The Lonely gray Wolf ②


 ・Zwei



「――――――ん」

 潜水から浮揚するような感覚=眠りからの覚醒。

 叢雲むらくも・マナ・マルクスの視界に入る白い天井+蛍光灯+清潔なベッド+周りを仕切るカーテン/一瞬の思考の空白――どこだっけここ。

 押し寄せる記憶=支援がない状況で見境なく吶喊――アームスーツの予想外の動きに戸惑ってボコボコにされた/以上、おしまい。

 ちくしょう、何て情けないザマだウチのバカ/ひとしきり内心で愚痴。

 幾らかダルさの残る身体――起き上がろうとして違和感/ふと肩を見る。

 機械義肢と生身の境にあたる接触部クッションから伸びる武骨な腕=ベッドに備え付けられた義肢持ち患者用のロボットアーム/足があるはずの箇所=毛布に窪み――四肢を丸ごと外されている。

 何となく理解――気絶した後、自分は本部ビルの医療区画に運び込まれた/義肢を外して検査をされた/その間〝とりあえずここに置いとこう〟ということでベッドへ――おそらくそんな感じ。

「……どれくらい寝てたんだ」

「大体一日くらいかな」

 左手側からの声――顔を向ける叢雲/膝の上についた肘に顎をのせるレモン色の少女=〈ブリッツ〉小隊の防護手リベロたる若葉わかば・ウィルマ・ヴィツェル――楽しげな調子=いつも通り。

