怒りと、仲間と、ちいさな糸
黒騎士の剣が、灰色のオオカミへと振り下ろされる。
だけど、シンプルなノワールの攻撃はヴォルフには通じない。
以前のイナズマのように軽々とかわして、隙をついては飛び掛かる。
「……ノワール」
短く、名前を呼ぶクロヤ。
ノワールは静かにその一撃を、剣の柄で受ける。
そして両の手で持っていた剣を左手だけで支え、空けた右手でヴォルフの顔へパンチをくりだした。
「ヴォヴ……!」
うなりをあげて、飛びのくヴォルフ。
前のイナズマとの戦いでは見せなかった動き方だ。
「……獣型クルスへの対応を、アップデートしてあります」
ぽつり。クロヤは横目でちらとこちらを見ながら、一言。
イナズマとの戦いを活かしたんだ……すごいことなんだけど、モヤモヤする!
「ユウト! よそみしてる場合じゃないニャゴ!」
「そうだった!」
ぼくらはと言えば、たくさんの『解放された』クルスに囲まれている所。
彼らはみんなぼくとイナズマに狙いを定めていて、逃げるのは難しそう。
つまり、突破するしかないんだけど……
「……よし、イナズマ! まずはあのヒッポクルスの眼を引き付けて!」
「了解ニャゴ!」
イナズマが囲みの一角に飛び出し、カバに似たヒッポクルスの足元へもぐりこみ……ザッ! 爪でその足をひっかいた。
おどろいたヒッポクルスは前脚を上げ、その下のイナズマを踏みつけようとするが、するりとイナズマはそこから退避。
どこだ、と探すヒッポ。そこへ……ぼくは、走り込む!
「ニャゴっ!?」
「っ、たぁ!」
だんっ! ヒッポの頭に手を突いて、ぼくは思いっきり彼の上を飛びこえる。
跳び箱、と同じ感覚だ。
「やるニャゴね、ユウト!」
「うん! ……いやほんと、うん!」
ぼく、現実だと跳び箱苦手なんだけど。ヒッポくらいの高さの段、飛べたっけ?
とにかく、これで囲みは抜けた!
もちろん、クルスたちはぼくたちを追ってくる。
部屋の奥ではノワールとヴォルフの戦い。入口は封鎖したってクロヤが言ってたから……この狭い部屋で、戦わないといけないんだけど。
「イナズマ!」
距離をとりながら、いそいでぼくはデバイス内のお肉データを取り出す。
走りながら投げたそれを、イナズマは空中でキャッチし、もがもがと口に入れ、飲み込んだ。
「腹一杯には遠いニャゴが……!」
ひとまずは。
イナズマの周りに、炎と雷が集まる。
光でイナズマの姿が見えなくなったかと思えば……ばん!
炎と雷が飛び散って、中から、ライオクルスとなったイナズマが飛び出す。
「イナズマ! あれをやって!」
「そのつもりだ!」
イナズマの前脚に、雷が走る。
高くとんだイナズマは、クルスたちの固まっているど真ん中に向けて、どん!
それは床をえぐり、弾き、衝撃波でクルスたちを吹っ飛ばした。
「あとはお前だけだぞ、ヴォルフ!」
解放されたクルスたちは、気を失って倒れた。
急いでノワールの加勢に……と思ったその時、ぼくらの前に、すっと黒い人影が立ちふさがる。
「……」
それは、フードを被ったヴォルフのアルケミストだ。
彼はしゃべらず、ただすっと腕を前に出す。
すると……なんと、倒れたはずのサイバクルスが三体、再び起き上がって来た!
