ガイストシュピーゲル

@ke_show

The Lonely gray Wolf ①

 ――なにもみえない。まっくらだ。

 ――どこだっけ、ここ。とおくからイヤなこえばっかりきこえる。

 ――どうして、からだうごかないんだっけ。

 ――あぁ、シんじゃうのかなぁ。ヤだなぁ、シにたくないなぁ。

 ――そこにいるのはダレだろう。シニガミさんなのかな。テンシさんかな。

 ――テンシさんのほうが良いなぁ。

 ――からだ、イタイなぁ。パパどこにいるんだろう。

 ――パパ、あいたいなぁ。



・Ein


 かつてウィーンと呼ばれ、今や人口二千五百万を越えんとする欧州きっての国際都市――ミリオポリス。

 その東端に位置する第二十五区ライヒェンシュマウス――かつては"煙の出る街角"ラオヒェンエッケとも呼ばれた平和な住宅地=二〇二三年のミリオポリスにおいて最も殺人/強盗/テロといった凶悪事件が頻発する地域。

 そして現在――第二十五区の南西=テナントビル街/と言うよりやたらに建てられた雑木林染みたビルの群れ――怪しげなマッサージ店やら訳の分からない料理屋やらが多く入ったビルの非常階段の一角――幾つもの偶然が重なって奇跡的に出来上がった日陰/ビルとビルの隙間を吹く風に揺られながら、欄干にもたれる人影が一つ。

「あづーい……」

 人影=呻き声を上げながら汗で張り付こうとする前髪を掻き上げる少女。

 乱雑に纏められたポニーテール=色素の薄い黒髪シュバルツ――どちらかと言えば灰色グラウ=藍色とレモン色のメッシュ入り/切れ長の碧眼/透き通るような白い肌――左頬から首筋にかけて、そこだけ/それでも崩れぬ東洋風オリエンタル西洋風オクシデンタルの奇跡的なバランス。

 左手首に灰色+藍色+レモン色の三つのリストバンド/継ぎ接ぎのミリタリージャケット+白いブラウス+黒いホットパンツ+履き古した白いスニーカー――季節外れの暑さ故に必要最低限以外のボタンを開放/風に揺られて白い肌と引き締まった体躯がチラチラ覗く。

「……シャワー浴びたいー……」

〝シントーメッキャクすれば火もまたスズシ〟という恩師の言葉を思い返す――でも正直それどころじゃないですカガミセンセーと内心で愚痴/足元に置いたミネラルウォーターのボトルを左手で持ちゴクゴク嚥下。

 右手で取り出した携帯端末P D Aで時刻を確認――画面投影時に一瞬表示された〈ミリオポリス特殊作戦部隊スぺツィアルコマンド〉部隊章+不機嫌そうな少女の顔写真――その下に名前=叢雲むらくも・マナ・マルクス/さながら見るモノ全てに噛みつかんとする小さなヴォルフ

 ふと脳裏にノイズ――副長の声=暗号化されて若干割れ気味。

灰雲グラウ、待機地点を変更だ。藍雲インディゴのポイントまで移動せよ』

 どこからともなく聴覚野にダイレクトに叩き込まれる声なき声――顎骨がっこつに移植された通信機を介した無線通信フレーテ/まるで猛獣を捕らえて放さぬ首輪のよう=少女の感想。

「副長ー、副長ー」

 わざわざで応答/こんな暑い日に若者を外にほっぽり出して、自分達は屋内でクーラーを使っているであろう大人達に向けたささやかな反抗心+せっかくの休日を潰した悪人共への怒りの発露/顎骨の通信機が拾い上げる。

『どうした、灰雲』

「キオスクでアイス買って来ても良いですか」

『警戒待機中だ、本部へ帰投してからにしろ』

「別に良いじゃないですか、減るもんじゃなし」

『お前、遠足と仕事を取り違えてるんじゃないだろうな』

「そんな訳ないじゃないですか」

『……なら、さっさと合流ポイントに行け』

 僅かな間を置いて返答=何かを抑えるような雰囲気/さらに何か言おうと口を開く/これ以上は副長の火山が爆発する可能性あり=大人しく指令に従うことに。

了解ヤー、合流ポイントへ向かいます」

 反抗心を匂わせる唸り気味の応答――跳躍/予備動作+助走=ほとんど無し。

 第二十五区の街並みに向けて少女=灰雲=叢雲は、弾丸のように、勢い良く飛び出した。


『本部から藍雲インディゴへ。灰雲および黄雲ゲルブの待機地点をそちらに変更した。まもなく合流する。別命あるまで、その場で待機せよ』

 第二十五区南西に建つ十階建てビルディング屋上――陽光を遮る間仕切りはなし/太陽に何とか抵抗しようと展開された無地の白い日傘/その下に佇む藍色の少女――脳裏に響く副長の声。