「まだ生きてるみたいね」

 右側からの声=同じく小隊の援護手レジスタたる海風うみかぜ・ウルスラ・ウルライヒ――若干ダウナー=こちらもいつも通り。

 その手にリンゴが載った皿/綺麗に皮が剝かれて切り分け済み――ピックを刺して叢雲に差し出す。

 二人とも黒字に濃緑のラインが入ったジャケット+スカート+タイツ+ヒール=部隊の制服――治安維持組織というよりは軍服のような見た目。

「……二人とも今日は準待機なんだから、休んでれば良いじゃん」

 呆れたように言う叢雲/若干嬉しげ――リンゴ=割と好物。

 ピックに刺して差し出されるリンゴ/鳥の雛みたく口を開ける叢雲/リンゴを食べようとする――躱される×三回。

「……ウチに食べさせたいのか、食べさせたくないのかどっちなのさ」

 ムスッとする叢雲=好物を使って揶揄われたことで不機嫌モード。

 負けず劣らず不機嫌モードな海風=仏頂面+半目。

「食べさせてはあげるけど、その前に言うべきことがあるでしょ?」

「何を――」

「一応言っとくけど、お祈りの言葉とかじゃないからね?」

 海風+若葉――それとなく感じる圧力。

 言うべきこと=独断先行した挙句、返り討ちに遭いやられかけた――そのことへの謝罪。

 二人とも、たぶん心配している/怒っている。

「……そっちの支援だって遅かったじゃん」

 叢雲=分かっていても反論――あらゆるモノに対して反抗しがちな一匹狼ローンウルフ的思考回路/言った後に自己嫌悪=何言ってんだ、ウチのバカ野郎。

「支援一旦途切れるって、ちゃんと言ったよね?」

 半目をナイフみたく尖らせる海風――ドスの利いた声/ベッドの中に顔を半分隠す叢雲――加速する自己嫌悪/さながら尻尾を丸めて縮こまる子狼。

 海風=半目のまま/若葉=ニコニコしたまま――目の奥は全く笑っておらず/変わらぬ圧力=むしろ強まる。

「……別にそういうつもがっ!?」

 叢雲=居たたまれない気分に/顔を出し口を開ける/いきなりリンゴを捻じ込まれる。

 一瞬だけ宙に目線をやる海風+若葉=無線通信フレーテを使う際の癖。

「……副隊長から呼び出し。昨日の事件についての会議に行ってくるから」

「んじゃ、お大事にね」

 叢雲には何も聞こえず=海風と若葉だけへの通信――少しばかり疎外感。

 若葉=リンゴの皿をサイドテーブルへ/モゴモゴ抗議する叢雲を置いて颯爽と退室。

 海風=その後を追うように退室――する前に戸口で立ち止まる/半目のまま、蒼い虹彩異色オッドアイの瞳で叢雲の目をじっと見る。

「支援出来なかったのは、悪いと思ってる。けど、わざとしなかったわけじゃない」

 言うなり退室/ようやくリンゴを噛み砕いた叢雲――憮然とした顔。

「……もう少しくらい、待ってくれたって良いじゃん」

 若干拗ねてみる/捨てられた犬にでもなった気分。

「あー、いつ退院出来るんだろ」

 空気に溶けて消える言葉――答える者=無し/そこはかとない孤独感と罪悪感を自覚して――しばらく白い天井を見つめた。


 ―――


 二十一世紀に入ってから、他の先進諸国と同じようにオーストリアもまた超少子高齢化社会による労働力の減少に悩まされることになった。

 そこで政府は、肉体に障害のある児童には無償で機械義肢を提供する政策を発表。慢性的な労働力不足の解消に乗り出す。

 一方で政府は、呆れる程に過激化したテロや強盗などの凶悪事件に対抗すべく、軍部の天下り先として機関を都市に設置。

 そして各省庁の駆け引きの結果――機械化を施した児童の中で特に手足のが優秀な者に、〈特殊転送式強襲機甲義肢とくしゅてんそうしききょうしゅうきこうぎし〉――通称〝特甲トッコー〟を与え、国内外における治安維持の一翼を担わせる図式が完成。

 こうしてオーストリアの首都にして、かつてウィーンと呼ばれた欧州きっての国際都市であるミリオポリスには、最高クラスの人材が配置されることになる。

 そうした内の一つ――〈ミリオポリス特殊作戦部隊スぺツィアルコマンド〉ことMSKが保有する〈靐〉強襲小隊。

 その小隊長たる海風+副隊長たる若葉――目下のところ、ミリオポリス最大の行政区=第二十二区ドナウシュタットのど真ん中に突き建つ〈憲法擁護テロ対策局B V T〉第二ビル十三階の大会議室――大学講堂のような部屋の後方で会議に参加していた。

「……次の報告です。昨日の戦闘において、MSKが遭遇したアームスーツを含む強盗グループですが、何らかの組織に所属するものだと考えられます」

 BVTの情報解析官の発言――スクリーンが切り替わる=アームスーツのアップ画像/肩口に刻印――〈R.A.〉の文字。

 未知の名称にざわつく会議室/咳払い――壇上に上がったBVT捜査官/静まり返る室内。

「奴らがどこの組織に所属するものかは、過去の事件記録を含めて現在捜査中だ」

 会議室を見渡す捜査官/威圧するような視線=自分が場の主であることを主張――さながら獅子の如き眼光/やや遅刻したことで最後列に座る海風と若葉まではあまり届かず。

「だが、ハッキリしていることがある。こいつらは暴れ回るしか能の無い他の強盗連中とは違う。アームスーツの使用のみならず、独自の改造まで加えている。それなりの技術的、ないし人的バックグラウンドがあるということだ」

 画面が切り替わる――通常の〈サテュロス〉式サテュリスキー型アームスーツとの比較画像/目立つ改造箇所――右手のクロー・通常よりも大きな脚部・何かの装置が付いた腰部・盛り上がった背部装甲=MSKの機動捜査課から提供した情報/MSK内では共有済み。