「……ここは通さない、というわけか……?」
フードのアルケミストは、ただデバイスを使って、立ち上がったサイバクルスを回復させる。
「……。戦って、イナズマ!」
ぼくは少し考えてから、そのサイバクルスの相手をイナズマにたのむ。
イナズマはうなづいて、ぼくから少し離れた位置に動いでそのサイバクルスたちを向き合った。
「……君は、なんでこんなことしてるの?」
それから、ぼくはフードのアルケミストに問いかけた。
身長はぼくと同じくらい。さっき聞いた声は声変わり前の子ども声で……つまりこのアルケミストは、ぼくやクロヤと同い年くらいなんだろう。
もちろん、設定で大人が子どものフリをしてる、って可能性もあるけど……それでも同じ目線にたって、ぼくは聞いてみた。
答えは、無い。
「ヴォルフは……街を壊そうとしてるって、イナズマが言ってた。人間を嫌いなんだって。……じゃあ、なんで君はヴォルフと一緒にいるの?」
「……」
「何か理由があるの? 君も人間が嫌いだとか……それとももしかして、何も聞かされてない?」
ぼくには分からなかった。
ネクストワールドで……この世界で楽しく遊んでいる人たちは、とってもたくさんいる。なのにわざわざそれを壊そうとする人の気持ちが。
「……」
やっぱり、彼は答えない。
「……。ねぇ」
ぼくはムカッとして、一歩彼に近付く。
やっぱり反応しないから、もう一歩。
「なんか答えてよ。……なんでいつまでも、無視するんだよ!」
ぐっ。ぼくはそいつの胸ぐらをつかんで、フードを払った。
「……えっ」
顔が見えた。……見えるはずの無い顔。
だって、フードの下にあった顔は……
「……ショウ?」
友だちの顔だった。
「ショウ。たしか、キミとフレンド登録されたアカウントの名ですね」
クロヤが言う。いや、そんなわけ……なくない?
「ちがう。ショウじゃない。だってショウは最近忙しくて来れてないって……」
「……。フードが取れたことで、こちらでもアカウントの認証が出来ました。キミにも、友人のログイン状態は分かるハズですよ?」
言われて、慌ててウィンドウを取り出して、確認してみる。
ショウは……ログインしている。ゼロ分前。今もネクストワールドにいて……
「なんで……ショウ、これどういうこと!?」
それでも、答えは無い。
どころか、ショウはぼくを見てすらいない。
ぼんやりと宙を見つめている。まるで、意識がないみたいに……
「意識……っ、ヴォルフ! お前が! ショウに何かしたのか!?」
叫んだ。そうじゃないとおかしい。
だってショウは、こういうことするようなヤツじゃないんだ。
ぼくと親友だったショウは、優しくて、強くて、だから……
「ああ、そうだ」
ヴォルフはノワールの剣をかわしながら、低い声で答える。
「そのニンゲンは、しばらく前にオレたちの目的のため、捕えた。……そうか、メッセージを送ってきていたのは、キサマだったか」
「っ!!」
走る。ぼくはヴォルフへ一直線に。
「待て、ユウト!」
「ショウに何したんだ! 言え!」
「意識を乗っ取った。オレたちがキサマらニンゲンの街に侵入するには、それが一番良いだろうからな」
「ふっざけんな!」
拳を握って、なぐりかかる。
許せない! ぼくの友だちを……ショウを! こいつ、ただじゃすまさな――
「ニンゲン風情がなんのつもりだ!」
吼える。ヴォルフは声を上げると、だんっと踏み込んでぼくの身体を突きとばして。吹っ飛ばされたぼくは、壁に思いっきり背中をぶつけて。
「フン、まぁいい。まずはキサマに味わってもらうとしよう。オレたちの受けた苦しみ、痛み……!」
迫って来る。ヴォルフは牙を剥いて、標的を、ぼくに変えて。
喰われる、と思った。ショウのこと、何もやりかえしてやれずに、ぼくは……
牙が目の前に広がる。くそ、ぼくは何も出来ない。ぼくには……!