『藍雲より本部へ、了解』

 暑さにげんなりしつつ、顎骨の通信機を介して応答/取り出したハンカチで額の汗を拭う。

 浅黒い褐色の肌/薄く開いた瞼から覗く青い瞳――虹彩異色オッドアイ/左側を長めに切った左右不揃いの藍色インディゴの短髪――灰色とレモン色のメッシュ。

 小柄ながら均整の取れた身体トランジスタグラマーの上半身を包む長袖シャツ/青いプリーツスカート/左手首にリストバンド――藍色+灰色+レモン色の三つ。

 その藍色の少女の傍らに派手な音を立てて灰色の少女=叢雲が着地。

「調子どう、海風うみかぜ

「何とか生きてる。あと水貰える?」

 ペットボトルを突き出す叢雲/「ありがとう」と礼もそこそこに受け取り思いっきりボトルを呷る藍色の少女=海風――数日間渇きに喘いでいたかの如き飲みっぷり。

「にしても暑いな、ここ。ショウネツジゴクみたい」

 叢雲の言葉に何それと聞き返そうとしたところで一際大きなビル風/汗で濡れた肌が少しだけ冷やされる。

 立ち上がり全身で風を受け止める海風/傍らに目を向ける/同じ体勢の叢雲=若干服が捲れ気味――その下から覗くスラッとした体躯と

「ブラ、見えてる」

 叢雲=怪訝な顔をして下に視線を向ける/暑さとは違う熱で顔が真っ赤に上気/右手と左手――それぞれペッタンコな胸+下腹部に巻き付け、捲れかけのブラウスを押さえた。

「な――何見てんだバカ、変態!」

 両手を身体に巻き付けて抗議の声を上げる叢雲/藍色の少女=海風――〝何かあんな恰好した絵があったなぁ〟――熱で浮かされた思考/気だるげにしながら素っ気なく返す。

「視界に入っただけで、別に見たくて見た訳じゃないし、変態じゃない」

「結局見てるんだから同じだろ!」――叢雲=唸るような抗議の声。

「違うってば」――海風=暑さも相まって若干げんなり/視線はもはや眼下の景色をさ迷い気味に。

「見られたくないなら、ちゃんと服着たら?」

「だってメチャクチャ暑いんだもん」

「なら、その半分素っ裸みたいな恰好を――」

「何さ海風、叢雲の服脱がしたの?」

 背後から会話に混ざりこんでくる楽し気な声――の仲間。

 藍色と灰色のメッシュが入ったミディアムの鮮やかな金髪レモンブロンド――ところどころ跳ねた癖毛/いたずら気なとび色の瞳/すらりとした肢体に満ちる野性的な美貌。

 モデルのように長い手足を包む水色のワイシャツ+タイトジーンズ/足首丈の革靴/左手首にリストバンド×三――レモン色+灰色+藍色/からかうような笑みを浮かべて涼し気な態度で二人を眺める長身の少女。