 どれも通常型には存在しない特徴=改造を加える技術を持った存在がバックにいることの証明。

 海風+若葉=〝肩の文字以外新しい情報何もないし病室で話してた方が良かったかも〟と少し後悔。

 静まり返る室内――BVTの捜査官が再び口を開いた。

「それともう一点。先程、

 一際大きくざわつく会議室の面々=BVT機甲部隊+特殊憲兵部隊コブラ・ユニット+MSKの各隊員。

 それらが静まるのを待ち、スクリーンの画像が切り替わる/コンテナの扉が吹き飛んだ直後の粗い画像――監視カメラ映像からの切り抜き《トリミング》。

 アームスーツの胸部装甲から覗く男の顔=スキンヘッド/暗い炎が見え隠れする黒目シュバルツ/爬虫類染みた顔に浮かぶ凶悪な笑み――獰猛な蛇のようなおもて

「マスターサーバー〈ライ〉の解析によると、この男はデイビッド・ヨハンソン。元オーストリア軍機械科歩兵師団歩兵連隊所属。二年前に退役。以降の足取りはまだ調査中だ」

 軍隊入隊時の証明写真との比較=現在の骨格との相似をモニターに表示/一致。

 若葉=相好は崩さず目を眇める/仲間を打ち倒した――目前で取り逃した相手/都市の暗闇に潜む毒蛇の顔を記憶に刻み込む。

「若葉」

 小声/隣に座る海風=咎めるような半目/目を向ける若葉――左手首のリストバンドを見せる/レモン色+藍色+灰色/言外に〝無茶をするつもりは無い〟と告げる。

 壇上に向き直る二人/会議を終わらせようと口を開くBVT捜査官。

「現在は奴らの逃走先及びバックにある者について情報を捜査中だ。判明次第これを叩く。尚、本件については我々BVT捜査部による指揮の下、。選抜された人員及び各部署の円滑な連携を期待する」

 壇上の捜査官の宣言/MSK隊員――獲物を目の前で掻っ攫われて今にも爆発しそうな雰囲気。

 その中で挙がる手=海風。

「質問してもよろしいですか」

「尚、選抜される……誰か何か言ったか?」

「私です、捜査官」

「――ん。あぁ、君か。失礼、。質問があると言ったかね?」

 室内にちらほらクスクス笑い/MSK隊員=仲間のを揶揄する発言に殺気立つ/若葉=海風を心配そうに見上げる。

『どうどう、海風。気にするなよ、怠け者が偉ぶってるだけさ』

 無線通=声の無いやり取りで宥める若葉/海風――顔を顰めるも彫像のように動じず=まぁまぁ慣れっこ/実際のところ=MSK内でも随一の激情家。

「強盗グループの捜査には、MSKは参加出来ないという事で間違いありませんか」

「そうだ。これはすでに決定事項で、覆すことは出来ん」

「私達〈靐〉小隊も参加出来ないと?」

「MSKが参加できないのだから、自然とそうなるな」

「何故でしょうか。私達特甲トッコー児童を擁するMSKであれば、余計な犠牲を出さず敵のアームスーツにも十二分に対抗出来ます」

「機甲部隊や特憲コブラでは太刀打ち出来ないと?」

「いえ、そういう訳では――」

「今回の事件だが、君の小隊から負傷者が出ているな。命令無視の結果と聞いている。今回に限らず、事態を解決するには各部署の円滑な連携が必要になる」捜査官――薄ら笑い。「規律を守らぬ存在がいては、余計な犠牲が出るかもしれん。貴重な特甲児童を失う可能性もある。そんな愚を犯すわけにはいかないだろう」

 全くもって心に響かない言葉/明らかに気を遣っている

 とは言え罷り間違っておらず/強く言い返す訳にもいかず――押し黙ったまま着席した。

「他に質問は? ……無いようだな。よろしい」

 壇上から下がる捜査官/その背中に突き刺すような声。

「連中は俺達の獲物だ」

 捜査官=うんざりしたように振り返る――はしばみ色の瞳の奥に見え隠れする烈火/声の主を睨み付ける――食事を邪魔された獅子の如き怒り。

「何か言ったか、アウグスト?」

 視線の先――MSKの集団/その最前列に座る男。

 粗く切られた赤銅色の髪/顔の中央を横切る一文字傷/細めた淡褐色の瞳――獲物を見据える猛禽類のような鋭さ。

 M S K副長リロイ・初鷹はつたか・アウグスト/通称〈鷹の目ホークアイ〉――優れた洞察力と観察眼を以て標的を捕らえる現場指揮官/周知の事実=壇上に居た捜査官とは不倶戴天の敵同士――噂=元は名コンビ同士だった。