「落ち着け、ユウト!」
びっ。
顔に、何かが掛かる。
それがイナズマの身体から噴き出たものだと気付いたのは、その三秒あと。
「……イナ、ズマ……?」
イナズマが。肩を、ヴォルフに噛まれていた。
牙が、イナズマの身体に突きささって。ささった部分から、データが光となってもれ出して。顔に当たったのは、そのデータ片で……
「落ち着けユウト……戦うのは、お前の役目か……?」
「でも……でもぼくは……」
「友人を利用された。怒りを覚えた。それは良い。オレだって怒る。だが忘れるな……ユウトには、オレもいる」
……そうだった。
ぼくは一人でここに来たわけじゃない。イナズマと一緒に。
「……ふざけるなッ!」
グギギ、とヴォルフは更に顎を締め、イナズマの肩に喰いつく。
「何を言っている、ライオ! ニンゲンに肩入れするなど言語道断! キサマには言ったハズだ、伝えたハズだ! ニンゲンが我らに何をしたのか! ニンゲンが我らの敵である事実! だのに、キサマは……!」
「噛み付きながら叫ぶな。響く」
ギンッ。イナズマはヴォルフをにらみつける。
激痛のはずなのに。身体から光がどんどんともれ、息が荒れていく。
なのにイナズマはしっかり立ったまま、ヴォルフを見て、言う。
「たとえお前の言う事が事実でも、ユウトは違う。ユウトはオレの友だちだ。だから助ける」
「ニンゲンと友などと! 戯言だ! ニンゲンはオレたちを道具としか見ていない! 良いように扱われ、捨てられるのがオチだ!」
血走った瞳。ヴォルフの怒りに満ちた感情を目の当たりにして、けれどイナズマは揺るがない。
「知るかバカ」
カンタンな、ただの一言で、ヴォルフの言葉を切って捨てて。
「ニンゲンニンゲンとうるさいぞ。オレが友だちになったのは、ユウトだ」
「……っっ!」
言葉にならない唸り声をあげて、ヴォルフがイナズマの肩をかみ砕こうとした、その時。
だんっ! 背後から振り下ろされる剣。ヴォルフはすんでのところでそれを避けて、数歩、ぼくらから距離を取る。
「おや。熱くなっていたからチャンスだと思ったのですが」
「冷血漢め!」
「仕事なので、私情は禁物なんですよ」
薄笑いを浮かべる、クロヤ。
ぺっ、とヴォルフは口に入った何かを吐き捨てて、剣をふるったノワールと、傷付いたイナズマをにらみつける。
「ユウト君、いまの内に回復を」
「あっ……! イナズマ、今治すから!」
ぼくはいそいで回復アイテムを彼に振りかけて、傷をいやす。
イナズマの肩のキズが治り、荒くなっていた息も、整って。
「さて。これでボクらの方が優勢だということになりますね?」
見れば、さっきフードのアルケミスト……ショウが復活させたサイバクルスたちも倒れていて、場にいるのは、ヴォルフとぼくらのみ。
じゃああとは、ヴォルフを倒せば問題は解決……のはずだけど……
「……ヴヴ……」
低く、うなって。
ヴォルフは怒りを抑え、言葉を発する。
「忘れるなよ、イナズマ。ヒトは必ず、オレたちサイバクルスを破滅させる」
一言、一言。
絞り出すように。確認するように。
ヴォルフはイナズマにだけ、言葉を投げかけた。
「オレの一族が滅ぼされたように、やがては全てのサイバクルスが……恭順か、滅亡か、その二択を迫られる」
だから、考え直せと。
そうでなければ、今度こそキサマを消す、と。
「まるでここから逃げられるかのような言い方ですね?」
クロヤが首をかしげる。
入口は閉じ、二体一。いくら強靭なヴォルフといえど、ここから逃げる術なんて……そう、思った時。
「タグリ!」
ヴォルフは、何者かの名を呼んで。
「えぇ、えぇ、準備してましたとも!」
甲高い、笑いの混じった誰かの声が、地下に響く。
「新手……!? まさか……」
さっ。デバイスを操作するクロヤ。目を走らせる、その間に。
小さな細い糸が、ヴォルフとショウの身体に巻き付けられて。
するするするする! 瞬く間に彼らがマユに包まれたかと思うと、ぱっ。
次の瞬間には、その中身は消え、糸だけが場に残された。
「……逃げられましたか……」
はぁ、とクロヤは溜め息を吐く。
「おい、どういうこと……ニャゴか……」
ぼんっ。イナズマは時間切れのためか、ニャゴに戻りながら彼に尋ねる。
「一瞬だけですが、この場に別のサイバクルスの反応があったのですよ。おそらくはそれが、ヴォルフとショウをこの場から連れ去ったのでしょう」
糸を操る、サイバクルス。
正体が分からないまま、ぼくらは手掛かりを失ってしまった。
逆に、ぼくらの手元に残されたのは……
「ショウ……どうなったんだろう。……それに……」
友だちのアカウントが奪われたという事実と。
「……ねぇ、クロヤ。
ヴォルフの言っていた……『一族が滅ぼされた』って……何の事かな?」
ヴォルフというサイバクルスの、過去への、糸口。
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