神殿と、ガーディアンと、全ての記録



『侵入者確認 排除します 排除します 排除します』


「わあああもおおおお!!」

 クロヤについていったぼくたちを待っていたのは、非情なAIの攻撃だった。

 後ろから光線を撃たれながら、長い石造りの廊下をつっぱしるぼくたち。

「言ったでしょう、危険だと」

「にしても! さ! なにあれ!?」

「図鑑で確認してみては」

「登録されてるの!?」

 言われた通り、デバイスの図鑑機能でぼくは背後のそれらを写し取る。

 飛行ドローンに目と光線銃がついたそれらに、図鑑は音を立てて反応する。


 ガーディアン・θ。


 それがぼくらを狙い撃つやつらの名前だった。

「なんで登録されてんの!? あれもサイバクルスなの!?」

「それは無いだろうな」

 答えるのはイナズマ。もうライオクルスの姿になっている。

「あれ、サイバクルスっていうより機械だろ」

「だよね!? なんで登録されてるの!?」

「それはもちろん、『最初からそういうデータがあったから』ですよ」

 あっさりと答えて、クロヤは「ノワール」とかたわらの黒騎士に呼び掛ける。

 騎士はずざっと音を立てて、立ち止まり振りかえる。

「撃たれるよ!?」

「問題ありません」

 θの光線が、ノワールへと向けられる。

 が、ノワールは剣の腹でその光線を弾く。向きの変わった光線は何もない壁に当たり、ジュっという音と共に壁を溶かす。

「斬りなさい」

 クロヤの言葉が聞こえた次の一瞬には、ノワールはだんっと床をけり、θのボディを真っ二つにしていた。

 破壊されたガーディアンは、爆発して跡形もなく消え去る。

「これで一息吐けますね。……さて、何の話でしたっけ」

「だから、アレなに!?」

「図鑑で見たでしょう? ガーディアン。この神殿の防衛プログラムです」


 神殿。

 それはぼくらが今いる場所のことだ。

 未開の森の奥に隠された、小さなアクセスポイントから行ける特殊なエリア。

 この奥に、クロヤが探しているという情報が眠っている。


「じゃあ、どうしてガーディアンは図鑑に登録されてたの? それに……」

 サイバクルスで倒すことが出来る、っていうのも不思議な話だ。

 この場所を守りたいなら、『倒せないプログラム』を作ればいい話だ。

 って、そんなこと、前にも思ったな……?


「……。この世界は、元々サイバクルスたちだけの世界でした」


 するとクロヤは、少し考えてからそんなことを口に出す。

 前にイナズマから聞いた話だ。元はこの世界に人は一人もいなかったって。

 でも、それとガーディアンのことが、どうつながるんだろう?


