幼なじみと、KIDOと、深奥


「そのゲーム、好きなの?」


 それは、ショウと出会った日の事だった。

 小学一年生。まだうまく友達も作れなかった頃。

 ショウはぼくの着ていたシャツを見て、話しかけてきた。

 シャツに書かれていたのは、ぼくが好きだったモンスター育成ゲームのキャラクター。少しだけ古いけど、ぼくらより上の世代ならみんな知ってるキャラ。


 ぼくはただうなづいて、相手の出方を待った。

 その時のぼくは今よりずっと引っ込み思案で、人見知りで……

 だから、初めて話しかけてくれたことが嬉しくても、自分からは何も出来ずに。


「オレもさ、そのキャラ好きなんだ。まーゲームの方はしらないけど」

「……やったこと、ないの?」

「いとこがやってるとこ、みたことあるだけ」


 後で聞いた話だ。

 ショウは一人でもじもじしていたぼくに話しかけるために、必死にキッカケを探してたんだそうだ。

 そして目についたのが、見た覚えのあるキャラ。


「じゃあ……やる?」


 今度、そのゲームをやってみないか。

 ぼくはショウにたずねて……その日から、ぼくとショウは友達になった。


 *


「でも、去年の冬に転校しちゃってさ」


 親の転勤。珍しい話じゃない。

 昔ならそれでもう、ほとんど連絡も取れなくなったのかもしれないけど……

 今なら、ネットでいくらでも繋がれる。

「さびしかったけど、平気だった」

 ぼくとショウは、友だちであり続ける。

 そう信じていて……ようやく……

「……久しぶりに、ここで、顔を合わせて話が出来るなって、思ってたんだ」

 それが現実の身体じゃなくても。

 作り物のアバターでも。

 そこにショウが一緒にいる。一緒に遊べる。

 それをずっと楽しみにして、この世界に来た。

「なのに……なのに、さ!」

 ヴォルフは! ぼくの友だちの意識をうばった!