「連中は俺達の獲物だ、と言った」

「私の話を聞いていなかったのか?」

「アンタに言ったんじゃない。俺の部下達に言ったんだ」

「ほう、お前はいつからそんなに部下想いになった?」

「ウチの部隊員が、そいつらに負傷させられた」

「だからこそMSKを外した。そちらには荷が過ぎると思っての判断だ」

「借りは自分達で返せる。他人に尻拭いしてもらうほどガキじゃない」

 会話というより言葉の押し付け合い/苛烈なまでに睨み合うリロイと捜査官――その実互いの事を見ていない様子/どこか違う場所にあるもの=ここにはいない犯人/あるいは別のモノ。

 下手に入り込んだら物理的に発火しそうなほどの視線/獲物を間に挟んで睨み合う鷹と獅子。

「あー、ちょっと失礼」

 そこに割り込む第三者の声/リロイの隣席に座る男――MSK隊長/眼帯アイパッチの左目+静穏さを感じる茶色の右目で問いかける。

 苛烈な睨み合いに隊長が参戦=やにわに盛り上がるMSK隊員/〝いいぞ言い負かしちまえ隊長〟――無言のエール。

「まず、ウチの隊員が失礼をした。だが、それだけ副隊長もウチの部隊員も仕事熱心だということを理解しておいて頂きたい」

「承知している。MSKの隊員は他の誰よりも模範的かつ職務に忠実だ」

 慇懃に応じる捜査官=内心でそう思ってないことは火を見るよりも明らか。

「感謝する」気にした風もないMSK隊長――にこやかに応じる「ところで今回の任務、ウチには荷が過ぎると仰っていたと思うが間違いないかね?」

「あぁ、そうだ」

「確かに、ウチの隊員には負傷して離脱した者もいる。その点では戦力ダウンしていることは否定できんが、それを補うがある。決して他の部隊に劣りはしない」

「だが、早期回復が見込めるわけでもあるまい。本件については、このグループが他に事を起こす前に早期解決を図る必要があるから、他の部隊に一任することにしただけだ。決して貶めたわけではない」

「……なるほど。そういうことであれば、納得した。配慮を頂き感謝する」

 隊長=爽やかさすら感じさせる笑み/目を丸くするMSK隊員=〝オイオイ何言ってくれてんだ俺達はまだ戦える〟――無言の圧力/意にも介されず。

「では、我々は平時の任務に当たるが、よろしいかな?」

「無論だとも。我々BVTの使命は、考えうる全ての手段によって、市民を脅威から守ることにある。そのための平時の任務に特憲コブラや機甲部隊が力を割き辛い分、MSK

 要約=〝誰がお前達を活躍させるものか〟/隠す気のない本音。

「承知した。我々の全力を尽くすとしよう」

 リロイを見やる隊長/頷くリロイ――いかにも不満げ=他の隊員も同様。

「では、以上で解散だ。尚、選抜人員と今後の予定については追って連絡する」

 勝ち誇ったように宣言する捜査官/獲物を狩った獅子の咆哮の如く。

 席を立ち、会議室を出るMSK一同=憤懣を漂わせながら/その背中を追いかけるもの=冷笑。

 曰く「お飾りどもが調子づきやがって」

 曰く「色んな所から厄介者を掻き集めただけあって、厄介な奴らだ」

 曰く「あいつら皆肌が白とそれ以外の継ぎ接ぎなんだろう。実際そういう奴もいたはずだぜ」

 曰く「フランケンシュタインってか。なら早いとこ、部隊もろとも壊滅してくんねぇかな」

 嘲笑――MSKの組織内での立ち位置がそうさせていた。

 元々は激化する凶悪犯罪に対抗するための特甲児童だったが、7年前の連続テロ事件を契機にオーストリア全域でと認識されることになる。

 かくして〈ミリオポリス公安高機動隊M S S〉が提唱していた都市全域警備思想を国全体へと広げることに/そのための実験部隊として、国内治安機構の頭目であるBVT内に部隊を設置することが決定。