「脱いでないし脱がされてもないっつの、若葉わかば

「そもそも私が脱がす訳ないでしょ、若葉」

 叢雲+海風=陽光に目を眇めつつほぼ同時に抗議。

 レモン色の少女=黄雲こと若葉――意に介した風もなく、後ろ手にしていた右手を二人の前に差し出した。

「ところで、コレ食べる?」

 右手のモノ=ビニール袋に入った三本の棒付の白い冷菓。

「アイス!」「食べる!」=叢雲+海風――言うが早いか半ばひったくるようにアイスバーをゲット/苦笑しながら自分のアイスのビニールを剝く若葉。

 三人でアイスバーを頬張る=暑さの下での警戒待機中に訪れた一時の休憩時間ルーエツァイト

「それで、脱いだ脱いでないって何があったのさ」

「だから脱いでないし脱がされてもないってば」

「風で叢雲のブラが見えたってだけ」

「……叢雲、小さいものを見せつけたって、自分が虚しくなるだけだよ」

「若葉だって、ウチとそんな変わらないじゃんか」

「アタシはほら、背が高いし」

「いや、意味分かんないから」

「まぁ、チンチクリンじゃない分若葉の方が見栄えは良いかもね」

「……どうせウチはチンチクリンですよーだ」

「拗ねるなって。ほら、飴ちゃんあげるから」

「二歳下だからって子供扱いすんな! 貰うけど!」

「……貰っちゃうあたり、やっぱり子供ね」

「ねー」

「何だとぉ!?」

 姦しく話す三人の少女達/ふと数ブロック離れた地点から爆発音――脳裏にノイズ/副長の声=楽しいお喋りガールズトークの終わりの時間。

『爆発を確認した! 第二十六区ラッフルズシティで現金輸送車が襲撃を受けている!』

 脳の視聴覚野に直接送り込まれる情報=現場の状況/強奪グループ×三の位置/それを支援するグループ×三の位置/一般市民の退避状況。

『強奪グループ三、支援グループ三を確認! (靐〉ブリッツ小隊、直ちに出撃せよアル・シュトゥルム!』

 即応/三人同時――ほとんど脊髄反射。

 脳内チップを通じて〈転送〉を要請――全て許可オールオン

 叢雲=直進/海風=支援/若葉=援護――それぞれの役割に沿って、弾丸の如く跳躍。

「……やってやる、狩りの時間ヤクトツァイトだ」

 獰猛な呟き=叢雲――獲物を狩り出さんとする狼の唸り。



 第二十六区ラッフルズシティ――ミリオポリス南東部。

 文化保全地域に指定された地域/金閣寺やマーライオン、マチュピチュ等のになった世界各国の有名な遺跡がされ区内各地に乱立=世界中から観光客が訪れ、ミリオポリス随一の観光資源に。

 観光客目当てにカジノやらホテルやらが林立/世界各地の文化が〝ヒャッハー! 相性なんざ知ったこっちゃねぇ!〟と言わんばかりに混淆――世界でも唯一の奇怪な街並みモザイクを形成=まさに混沌カオスそのもの。

 その街区に建つビルの壁・階段・窓枠を蹴り/走り移動していた叢雲――砲丸の如く三点着地ズ ド ン !/付近のアパレルショップの店員・客=何事かと叢雲に目を向ける――大通りを見てさらに驚愕あんぐり

 爆走する車――窓ガラス+タイヤは防弾仕様=違法改造されたトラック×二=強奪グループその一及びその二。

 急激な高低差で脳の血が我先に下の方へ移動――破裂しそうになる頭/嘔吐感を根性で堪え、だらんと両腕を垂らす。

 視線はまっすぐトラックへ/一般市民の悲鳴+窓や荷台から銃を突き出す武装犯の叫喚――全て無視。

 明確な狩りの意志を以て、到来する脅威を睨み付ける。

《敵の強奪グループを視認。転送を開封》

 アイスバーの棒を吐き捨てる――声なき声の要請=同時。

 叢雲の両手足=雷鳴のような音が発生/幾何学的なエメラルドの輝きが勃発――指先から肩口にかけて粒子状に解体・置換/〈ミリオポリス特殊作戦部隊M S K〉本部に保管された強化義肢へと変貌を遂げる。

 胴体・手・足を覆う鋭角的かつ滑らかな灰色の特甲/頭部に獣の耳のような機器/尾骨の辺りから伸びるバランサーユニット。

 予備動作無しに跳び上がったと思うと、肘から手首を覆う籠手型機甲の両端から長大な高周波振動刃ヴァイブロブレード×四が展開――内蔵された振動機が発する超音波によって刃が超高速で振動/切れ味を増した刃を運転席と助手席へ向けて突き刺す。

 高速振動によって発生した熱により易々と屋根を貫通/運転席と助手席の武装犯=脳髄を貫かれ即死。

 叢雲=腕を引き抜き跳躍――コントロールを失ったワゴンが勢いそのままに駐車中の一般車に激突――大きくひしゃげて停車/それに構わず二台目に吶喊。

 急停車した違法トラック二台目――運転手も含めて自動小銃を構えた十人前後の男女+拉げたワゴンから這い出た六人の男=喚きながら叢雲へ銃口を向ける/集団同士の射線が重なる――同士討ちを恐れて射撃を躊躇ためらう。