「……。大事なヤツだったニャゴな」

「……うん……」

 イナズマの言葉に、うなづく。

 ショウとの連絡は、相変わらずつかなかった。

 アプリも、Eメールも、電話も、全部ダメ。

 ショウの家の電話番号なんてぼくは知らないし……


「……ダメだね、ぼく、何にもできない」


 友だちが危ない目にあってるのに、何一つ。

 自分が情けなかった。

 自分が、弱いと思った。

「イナズマみたいに、強かったらよかったのかな」

「……それは、ちがうと思うニャゴ」

 イナズマは首をふって、だけどそれ以上、何も言ってくれない。


 数日が、過ぎた。

 ぼくは時間のある時はネクストワールドにログインして、ショウを探し回った。

 SNSにもヴォルフらしき姿の情報が無いか見回ったし、新しい情報が無いか、アミにも何度もたずねた。


 けど、ダメだった。

 何一つ、手掛かりがつかめない。



 ――そんな、ある日のことだ。


『ヴォルフの件で、お話があります』


 そんなメッセージが、ぼくの元に届いた。

 差出人は、貴堂クロヤ。


 *


「えっと……待ち合わせ場所に着いたよ、イナズマ」


『そうニャゴか。けど、ホントにくるニャゴかね?』

「来る……と思うよ。向こうから言い出したことだし」


 その日、ぼくはネクストワールドにログインせず、現実のある駅前にいた。


 電車を乗りついで、三十分ほど。

 周りはスーツを着た大人ばかりで、小学生のぼくがぽつんといるのは、ちょっと浮いてる。

『しかし、どんなヤツニャゴかね』

「さぁ……」

 スマホの画面には、マイルームのイナズマの姿が映っている。

 ぼくは向こうの世界のイナズマと通話しながら、相手が来るのを待っていた。

 そして、待ち合わせの、五分前。


「綱木ユウト君、ですね?」


 彼は、やってきた。

「こちらでは、初めまして。貴堂クロヤです」

 白いワイシャツにネクタイを締めた彼は……貴堂クロヤ。

 その身長はぼくと同じくらいで、浮かべた笑みも、身長も、立ち振る舞いも、ネクストワールドでの彼と何一つ変わらない。

「……初めまして。綱木……です」

 ぼくは少し戸惑いながら、あいさつを返す。

 やっぱり、クロヤはぼくと同い年くらいなのかな。だけども敬語を使って話す彼との距離感がいまいちつかめなくて、ぼくは落ち着かない。

「あぁ。敬語、使わなくて結構ですよ」

 それを察したのか、クロヤはぼくにそう言った。

「ボクの場合は必要というだけで……ユウト君がボクに話しかける分には、気楽にしてくださって構いません」

 では、行きましょうか。

 クロヤはぼくを連れて、慣れた様子で駅前を歩き出した。

「今は、あのサイバクルスは?」

「通話してる」

『ニャゴ!』

「そうですか。ではそのままで。説明の手間が省けますしね」

 すたすたと、足早に歩く彼は、ぼくを振り返らない。

 そして五分ほど経ち、彼は大きなビルの入口でようやく立ち止まると……


「……ようこそ、KIDOコーポレーションへ」


 *


 KIDOコーポレーション。

 ネクストワールドを運営するIT企業で、あの世界だけでなく、多くのSNSサービスやアプリケーションを世に送り出している巨大な会社だ。


 そのKIDOのビルの中を、ぼくはクロヤに連れられ、歩いている。


「以前に、ボクはKIDOのデバッガーだと言いましたよね」

「うん。……小学生、なんだよね?」


 小学生なのに、こんな大企業で働くなんて、出来るの?

 ぼくが疑問をぶつけると、ふふ、とクロヤは笑う。

「確かに、普通では出来ませんね。そもそもデバッガーだというのも、ボクに与えられた役職の一つでしかないですし……」

 言いながら、クロヤはある部屋の前で足を止める。

 そして、首に下げたカードキーを機械にタッチし、ぼくをまねきよせた。

 ぶぉん。音がして、部屋の照明が灯る。

 広い室内。一番目を引いたのは、無数に光るパソコンのモニター。

 その手前に大きなテーブルがあり、革張りのソファが二つ、置かれている。

 部屋の中に、大人の姿はない。ぼくと、クロヤだけ。

 ってことは、この部屋はもしかして……

「ここ、クロヤの仕事部屋……?」

「えぇ。KIDOにおいて、ボクだけに与えられた設備です」

 普段はここで、ネクストワールド内の数値データの計測や、一定の区域の定点観測を行っているのですよ、とクロヤは言う。

 言われてみれば、モニターの一部には、ネクストワールドの街や森、川……山の景色などが、映し出されている。

 他の画面は、まるで分からない数字やグラフの羅列だ。

「クロヤって一体、何者なの……?」

 ただの小学生に、こんな部屋が与えられるとは思えない。

 だってここはKIDOだ。世界有数の大企業だ。なのに……

「別に、今の所ボクはただの貴堂クロヤですよ」

 さらりと答え、けれど、とクロヤは続ける。


「ボクの父の名は、貴堂ゲンクロウ。

 ……このKIDOコーポレーションの、社長なんです」


「貴堂。……きどう……KIDO!?」

 ああ! そういえば苗字が貴堂! 貴堂クロヤ!

 えっ、そうなんだ!? なんで気付かなかったんだろう!?

「もう少し早く感付くかとも思っていたのですが……」

 クロヤは苦笑するけど、無理な話だ。だってふつう、目の前の人間が大企業の社長の息子かもしれないなんて、考える?