 だが、内務大臣直轄の特憲内に設置される予定が調により、BVTの機甲部隊直下に組み込まれることに。

 結果=特甲児童と他組織の問題児を配備した厄介部隊モノ――他所から戦力を掻き集めた継ぎ接ぎの化け物――上層部の采配次第であらゆる事件に首を突っ込む愚連隊/他の治安維持組織からのMSKに対する評価。

 海風+若葉――どんなに悪罵を浴びせられても平然としている隊長に感心・イライラ・ムカムカ/〝あんなこと言われて何で平気なんですか〟と問い詰めたくなる/堪える。

 顔を見合わせる/頷きあう。

 知ったことか。例え何と言われようがは私達だ。〝継ぎ接ぎの化け物〟と言われようが――やるべきことをやるだけだ。


 集団の先頭を行く隊長+リロイ/視線を交わす/頷きあう。

 二人の瞳――その内奥に宿る意志=獲物を駆り立てる眼光/口元に不敵な笑みを湛えながら。


 ―――


 目の前に現れる黒い穴=銃口――男達の哄笑。

(俺達は――)

 炎・炎・炎・炎・炎――暗転/黒い人影――笑み――

 伸びてくる左腕/何事か動く唇=聞き取れず/思い出せず。

 白い天井・ベッド/清潔な光/オーク材のテーブル。

(置いてかないで)誰もいないテーブル――自分ひとりきり。(独りにしないで)

 どこかへと向かう人影。手を伸ばす――届かず/それでも諦められず――手を降ろせず。

 暗転する視界/瞼を開けた。

 視界に入るもの/宙に向けて伸びるロボットアーム=何かを掴もうとするかの如く。

 直前まで自分が見ていた夢=昔の記憶の断片フラグメント/何となくグッタリした気分=自分が精神的に弱っていることを自覚。

「何だよぉ、もー……」消え入りそうなほど弱々しい声。

「大丈夫かい? 魘されてたみたいだけど」

 穏やかな声/目を向ける――ギョッとする。

 傍に立つ少年=緩やかに波打つ肩口までの鹿毛か げ/黒縁眼鏡の奥から覗く翡翠色の瞳/人の好さを感じさせる中性的な細面――男と言われなければ女と勘違いしてしまいそう。

「やぁ、

「お前、何でココにいるんだよ」

「本当は寝るつもりだったんだけど、怪我したって聞いたからお見舞いにと思ってさ」

「……つまり、暇だったから来た?」

「うーん……そういうことになっちゃうかも」

 見知った顔の登場=完全に予想外の衝撃。

 ――相手のタイミングの悪さに内心で八つ当たり/精神的に参っている/弱っている自分を見られた――よりによってに=

「それに香取カトリ、いつも言ってるけどウチはまだだ」

 叢雲――少年の言葉に若干落胆――気を取り直す/動揺を押し隠す/の訂正を要求。

 国際都市たるミリオポリスの政策――文化委託=戦争や災害で保全が困難になった国の文化や建造物を維持する制度/その保障費として国連からミリオポリスに莫大な予算が下りる。