 その隙に二台目のトラック組へ躍りかかる叢雲――猛烈に振るわれる刃×四/切り飛ばされる腕・足・胴体――その度に上がる悲鳴=さながら灰色の回転ノコギリの襲来。


 そこから約二百メートル離れた別の通りを驀進する改造トラック――叢雲に足止めされたグループの要請を受け支援へ/その進路上に機甲化を果たした若葉が到来。

 急停車したトラックの荷台と窓から身を乗り出し銃を撃ちまくる武装犯×十三と相対する。

『こちら黄雲ゲルブ、支援グループの足止めに入る。ミンチよりヒドイことになりたくなかったら、ご注意を』

 若葉=おどけながら味方に通達/その身体を覆う特甲=丸っこく鮮やかな黄色/両腕の指先やら手首やらが展開――流体金属フリュスイヒ・メタルが噴き出す/道幅に広がる――腕に内蔵された硬化装置+高磁力発生装置+抗磁圧シールドが作動/流体金属が一斉に励=液体の巨大な壁が出現した。

 自身のみならず避難中の一般市民にも襲い掛からんとした銃弾が壁をすり抜けようとする――流れる高磁力+抗磁圧によって、魔法のように銃弾が絡め取られる/弾き飛ばされる

 若葉=大量の銃弾を浴びせられても飄々として動じず――薄い笑み/金属の薄い膜越しに相手の様子を伺う。

 武装犯=無計画な乱射――その結果=一斉にリロード。

 タイミグを見計らっていた若葉=両腕を上げる/同時に防壁が消失/両肩の機甲がスライド/回転/伸身――顔を覗かせる銃身と銃口×十二=×二/おもむろに回転を開始。

 そして、金切り声を上げて大気を切り裂く金属の嵐ヴィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!=ガトリングガンの掃射――道路に仁王立ちする若葉=巨大な防壁を操ったかと思えば一転して頑健な銃座そのものに――約十秒の掃射/改造トラック=虫食い穴だらけ/あちこちから発火。

〝俺達よりそっちの方がヤバいんじゃないですかね〟と思考した頭蓋ごと身体が血の霧と化した武装犯×複数/若葉=赤熱した銃身を投げ捨て

 その間にやって来る別のトラック――支援グループその二/上方から通りに響く発砲音ダン! ダン! ダン!

 弾け飛ぶトラック運転手の腕・頭部・荷台の男一人の頭蓋/百メートル後方のビルの屋上――海風の支援射撃。

 肢体を覆う青く流線形なフォルムの特甲/左腕の肘から下と一体化した長大な超伝導レール全距離対応機銃バトルライフル/屋上の縁に左腕を乗せて伏射姿勢。

 背にスズムシの羽根をモデルにした大きな〈燐晶羽フェデール〉=通常よりも広範囲かつ正確な超音波反響探査アクティブ・パッシブソナー+赤外線などの各種探査を組み合わせて輝く左のに投影――拡張現実A Rの如く表示・更新される極めて精確な位置情報/脳内チップを通じて共有=各方面への完璧な支援。 

 疾風のように迅速果敢に敵に攻撃を仕掛ける旋撃手ウィンガーたる灰雲グラウ=叢雲。

 高い攻撃力と堅固な盾によって周囲を守る防護手リベロたる黄雲ゲルブ=若葉

 精確な索敵と火力支援で敵を撃滅する援護手レジスタたる藍雲インディゴ=海風。

 灰色+黄色+藍色――攻撃の度に飛び交う怒号と悲鳴/三分と経たず、逃走を図った強盗犯の半分以上が壊滅状態に。

迅雷ドナー中隊A班及びB班より全隊へ! 封鎖線形成、残りの強奪グループの囲い込みを完了!』

『了解、灰雲は直ちに現場へ急行しろ!』

『了解』

 副長からの指令/叢雲――短い答え=全隊通信。

『海風と若葉は?』

 小隊員限定の通信コード――叢雲。

『ラストの支援グループと交戦中、支援射撃は一旦途切れるからよろしく』

『まぁ、アタシらはすぐに行くから心配しなさんな』

 海風+若葉の応答――小隊最年少の叢雲を安心させようとする声音。

『……別に、心配してないっ』

 ぶっきらぼうな応答=叢雲/現場に急行/無線の向こうで二人の苦笑する気配――それにくすぐったいような気持ちを感じながら。


 MSKの装甲車に取り囲まれた改造トラック=MSKの装甲車+装甲パトカーに囲まれて八方塞がり/隊員が投降を呼びかける/叢雲――やや離れた路上に着地。

〝やることなさそー〟と考えつつ状況の確認をするために迅雷中隊へ無線通信をしようとした――瞬間。

 爆音と共に吹き飛ぶコンテナの扉――現れたモノ=漆黒の機体=鋼鉄の重量を受け止める獣脚類的脚部+山羊角のような探査装置――〝着るロボット〟として各国軍隊で導入されている軍用機体の一種――〝〈サテュロス〉式サテュリスキー型アームスーツ〟=アメリカ生まれの鋼鉄製黒ヤギ。

