 しばらく談笑してから挨拶――退出/途中すれ違った見慣れない男に会釈して、玄関を抜けて通りへ。

 歩きながら思案=〝どうやって謝ろうかな〟――ここ数日の懸案事項/思案しつつ右へ左へ。

 結論=〝謝罪ついでに何か買っていこう〟/目的地=第二十六区に最近出来たショッピングモールに決定。

 足早にバス停へと向かった。


 ―――


『こちらBVT捜査部だ。アウグスト副長、応答せよ』

 叢雲がバスに乗った少し後――ミリオポリス第十一区ジンメリング南部――ドナウ川とドナウ運河の合流ポイント/その脇で駐車する黒塗りの装甲車×二=MSKの指揮解析車両+通信転送補助車両。

 指揮解析車両に響く声――BVT捜査官。

「アウグストだ。何か用か」

『市民から怪しげな黒塗りの装甲車が、第十一区にいると通報があってな。車両の特徴が合致したので、そちらがどこにいるか確認しようと――』

「十一区と言ったな?」

『そうだ。場所はドナウ川とドナウ運河の合流ポイント付近』

「そうか。なら、安心してくれ。それはウチの車両だ」

 事もなげに応じるリロイ/しばらく間を空けるBVT捜査官。

『念のため確認するが、そちらはパトロール中だったな?』

「そうだが、それがどうかしたか?」

『二つ質問がある。一つ、パトロール中なのに何故そこに留まっている? 二つ、どうして? 通常の警邏活動ならば、〈迅雷〉中隊の装甲パトカーで十分なはずだが』

「ここに止まってるのは、トラブルだ。整備が不十分だったんだろ。今、ウチのエンジニアが直している。車両部隊の派遣はいらん、すぐにこっちだけで片が付く」

『……分かった。二点目については?』

「先日の事件で負傷離脱者がいる影響で、ウチは今。どんな脅威に遭遇するか分からん以上、?」

 何食わぬ顔のリロイ――数日前の会議で、隊長が/捜査官が言った言葉を繰り返す――どことなく揶揄するような調子。

 とマイクを握り締める音――BVT捜査官。

『わざわざ強力な特甲児童を引き連れてだと? それはもはやパトロールではなく、何の罪も犯していない一般市民に対する恫喝だ!』ヒートアップする声/大噴火一歩手前どころかマグマが漏れ出してますと言わんばかりの勢い――そのままマイクを引っこ抜きそう。『お前は、独立州軍化した社会党の犬どもM P Bや独走を許された国民党の手先M S Sに追随するというのか!!』

「そうカッカするな。それに転送支援車両を使うことについては、上からの承認を貰っている」

 手元にラップトップを引き寄せるリロイ――表示した書類をBVT捜査官に送付。

『……確かに上層部の承認付きだな。しかも……本部長からのお墨付きだと? 一体どういう手品を使った?』

「タネ明かしをするわけないだろう。とにかく、これで問題は無いな?」

『……あぁ、書類上は問題無い。だが何かやらかしてみろ、アウグスト。その時はお前のクビだけでは済まさんぞ』

 殴るような音と共に通信が終了――おそらくマイクを叩き付けた。

「アイツもBVTも、相変わらずの石頭だ。変わらな過ぎて安心感すら覚えるな」

 呆れたような呟き/それに呼応するように、モニターの一つが明かりを点けた。

『そうね。そして、そういう組織だからこそ私達のような存在が必要になる。でしょう?』

 モニターの向こう――扇状に広がる室内/居並ぶ情報解析官/――その奥に座る女性=エヴリン/モニターの反射を受けて爛々とする眼光――狩りの合図を待つ女豹の風情。

『こっちの準備は完了したわ。マスターサーバー〈磊〉と枝機関、そしての同期もオーケー。後は、そっちの指示次第ね』

 部屋の中央に据えられたマスターサーバーの枝機関――その横に設置された逆さにした半透明の椀上の物体/その中で眠る鹿=その手足・全身――ゆらゆら揺らめく乳白色のが覆う/羽毛に包まれる赤子のよう。

 頷くリロイ――キッと鋭くなる眼光/獲物を狙う猛禽の視線。

「情報通りなら、今日中に連中が動きを見せるはずだ。いいか、どんな兆候も見逃すな」


―――


 ――叢雲=険しい顔つきで窓の向こうに流れる通りを眺める。

 再びバスに乗った直後――通常とは異なるルートを進行/脳内チップでネットニュースにアクセス=どうやら急に行われることになった工事の影響――再開発の遅れが原因/結果=二十五区と二十六区に跨る地域を通ることに。