 考えている内に、ぼくらは大きな扉にたどり着いた。

 きっとまたなにかあるんだろうな……と思ってそれを開く。


 広くて大きな空間。

 何もないのかな、と思って一歩二歩と進むと……


「――止まれ、ユウト!」


 突然、イナズマが叫んでぼくを扉のほうに引き戻す。

 と、天井から音を立てて、機械で出来た巨人みたいなやつが二体、降って来た。


 ガーディアン・Φ。


 大きな盾と槍を構えた二体が出てくると同時に、ぼくらが入って来た扉と、奥に見える扉とがバタンと音を立てて閉じた。

「倒さないと進めない……ってやつかな」

「だろうな。……おいノワール、やるぞ」

「……」

 イナズマの言葉に、ノワールは答えない。

 ちっとイナズマは舌打ちして、前に出る。


「あれも、登録されてる。……ホントはサイバクルスってことない?」

「ちがいますよ。……ただ、そうですね。ノワールに近い存在ではあるでしょう」

「ってことは、誰かがサイバクルスに似せて作った、とか?」

 えぇ、とクロヤはうなづいた。

 なぜか図鑑に登録されているガーディアン。

 防衛装置である彼らを、なぜだかサイバクルスは倒すことが出来る。


 盾を構えて突進してくるΦ。ノワールは突き出された槍を剣で防ぎ、イナズマは高くとびあがってそれを回避。

 がんっ。ノワールはそのまま剣を振るい。槍を抑えつけてその柄に刃を走らせ、進む。だがガーディアンの盾はノワールの剣を防ぎ、やりかえせない。

 一方でイナズマも、槍のリーチが長いせいか、もう一歩近づくことが出来ない。


「さて、どうしましょうかね」

「……強い、よね……」

 盾と槍。大きな体。スキのないスタイルでイナズマたちの攻撃は効かない。

 ただ一つこっちが勝ってる部分と言えば……


「……イナズマ! とりあえず右に距離を取って!」

「なに!? ……了解した!」


 イナズマがガーディアンから離れる。

 当然、それを追ってガーディアンの一体が走る。


 一方で、ノワールの方は一進一退の攻防だ。槍の攻撃を確実に防ぐノワールと、盾でノワールの攻撃を防ぎ続けるΦ。

「で、次はどうする!?」

 イナズマは壁際までたどり着き、脚を止める。

「もう少しだけ堪えて!」

「……。成程、その手で行きますか。ではノワール、もう少し左へ動いて下さい」

 クロヤの言葉をうけて、じり、とノワールは左へ動く。

 それに合わせて、ガーディアンΦもほんの少し向きを変える。

 ……そう。イナズマに背中をさらす向きに。

 そんな中、イナズマ側のガーディアンが、槍を振るう。

「よけて!」

「っ……!」

 ざがんっ! 切りさく音と衝撃音が部屋に響く。

 狙い通りだ。

 イナズマ側のガーディアンの槍が、壁に突き刺さる。

「今だイナズマ! 左のガーディアンに!」

「……! ああ、そうか!」

 イナズマ側のガーディアンが槍を引き抜くまでの間に、イナズマはその股下を潜り抜けて、ノワール側のガーディアンへと接近。

 その間も、ノワールはガーディアンと攻防をくりひろげている。だから振り返ることは、出来ない。


「くたばれ!!」


 イナズマの両前脚が炎の雷を纏い、ガーディアンの身体を砕き割る。

「やりますね、ユウト君」

「イナズマがやったんだよ。速さでは勝ってたから」

 速度だけなら、イナズマの方が上だった。

 だったら、それを活かせる状況を作ればいい。

「それに、ノワールも一緒だったから」

「オレだけでも勝てたがな!」

「はいはい。っていうかイナズマ、まだ終わってないよ!」

 ガーディアンはもう一体。でももう二体一だ、負ける理由はない!


 *


 その後も、ぼくたちは次々現れるガーディアンを相手に戦い続けた。

 一戦一戦は厳しいけれど、回復しながら進めばどうにか乗り越えられる。

 だけど同時に、乗り越えるたびにぼくの胸には疑問がわいた。


「まるで誘われているようだ……って?」

「うん。だって全部、本当なら必要ないことでしょ?」


 データを隠したいなら、入れないようにすればいい。

 データに何重にも鍵を掛けてバレないようにしておけば、誰にだって触れることは出来ない。

 だけど現実は違う。確かに、最深部にたどり着けないようにトラップは仕掛けられているけど、どれもこれも『サイバクルスとなら乗り越えられる』。


「その答えは、この奥にありますよ」


 クロヤに言われて見て見れば、目の前にはこれまでと違った雰囲気の扉。

 両開きの扉には、片面ずつ何かの絵が描かれている。

「ニンゲンと……ケモノ、だな?」

「なにか意味があるのかな?」

「押しても開きませんしね……」

 ふむ、とクロヤが考え込む。もしかして、ここに来て鍵とかが必要なのかな?

「……いえ、そうですね。ユウト君の言うように、ボクらが誘われているのだとしたら……どうです?」

「これもガーディアンみたく、乗り越えらえる試練ってこと?」

「と言っても、意味が分からん」

 ヒントになりそうなのは、扉の絵だけ。人間と、獣。……獣……?