 その右手に握ったもの=バカみたいにデカい/叢雲の直感=背筋に悪寒ヤ バ イ

「逃げろーーーーーーっ!!」

 絶叫――顎骨の通信機が拾い上げる=全隊通信。

 ほぼ同時に唸りを上げる機関砲ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!/閃光+悲鳴+爆音――浮き上がる装甲車/捲れ上がるアスファルト/吹き飛ばされる人・人・人。

 その光景に立ち竦む叢雲――怒りで思考回路が白熱するホワイトアウト

「テメエらーーーーーー!!!!」怒声と共に吶喊=無謀そのもの。

『待て灰雲! 藍雲と黄雲の支援を――』

 副長からの無線通信/海風と若葉からの支援要請――全て無視ウルサイダマレ!

 アームスーツ+武装犯=近場のマンホールを吹き飛ばし下水道へ逃走。

 叢雲――周囲に構わず/何も考えられず/地面の穴へ飛び込み突撃/その接近に気付いたアームスーツ=左腕に溶断機能付きの刃を構える。

 叢雲とアームスーツ――正面から激突/刃と刃――金属が削りあう耳障りな音が反響する。

 叢雲=後方へ飛び退く――大きく間合いを取り直す。

 アームスーツ=後退しながら機関砲を乱射――逃走の構え。

 叢雲=̠顔の前に刃を交差させながら機械仕掛けの脚力で火線を掻い潜る――吶喊/アームスーツに数メートルの距離まで肉薄――機関砲を投げつけられる/逆袈裟に右腕を振るう――両断される機関砲=視界が一瞬遮られる。

 突如、アームスーツの右腕が

 咄嗟のことに瞠目する叢雲=ロクに対処できず――バカでかいクローに改造された右手に両腕ごと胴体を掴まれる/抜け出そうともがく/下水道の壁に叩き付けられる――身体がバラバラになりそうな衝撃=肺から息が全て押し出される・脳が強烈に揺れる/そのまま高速で振り回される。

 壁・床・天井/あちこちに叩き付けられる――視界が暗転するブラックアウト/〝飾り耳オーア〟=頭部の獣耳のような機器が発する抗磁圧のヘルメットが、下水やコンクリから頭部を保護/衝撃は殺しきれず――強烈な脳震盪に襲われロクに抵抗できないまま、地面に投げ捨てられた。

 叢雲の両腕=黒ヤギの脚に押さえつけられる/重みに拉げる。

 叢雲――ボーっとする思考回路/身体をロクに動かせず/どうにか相手を見据える/視界に入ったもの=アームスーツの予備拳銃サブアームの銃口。

 ――連想=こびりついて離れない最悪の思い出トラウマ/まるで、の繰り返し=どこか遠い所から訪れる感想。

 暗闇をさ迷っていく思考――徐々に現実が遠くなる/心の暗闇と向き合う。

 闇に落ちていく視界・思考/心の暗闇――その奥底でが嗤う。

(まだ死んでいないのか?)

 背筋を凍らせるような声/心を冷やりとさせるものが忍び寄る――虚無へと引きずり込んでいく。

 聞き慣れた音――大気を切り裂く発砲音=若葉のガトリングガン。

 黒ヤギ=幽霊のようにフワーっと浮いたかと思うと、そのままスーッと高速で退避/見た目に合わず俊敏かつ静穏/ガトリングガンの掃射に捉え切れず――音響探査にも反応は無し。

 若葉=舌打ち/グッタリとした叢雲を抱きかかえる。

「叢雲!」

 どこか遠いところから反響するような呼び声/「う……」とか「あ……」とか呻く叢雲――意識が現在と過去を彷徨う/虚無が退いていく/悪魔が叢雲の内側から立ち去る――口元に薄い笑み/聞き取れない言葉を残して。

 しばらくして、下水道に降ろされた担架に乗せられて地上へ/意識は相変わらずさ迷ったまま/やがて暗闇へ――悪魔の去った底へと落ちていった。

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