 終点へ向かうには確かにココを通るのが最短――〝まぁ来ちゃったもんはしょうがない〟と開き直ろうとする叢雲――開き直り切れず/気の進まぬままバスが行くに任せた。

 窓の外=視界の端から端へと流れていく真新しいアパート/ボロボロのアパート/様々な色の肌=白・黒・黄色/雑多な人種=中華・スラヴ・日本・アフリカ・アラブ・トルコ・その他諸々。

 一帯の通称〝〟=その名の通りの民族がしっちゃかめっちゃかに住まう地域――かつては〝一触即発通り〟と呼ばれていた地域。

 五年前、叢雲はこの通りの一角で日本人の父親と暮らしていた/母親はいなかった/叢雲が物心つく前にはおらず――暮らしを苦にして出て行ったと父から聞いた。

 確かに、父と二人の暮らしは決して裕福ではなかった。

 親子で違う肌の色――父=黄褐色の肌/叢雲=を街の他の住人達から揶揄された。

 けれど幸福ではあった――幼い叢雲にとって、父こそが世界の全てだったから/貧しい生活も、苦しいとは欠片も思わなかった。

 父と娘。貧しくも穏やかな生活が続いていく――はずだった。


 ――今でも、四肢を奪われた時の記憶が鮮明に蘇る。

 二○一八年十二月十八日――いつものように、夜遅くに帰宅する父を待ち切れずに寝てしまった叢雲は、しばらくして、何かが破裂するような音で/誰かの上げた声で目を覚ました。

 寝ぼけ眼を擦りながら、通りに面した窓から見えた光景は、およそ彼女の理解を超えていた。

 銃・刃物・素手・鉄パイプ・石・注射針・ガラスその他諸々――ありとあらゆるもので人が人を撃ち殺し/斬り殺し/刺し殺し/くびり殺し/殴り殺し――誰も彼もが血に飢えたような/血に狂わされたような殺戮。

 あまりにも凄惨な光景――目を逸らすことが出来ず/思考停止/ふと玄関のドアを破壊しようとする荒々しい音/誰かの喚き声が耳朶を打った。

 我に返った叢雲=〝殺される〟――本能的に逃げ出した――アパートのベランダへ/柵を超えて外へ。

 あちこちで血の池に倒れ伏す老若男女/殺し合い/それら全てを無視して駆け出した。

 路上に転がる誰かの死体に/血だまりに何度も足を取られながら、走りながら、震える指で父からプレゼントされた携帯電話を操作=MPBへコール/――何度も掛けた/MPB――だって彼らは/そう信じた/諦めたくなかった――

 追いかけてくる人影/泣きながら/走りながら安全な場所を求めた――そして/やがて辿り着いた場所=蓋が開いたマンホール/地獄の入り口に誘うように。

 一瞬だけ躊躇――意を決した/心臓が破裂しそうだった/他に思いつかなかった――梯子を下って下水道へ降り立ち/それでも届く悲鳴に耳を塞ぎながら、当てどもなく歩き出そうとした――瞬間。

 暗闇から伸びてきた手に掴まれた/投げ飛ばされた――コンクリートの床に顔を思い切り叩きつけた/頭が破裂しそうな感覚――血と痛みにむせた。

 混乱/恐怖と共に視線を上げた。

 薄暗い常備灯の下に現れた人影――スキンヘッドの男達/獣の笑み=血の臭いに狂わされたような。

 何事か言葉を交わし合う男達――聞き取れず/その隙に這った――少しでも遠くへ/安全な場所へ――〝死にたくない〟/ただそれだけのために。

 男達の一人=を抱えて叢雲に近づく/後頭部を踏みつけた。

 銃口の先――

 銃声/叢雲の右腕=羽を手に入れたように、身体を置いて、血と肉を撒き散らしながら、宙を舞った=付け根から吹っ飛ばされた。

 くぐもった絶叫/慟哭/悲鳴――逃げようともがく/抜け出せず。

 たっぷり間を置いてから二発目/三発目/四発目――その度に響く叢雲の絶叫/男達の哄笑。

 四肢が千切れて動けない叢雲/けれどもとは思わず――芋虫のようにノロノロと這いながら逃げ出そうとする/蹴り上げられる/うつ伏せから仰向けへ/眼前=ショットガンの銃口が突きつけられる。