「あれ、っていうかこれ、なんの動物?」

 描かれている動物は、何かちょっと妙だった。動物だということは分かるけど、ライオンなのかオオカミなのか、別の何かなのか……分からない。

 もしかして、どれでもない? としたら、これが示す意味は……


「……ね、イナズマ。そっちの扉、押してみて」

「押しても開かなかったろ」

「良いから良いから」


 動物の絵が描かれている方をイナズマに押してもらいつつ、ぼくは反対の扉に触れた。と、ぽぅっと扉に光の線が走る。


『マッチング確認 意識データ確認中 10%……20%……』


「おいユウト!? なんか見られてる感じがするんだが!?」

 光の線は、なんとイナズマの身体にも走っていた。

 そして響く電子音。なんかマズい!? と焦っているうちに、パーセンテージはどんどん上がっていく。


『90%……100%……データ確認終了 同調率クリア 扉を開きます』


「んぅぅ……!? おっ、扉が……」

 ゆっくりと、開き始める。

 イナズマの身体に走っていた線はいつの間にか消えていた。

「同調率……なるほど、そういうことですか」

「……やっぱり、絵ってそういう意味だったんだね」

「ニンゲン二人で勝手に納得するな! 説明しろ!」


 つまり、あの絵は動物じゃなくて、人間とサイバクルスの絵だったんだ。

 だから、人間とサイバクルスが同時に押せば開くんじゃないか……って思ったんだけど、実際は、他の条件もあったみたい。


 ようやく扉が開ききって、ぼくらは奥へと足を進めた。

 中には、ゆっくりと回転する大きな結晶。

 その下には、古いパソコンみたいな機械が一台置いてある。


「これでようやくアクセスできるようですね……おや……?」


 クロヤがパソコンに触れた瞬間、結晶の前に、ぶぉんと音を立てて立体映像が浮かび上がった。

 白髪の混じった頭の、痩せた男の人。

 ……誰だろう?


『この映像が開かれたということは、何者かがこのエリアに立ち入ったということだろう。願わくば、それは正しい手順を踏んで行われたことだと信じたい』


「これ、えーと、本物じゃなん……ニャゴな?」

 ばふんっ。力が尽きたのか、ニャゴに戻ったイナズマがたずねる。

「記録映像ですね。一条博士の」

「一条博士?」

「この世界を生み出した人……KIDOの研究者です」


『扉の同調率をクリアしたということは、ここにいる誰かは、サイバクルスと心を通じ合わせることが出来たということだろう』


 同調率。あの光は、イナズマの心の中を探っていたのだろう。


『その誰かに、私は託そう。この世界の真実と、全ての記録を』


 *


 電子空間環境シミュレーター。

 それがネクストワールドの本来の名前だった。


 人間が、いずれ電子の世界に新天地を求めた時のため、その世界は生み出された。人が生きる空間を、計算するために。


 世界を生み出すには、その世界に生きる物を作らなければならない。

 そう感じた一条博士は、気候プログラムと共に、その世界にあるAIを配置した。


 現実の生き物の骨格と、生存本能。

 それを組み込んで生まれたのが、電子演算生体サイバクルス。


 サイバー空間というフラスコに生み出された、人工生命体ホムンクルス

 彼らは戦いの中で自ら成長を続け、シミュレーターの中の世界をより現実に近いモノへ発展させていった。


 だが、サイバクルスの進化はあまりに速かった。

 自己進化を続けた彼らは、敵プログラムの完全破壊能力と、感情に近しい精神データを持つようになっていったのだ。


 技術的特異点。やがて人類をはるかに超えた力を持ちうる存在を、一条博士は生み出してしまった。

 一条博士は、彼らの扱いに苦悩した。安全を思えば消し去るべきだ。けれど一度は生まれ、感情を持った彼らを、ただのデータとして扱っていいものか?

 答えの出ないまま……不幸なことが、重なった。


 KIDOの経営が、傾いたのだ。


 大企業KIDOは、大きなプロジェクトに失敗し巨額の損失を生んだ。

 それを補填するためには、更なるプロジェクトによって利益を得るべし。

 上層部の勝手な判断で、実験の不十分なネクストワールドが一般向けにリリースされてしまうことが決定したのだ。


 断れば、維持費のかかるネクストワールド自体が凍結されてしまう。

 そうなれば、サイバクルスたちは何も知らない内に消滅してしまう。

 決断を迫られた一条博士は、苦肉の策として、ネクストワールド全体にある種のプロテクトを掛けた。


 サイバクルスは、サイバクルスによってしか倒せない。

 サイバクルスのデータを改造することは出来ず、また、サイバクルスは人間の生み出したデータを破壊する力を有する。


 人間とサイバクルスの立場を、対等にしようとしたのだ。

 その後、一条博士は失踪。全てのデータをこの場所に隠し、KIDOはデータを書き換えることも出来ず、そのままの状態でネクストワールドをリリースした。


 ……そして。

 結晶には、ネクストワールドが起動してから今日までの、あらゆる記録が残されていた。


「検索ワード、ウルフクルス」


 そしてぼくたちは、その日起こった真実を知る。

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