『すごいのか、それ』

「すっごいでしょ!」

「すごくは、無いですよ」

 ピンと来てないイナズマにぼくは答えるけど、クロヤは否定する。

「父が何者であれ、ボクはボクです。そしてボクはまだ、目的を成しえていない。それがすごいわけが、無いじゃないですか」

『目的、ニャゴか。それはユウトを呼びつけたのに関係することニャゴ?』

 そうだった。

 別にぼく、KIDOに社会科見学に来たわけじゃないんだ。

「えぇ、まぁ……そうとも言えますね」

 クロヤは、部屋のすみっこに設置されていたコーヒーサーバーに寄ると、二杯分のカフェオレを作ってテーブルに置く。

「何か、ヴォルフの情報が分かったの?」

 メッセージには、ヴォルフの件で……とあった。

 だったら、何か……社長の息子って立場ならではの情報とか……

「何か分かってたら教えて! それに、ショウがどうなってるのかとかも……!」

「……残念ながら、新しい情報はまだ」

 クロヤは、落ち着いた調子でそう言いながら、カフェオレをテーブルに置く。

「ただし、以前キミがたずねたあの質問には、もうじき答えられるかと」

「……えっと……」


「ヴォルフが言っていたこと。一族を滅ぼされた、とはどういうことか」


 クロヤが、カフェオレを口にする。

 ぼくも目の前に置かれたコップに手を伸ばして、それを飲んでみる。

「甘っ!?」

「おや。砂糖の量は同じはずですが……お口に合いませんか?」

「いや、いいけど、ほとんど砂糖の味だよこれ……?」

 クロヤ、かなりの甘党と見た。

 けど今は、それどころじゃない。ぼくはコップを置いて、クロヤに聞く。

「……ヴォルフが言ってたのって、本当なの?」

「恐らくは。……ただボクも、まだ記録の全てを確認出来たわけではないのです」

『記録? 何か記録が残ってるニャゴか?』

「はい。……ただそれは、KIDOコーポレーションのトップシークレットとして封印された記録なのです」

 トップシークレット。KIDOコーポレーションが、だれにも知られてはいけないと決めた情報……ってことだ。

 ヴォルフの言ってたことが、どうしてそこまでのことになるんだろう?

「彼の件は、ネクストワールドというサービス全体に関わる問題になり得ますからね……父上としても、明るみには出したくないのでしょう」


 だからこそ。


 クロヤはほんの少し前のめりになり、じっとぼくの眼を見つめる。


「その記録を、盗み出す必要があります」


「……はっ!? 盗み出す!?」

 ドロボウってこと!? なんで!?

 クロヤって、社長の息子なんじゃないの!?

「父上はボクにもその情報を明かそうとはしないのです。ハッキングを試みましたが、ダミーの情報も多く……」

「待って、待って待って! それ犯罪なんじゃないの!?」

『ハッキングってなんニャゴ』

 人のコンピュータに勝手に入り込んだりすること!

「……正確にはクラッキングですが。まぁささいな事です」

「そこはどっちでもいいよ。……どうしてそんなことをしなくちゃならないの?」

「ボクの目的のために。そして、キミたちの目的のために」

 にぃ、と笑ってクロヤは言い切る。

 それが、ぼくたちにとってもプラスになる話だと。


「キミたちにも協力してほしいのです。そうすればヴォルフの過去は明らかとなり、ネクストワールドの全てを知ることができ……ひいては、彼らの野望を阻止することにつながるのですから」


「そん、なの……」

『犯罪。悪い事ニャゴ。やる必要はないニャゴ』

「けれど、今のKIDOではキミの友だちを救うことは出来ませんよ? ……彼らは……進化体クルスのこと自体、表ざたにするつもりがないのですから」

「っ……!?」

 友だちを、助けられない。

 そんな可能性を突きつけられたら、ぼくは……

「心配しないでください。失敗したとして、捕まることはありませんから。……せいぜいボクが今の立場を失い、キミもアカウントを凍結されるくらいですね」

『……よく考えるニャゴ、ユウト。つまり失敗したら次はないってことニャゴ』

 そうだ。その記録を盗み出すのに失敗すれば、ぼくはショウを助けるどころか、イナズマに会う事も出来なくなるかもしれない。

 ……だけど……今、このままで、ぼくはショウを助けられるのか……?


「……。ごめん、イナズマ。手伝ってほしい」


 考えて、考えて、しぼり出す。

『本当に、いいニャゴね?』

「今のぼくに出来る事、それしかないから……お願い」

 勝手な話だな、って思う。

 元々はイナズマがヴォルフにやり返すために動いてたのに、今は……ぼくが友だちを助けるために、イナズマに頼んでる。

『分かったニャゴ。ユウトがそうしたいなら、ニャゴも付き合うニャゴ』

「ありがとう、イナズマ」

 だけど多分、イナズマはそんなこと気にしてないだろう。

『ニャゴも、ヴォルフのことは気になってたニャゴ。あの話、本当かどうかは確かめてなかったニャゴしな』

「では、話がまとまったということで」

 ユウトはぐっとカフェオレを飲んで立ち上がると、デスクの上に置いてあったゴーグルを一つ、ぼくの前に置く。

「これは?」

「ボクが調整したVRマシンです。初期ログイン位置を変更してあります」

 これで、ネクストワールドにログインしてください。

 クロヤは説明を始める。

「データって、ネクストワールドにあるの?」

「えぇ。ネクストワールドのは、あの世界の地下深く……エリア・アビスに眠っていると分かりましたので」


 ただし、とクロヤは続ける。


「その最深部へと辿り着くには……無数のワナや試練を乗り越える必要が、あるのですがね?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る