 引き金が絞られる――瞬間/

 全員が困惑/瞠目――奥の通路から迫る

 スキンヘッド達=慌てて遁走/間に合わず――悲鳴を上げることも出来ずに炎にまかれた。

 叢雲=一瞬早く転がる――炎に身体を焼かれながら汚水の中へ/重度の火傷を負いながら、辛うじて命を長らえた。

 その後のことはよく覚えていない――意識があったような/無いような。

 気づいた時には、ベッドに横たわっていた。

 後から知った事件の理由=様々な地域から来た移民が暮らす地域――その各民族の中枢を担う人物達が

 地元の警察はろくに捜査せず/殺人も止まらず――ミリオポリスではよくあること=何故なら、/それゆえ溜まる不満・鬱屈・憤懣。

 かくして限界まで張り詰めた火山が爆発するように、憎悪という名のマグマが一気に噴出し、誰が合図したわけでもなく、が始まった。

 元々治安の悪い地域――七年前、ミリオポリス知事が〝地下道を観光資源化する〟というブッ飛んだ政策を発表=その影響で再開発対象に。

 生まれ変わろうとする街路の足下――塗りつぶされようとする悲劇/〈血の火曜日〉事件=ワイドショー等でよく使われる通称。

 その後、叢雲は四肢・内臓に機械化手術を受けて子供工場に/手足のを評価されたことで、治安維持組織の訓練校へ/そして現在へ至る。


 回想――自分の傷口をなぞるように/この街の抱えるを直視するように。

 眼前――五年前まではありえなかった――惨劇の記憶を塗り潰したことで現れた光景=あちこちで飛び交う言語――日本語・中国語・スラヴ語・よく分からない言葉×たくさん=異民族同士が、なるべく生活をする地帯の日常。

 それでも/五年の年月が経っても、未だに再建・改築されていない建物多数/地下道多数/他地域に比べて顕著な再開発の遅れ――その理由=

 七年前の連続テロ事件/五年前の〈血の火曜日〉事件――それらを経ても尚変わらなかった/変われなかった街。

 人種差別/戦争犯罪に対する歴史教育をおざなりにし続けた歪みが、今目の前にある〝〟だった。

 その中で、ふと視界の端に入った広場/その中央に鎮座するもの=何人かの人間が手を取り合う彫像と犠牲者を追悼する慰霊碑――いつかの新聞で見た。

 題名・概要――やたら長く小難しい文章だった記憶/要約すると〝多民族の融和を彫像で表現してみました〟とのことだったはず/何ともお寒い言葉の数々。

〝クソッタレ〟=叢雲の感想/心の中で中指を突き立てたファックサイン

 どんな言いっ放しのクソったれデマゴーグがキレイな言葉を使っても/血と死体に塗れた地面をアスファルトで覆っても/壊れた建物を取り壊して新しいビルを造っても――

 叢雲=なるべく早く通り抜けるように祈る/願う――惨劇の記憶/過去の思い出から遠ざかりたくて――今すぐ手足を捥がれてしまいそうな気がして。


―――


「いー天気ね……」

「そーだねー……」

 ミリオポリス南部ローバオの森=市民が散歩やハイキングを楽しむ一般的な国立公園。

 その付近――遊覧船の停泊場/岸に植えられた桜の木の間にて佇む少女×二――海風+若葉=カジュアルな恰好で完全にボーっとした表情/ベランダで日向ぼっこする老婦人の如き佇まい。

 その理由=目の前で見事に獲物を掻っ攫われてしまい、底を尽きかけのやる気を奮い立たせて来る日も来る日もパトロールに邁進中、唐突に副長から『お前ら、ローバオの森パトロールしてろ』と、やたら広い森のパトロールを命じられ、完全にモチベーションを喪失した/以上。

「こんな陽気に犯罪したがる奴の気が知れないわねー……」

「ちゃんと命令に従う奴の気もしれないよねー……」

 自嘲するような笑みを浮かべる若葉/追随して頷く海風。

 ふと耳朶を打つ声――視線をやる二人/その先にあったもの=対岸でじゃれ合う少女達――たぶん自分達と同い年くらい。

 不意に海風の脳裏を横切る叢雲の顔――不機嫌そうな表情/精神的に参ったと言わんばかりの顔つき/数日前の言い合い以来、顔も見せていない相手/大切な妹分。

 視線を感じて目を横にやる/視界に映る若葉=

「……何? 私の顔に、何か付いてる?」

「今、叢雲の事考えてたでしょ?」

「別に。お腹減ったなーって思っただけ」

 ぷいと顔を逸らす海風=図星の証/若葉=あまりの分かりやすさに苦笑。

「別にあの程度じゃ、あの子も愛想つかさないでしょ。アレくらいのことなら前もやってるんだしさ」

「……下水道に一人で行かせた」

「それはアタシ達二人の落ち度でしょ。一人で気にする必要はないって」

 俯く海風――その背を軽く叩く若葉。

「……やっぱりアンタが小隊長やればいいのに」

「やーだよ、指揮を執るとか書類仕事とかアタシには手に負えないよ」

「まぁ、確かにアンタがオフィスワーク出来るとは思えないかも」

「ひっでー言い草」

 若葉――楽しげにケラケラ/海風――つられてクスクス=何となく救われた気分。

 今だけ過酷な現場から離れられる少女二人――その笑い声が、穏やかに流れるドナウ川の水面を渡っていった。

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