滞在一日目(夜)

 旅館の外が賑わいだしたころ、私とリリは旅館の地下に来ていた。

 地下も泊まる部屋と同じく木を中心にした落ち着いた内装だ。


「いらっしゃいませ、空いている席へどうぞ」


 促されるまま、椅子に座る。メニューにはコカトリスの肉を使った料理の他、聞いたことがない料理も沢山載っている。


「ご注文お決まりですか?」


 メニューを眺めていると、いつの間にかリリが人を呼んでいた。


「ジジは決まった?」


「そうだね――えーと、コカトリスのステーキとハーブソースのサラダ、あとバターロールかな」


「じゃあ、私はコカトリスのシチューとバターロール、後ミントのシャーベットを食後にお願い」


「かしこまりました」




「ねぇ、暫くこの街に滞在するの?」


「そうだね、今回は急ぎの用もないし暫く滞在する予定だよ」


 いつもは何かと忙しいが、珍しく今回は何もないので、少しゆっくりしようと思う。

 そういえば、オーロラが見れるかもしれないと聞いたので、リリと見に行こうかな。


「じゃあ、明日は町を散策したいわ。付き合ってくれるかしら?」


「もちろん」


 道具の補充もしたかったので、丁度いい。お昼は何か美味しいものでも食べてこよう。


「お待たせいたしました」


 注文した料理が、カートに載って運ばれてきた。

 匂いと音が食欲を沸き立てる。


「ごゆっくり」


 料理を並べ終え、ウェイターが戻る。


 さて、晩餐の時間だ。

 まずは、コカトリスのステーキからだ。熱々の鉄板の上でジュージュー音を立てている肉の真ん中にナイフを入れると、分厚い見た目に反してスッとナイフが入った。

 少し大きめにカットして口に入れると、舌の上で肉が溶けて消えた。こんなに柔らかい肉を食べたのは初めてだ。付け合わせの野菜も肉の旨味を吸って、口の中が幸せだ。

 口の中に肉の旨味を残しつつ、バターロールも口に入れる。外サクサク、中もちもちでバターのほのかな香りが後から追ってくる。

 そしてサラダ。ハーブソースが口の中をさっぱりとさせる。スライス玉ねぎのほのかな甘味と辛味、レタスのシャキシャキ感がまた絶妙だ。


「ジジは美味しい物を食べるとき、無言になるわね」


「ごめん、でも本当にここの料理は美味しい。そっちのシチューはどう?」


「美味しいわ。食べてみる?」



 シチューとステーキを交換する。リリは早速口に肉を運び、頬を抑えている。気に入ったみたいだ。


 シチューの中には、大きめにカットした野菜と肉がゴロゴロ入っている。

 スプーンで肉をすくって口に運ぶと、口一杯に肉の旨味と甘いクリームが広がった。これも美味だ。かなり脂が多い肉なのに、クリームと喧嘩をしていない。


「気に入ったみたいね」


「うん、ここにして正解だった」


 どの料理も本当に美味しかった。明日の夕飯もここで決まりだな。


 リリがシャーベットを食べる間、珍しくワインを頼んだ。リリに意外そうな顔をされたが別に飲めないわけではない。軽く酔いたい時だってある。


「夜中、襲わないでね?」


「大丈夫、そこまで泥酔する気はないよ」


「そう……」


 何故か少し残念そうな顔になった気がした。



 明日、ギルドに行って主の情報を探そう。一応世界中のギルドに人探しの依頼は掛けているが、まあ皆無だろう。あの男の事を信じすぎたかも知れない。だけど、私が転生出来たのだから主も来ているだろう。何となくの勘だが……



「さてと、そろそろ行こうか」


「そうね」


 会計後、少し外を散歩することにした。珍しくリリもついてきた。


「雪はなくても夜は冷えるわね」


「そうだね、風邪を引くといけない」


 羽織っていたコートをリリに掛ける。


「ありがとう……」


 リリの顔が少し赤い。寒いのだろうか?


「そろそろ戻ろうか……」


「もう少し……」


 リリが指差す方にベンチがあった。腰をかけ辺りを見回すと、外を歩く人みんなが白い息を吐いていた。


「寒くない?」


「大丈夫。ねぇ、ジジは好きな人とかはいるの?」


「ん? 考えたことは無いけど、いないよ」


「そう……」


「リリ?」


「なんでもないわ。帰りましょ」



 誰かが空を指差し、歓声を上げた。

 その声につられて上を見ると、オーロラが出ていた。


「綺麗」


「そうだね」


 それから暫く、私はリリとオーロラを見ていた。

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