第2話 再会

 ライブは盛況のうちに終わった。私は楽屋に戻り、鏡の前に座った。

「エアリ、おつかれ」

 マネージャーのかおりさんが笑顔で声をかけてきた。

「おつかれさまー」

 私も笑顔で返した。火照った体、あえてそのままだ。もう少しライブの余韻に浸っていたい。

「少し一人にしてもらっていい?」

 いつものことだったので、香さんはすぐに頷いた。

「わかったわ」

 他のスタッフも促して外に出てくれた。

「ふー」

 落ち着いた一人の時間を溜息から入った。ああ、もう、昔のことなんかどうでもよくなっちゃったなー。どこへ行っても私はパフォーマンスをして、みんなが合わせて盛り上がってくれる。最高の瞬間が何度でも訪れる。昔嫌なことがあったところだって同じこと。こだわるのがバカバカしくなっちゃった。

 昨日までは不安でいっぱいだったのが嘘みたいだ。本気で、途中で歌えなくなるかもと思ってた。フラッシュバックとか、起きちゃうかもと思ってた。

 でも、やっぱりあの人と会えたせいもあるんだろうな。不思議な人だった・・・というか、何者? 人ひとり抱えて門を飛び越えたり、バカみたいに足がはやかったり。でもすっごく笑顔が優しそうで、なんか安心できた。恋しちゃった気分だったけれども、次の瞬間、あの人の笑顔は私にだけ向けられるんじゃないんだろうなぁって気づいてしまった。近くにいたのに、遠い人のようだった。

「ふふっ」

 思わず笑ってしまった。ファンの人が私に対して思ってそうな感想と同じかな?

 また、逢えたらいいなぁ。

 そんなふうにちょっとほっこりとした気分に浸っていた時、ドアの開く音が突然して、思わず振り返った。誰もいない。さすがにぞっとした。

「ニャー」

 足元で気の抜けた声がして一気に緊張がほぐれた。下を見ると足元に一匹のトラネコが座っていた。

「あらあらねこちゃん、どこから入ってきたのかな?」

 抱き上げようとしたけれど、まだステージ衣装だったのを思い出し諦めた。代わりにしゃがんで頭をなぜると、おとなしくなぜさせてくれた。喉も鳴らし始めたので、すっかりいい気持になってなぜ続けた。そのため、別の一人が部屋に入ってきたのに、すぐには気づけなかった。

「エアリちゃん」

 女性の声だ。聞いたことのあるようなないような声。猫から目を離して扉の方を見た。

 女性がひとり立っていた。ジーンズにTシャツ。よくある目立たない服装。顔は・・・。自分の顔が強張るのを感じた。少し年を重ねてはいるが、忘れたかったけど忘れられなかった顔。かつて毎日嫌でも見せられた顔。

「加奈子、加奈子なの?」

 相羽加奈子、私をいじめた相手だ。自然と体が縮こまって動けなくなる。ほとんど条件反射だ。それでも、なんとか力を振り絞る。時間の経過と、少しは付いた自信のおかげだ。

「何しにきたのよ? もう、私は昔の私じゃない。あなたはもう、私に何もできないわよ!」

 思わず叫び声になった。

「そうじゃないの」

 加奈子の声も私と同じくらい大きくなった。

「わたしは、謝りにきたの」

 一瞬加奈子の言葉を飲み込めなかった。

「今さらなによ!」

「そうだよね。そう言われるとは思ってた」

 声のトーンが下がり、彼女はうなだれた。

「しらじらしい」

 私の方は感情の高ぶりが抑えられなかった。

「本当なの。昔の私はバカだった。あなたの気持ちなんて、まるで考えられなかった。でも、あるとき我に返ると、自分はいったいあなたに対して何をしてたんだろうと思うようになった。どうしてあんなひどいことができたんだろうと。

 ずっと後悔してた。テレビとかで活躍しているあなたを見ると、そのたびに昔のことを思い出して泣きたくなった。あなたがここでライブをすると聞いて、いてもたってもいられなかった。なんとか直接会って、謝ろうと思った。それでここまで来たの」

「謝ってなんてもらいたくない。今すぐ出てって」

「少しだけでも話を聞いて」

 彼女がこちらに歩み寄って来た。体はすくんだ。でも、気持ちは彼女をこの上もないくらい拒絶していた。

「近寄らないで!」

 私が叫ぶと同時に、背後から物凄い風の音がした。風は私の横を吹き抜け、加奈子にぶつかっていった。彼女は吹き飛ばされた。

 何が起こったのかわからず、動かなくなった彼女をしばらく呆然と見つめていたが、さすがに心配な気持ちが大きくなってふらふらと近づいていった。

「大丈夫なの?」

 顔を覗き込むと、血まみれだった。Tシャツもジーンズもあちこち切れ目が入っている。

「これ、私がやったの・・・?」

 否定したかった。でも、あの時何かが私の中で起こったのを確かに覚えていた。

「いやー!」

 部屋の反対側へ走り、うずくまった。逃げ出したい・・・、そう思った途端、風が私を包み込んだ。

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