 その恩恵の一つ――日本の漢字名を名乗れば毎月保全金や社会保障を受領可能に。

 日本の漢字名=文化委託局がランダムで決定――二十五歳の準成人時にミドルネームに、三十五歳の成人時にはセカンドネームに。

 叢雲の場合、父親が日本人ヤパーナー/そのため父方の苗字=漢字名に。

「まぁ、その内呼ばれることになるんだし。今から慣れておいても良いと思うんだけど」

 肩を竦める少年=香取・ケヴィン・クルツ/MSKに所属するの特甲児童――兵器開発局から出向中/誰であれファーストネームで呼びたがる=彼なりの親愛の証。

 =叢雲のファーストネーム――両親に付けられた名前/大人になった時の名前――今は少し心のどこかがむずむずする。

「……、ムラクモの方が良い」

 香取――青年期との過渡期にある顔を苦笑させる/連想=穏やかなダックスフント/何とも平和的な所作。

 叢雲=何となくドキッとする/人工心肺が早鐘を打つ/反射的にそっぽを向く。

「……リンゴ、食べても良いけど」

「え、本当にいいの?」

「お好きにどうぞ」

「じゃあ、遠慮なく」

 横目で様子を伺う/香取=サイドテーブルのリンゴを口に運ぶ。

 意に介した風もない香取/ふと叢雲の視線に気づく――リンゴを自分の口に運んで穏やかに笑う。

「……香取は、明日も仕事?」

「朝からね。しばらく早朝勤務が続くかも」

 香取=椅子に座って寛ぐ/〝食べられることが幸せ〟と書いてありそうな表情/切り分けられた一片を口に運ぶ。

 早くなったままの鼓動=落ち着かず/疑問=〝どうしてコイツと話すときはいつもこうなるんだろう〟/さっきの油断+悪夢きおくと併せて弱みを握られたような気分に――平和そうな顔をしている目の前の相手に何故かイライラ/一匹狼的思考回路にスイッチが入る。

? 

 手は止めず目を丸くする香取/〝僕何かやらかした?〟と言いたげ。

 全くもって意図せず飛び出したトゲ/叢雲=自分でも仰天ビックリ/〝ちょっと待って何言ってんの自分〟――慌てて口を開く/弁明を試みる――言葉が続かず。

「いや、あの、えと、その――」

「確かにそうかな。明日からしばらくは朝早くから仕事だろうし、残念だけどそうした方が良いかも」

 香取――穏やかな笑み/〝違うそうじゃないさっきのは言葉の事故なんです撤回させて〟――グルグル回る叢雲の思考回路/一向に纏まらず。

 ふと頭に何か触る感触=少し大きな掌。

 ――理解した瞬間にカッと熱くなる頬/隠そうとして、自己嫌悪と共にシーツに顔を埋める――掌が離れる/香取=ちょっと傷ついたような表情。

〝だから違くてそうじゃなくてイヤなわけじゃなくて〟=叢雲――内心で抗弁/思考の支離滅裂具合が加速。

「あぁ、そう言えばコレ」

 思考の渦に引き込まれていた叢雲=顔を上げる。香取の掌に載っているもの=リストバンド×三――灰色+藍色+黄色/たぶん叢雲の義肢に巻いてあったもの。

 ベッドに近寄る――ロボットアームにバンドを巻き付ける。

「二人から。大事なモノなんでしょ?」

「うん……ありがと」

「ちゃんと二人に謝っておいた方が良いよ」

 香取――退室/去り際に叢雲に手を振る。

「じゃね、

 叢雲=恥ずかしいやら名残惜しいやら罪悪感やらで目を合わせられず/そっぽを向いたまま応じる/ロボットアームを軽く振る。

 苦笑を残して退室する香取/白い天井を見つめる叢雲――どこからともなく微睡みが訪れる。

 香取の言った二人=たぶん海風と若葉/会議に行く途中で会った/渡すように頼んだ=希望的観測そうだったらいいな

(支援出来なかったのは、悪いと思ってる)

 思い返す海風の言葉/微かに含まれた謝罪の響き。

(けど、わざとしなかったわけじゃない)

 見捨てられたと勝手に考えてしまった/弱みを握られた――実際は自分が勝手に突っ込んだ/そう感じた=明らかに被害妄想パラノイア

 孤独に敏感な思考回路/自分の弱さを極端に忌む習性=過去の経験トラウマから来る思い込み――〝我ながらどうすればいいのコレ〟/諦念にも似た溜め息。

 視線を動かす/ロボットアームの先端/巻かれたリストバンド=〈靐〉小隊三人の髪と同じ色――自分の髪には、他の二人の髪色のメッシュが入っている。

 リストバンド+メッシュ=三人で決めた仲間の証/大人でさえトラウマになりうる戦いを生き抜いて心を護るためのおまじない/願掛け/悪ふざけオイレンシュピーゲル――どんな時でも互いが互いを守れるように。

 そんな大事なことを忘れていた自分――支援出来なくかったことを心配して来てくれた二人/負傷したと心配してくれた一人。

 機械の手足・臓器を手に入れても、改めて自分が生身だと思い知らされる――身体も/精神も。

〝次会ったら、ちゃんと謝ろう〟――掌の感触を思い出しながら/心に決めて、穏やかな微睡みに身を任せた。

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