フードと、ヴォルフと、解放と
長い階段を下って。
うす暗い、倉庫のような場所に、ぼくたちはやってきた。
「……広いニャゴね。それにヒトもたくさん……」
「うん。……みんな、アルケミストだね」
アリアから『サイバクルスを強くしてくれるウルフクルス使い』の話を聞いたぼくたちは、その正体を確かめるためにここへ来たのだ。
中にはもう、色んなクルスを連れたアルケミストたちが集まっていた。
「よう、お前も来たんだな」
「ランキングあげたいしさ」
「ってか、この話ってマジなんだよな?」
ひそひそと、他のプレイヤーたちのしゃべり声が聞こえる。
多くの人はフードやマスクみたいな顔を隠すパーツをつけていて、ひそめた声音が、今やっていることの後ろ暗さを示してる。
なんとなく、居心地が悪かったし、うす気味が悪かった。
階段の前に立ってるわけにもいかないから、ぼくたちはゆっくりと中に入って、壁に背中をつける。
じろ、とぼくらを何人かのアルケミストが見たけど、顔を上げると、すっとそらされた。
ぼくは、辺りを見回す。
「……いないね、まだ」
ラビットクルス、リザードクルス、アルマジクルスに、ゴリラクルス……
色んなサイバクルスがいるけど、ウルフクルスの姿は見えない。
それにしても……。
ぼくは周りのアルケミストを見て、何か胸にひっかかりを感じた。
もやもやする。それは場の雰囲気が暗いから、ではないと思う。
「おっ、けっこう集まってんじゃーん」
と、そこへ声がして、見れば、また何人かのアルケミストが階段を降りてやってくるところだった。
「へぇ~。チーターってこんないるんだ? ま、そりゃ強くなりたいよなぁ」
チーター。ゲームで不正なデータ改造をして、無意味に場を荒らすプレイヤー。
やっぱり、ここで配られるのは、不正なプログラム……いわゆるチートってやつ、なんだろうか?
「でもよ、こんなに数いたらあんま意味なくね?」
「確かに! 強いのがむしろフツー、みたいな?」
げらげらと笑う彼らは、場の空気からは少し浮いていて、何となくみんなが不愉快そうに顔をしかめる。
「ほら、あのクルスとかめっちゃ弱そうじゃん?」
その中の一人が、中にいるラビットクルスを指さして言う。
ぴく、とそれを連れたアルケミストが目を動かすが……何も、言わない。
「なんで? 自分のパートナー悪く言われたのに……」
「……その強さに不満があるから、ここに来てるニャゴ」
ぼくの疑問に、イナズマはそう答える。
そうか、と思ってぼくはもう一度、自分の周りを見回した。
そこでようやく、さっきの違和感の正体に気が付く。
誰も、自分のパートナークルスを見ていないんだ。
そわそわと周りを気にしたり、端末を見たり、他のアルケミストを眺めたりするだけで……隣にいる自分のサイバクルスのことは、全然見ない。
でもサイバクルスの方は、時折パートナーの事を見上げている。
……その事が、なんだかぼくには悲しくて……
「ま、チートも仕方ないよな。せっかく捕まえたクルスがこんなに弱くちゃあ!」
「だ! よ! な! クソザコクルスとか存在価値ないし~?」
同時に、ムカついた。
「イナズマ、ぼくあいつらに……!」
「ダメニャゴ。大人しくしてるニャゴ」
「……だって……!」
サイバクルスの事をあんな風に言ってる。
だから、一言言い返してやらないと気が済まない。
イナズマは嫌じゃないの!? サイバクルスにだって、感情が……
「今暴れたらどうなるニャゴ? 解決、するニャゴ?」
「それは……」
たしかに、そうだ。
ぼく達は今、ウルフクルスを待ってるんだ。
イナズマを傷つけた犯人で、街を壊そうと狙っているらしいそいつ。
手がかりは今の所、ここしかなくて。
だから、変に目立って逃げられでもしたら、困る。
分かる。分かるけど……いやだ!
「ダメだよイナズマ、それでもぼく……」
「しっ! ……来たニャゴよ」
その時、ちょうど。
かつんかつんと足音を立てて、また誰かが、おりてきた。
黒いフードを被ったアルケミストは顔が見えないけれど、隣にいるサイバクルスは、一目で分かる。
ライオクルスと同じくらいの大きさで、黒に近い灰色の毛を持った、オオカミを思わせるサイバクルス。
赤い瞳が、ぎろりと室内のみんなをにらみ付けた。
「……間違いないニャゴ。アイツが……」
あれが、ヴォルフ。
イナズマと同じ、進化したサイバクルス。
「ようこそ、お越しくださいました」
だけどヴォルフは何もしゃべらず、階段の下で足を止めたフードのアルケミストが、思いのほか高めの、男の子みたいな声でしゃべりはじめる。
「皆さんは、サイバクルスを強くするために集まった。そう、ですね?」
「そうだよ。で? 改造データってすぐもらえんの?」
フードの男の問いかけに、さっきやってきたばかりのアルケミストが答える。
そわ、と周りのアルケミストたちも浮足立った感じで、身体をそちらへむけた。
「もちろんです。サイバクルスは連れてきていますよね?」
「あーいちお? でもさーこいつマジクソ弱いんだけど、強くなんの?」
ばしん、とそいつは乱暴に自分のサイバクルスの頭をたたく。
む、とたたかれたカバのクルスはうなるが、やり返しは、しない。
「……ひどい」
やり返せないのを分かっててやってるんだ、アイツら。
フードの男もヴォルフもその光景には何も言わず、ただ数歩、前に歩いて。
「では……解放しましょう」
つぶやいて、パチン。
ただ、指を鳴らした。
「……は? なに、今の」
「解放、したのですよ。サイバクルスの真なる力」
「あー、もう強くなったってこと? マジ?」
信じられない、といった風にアルケミストたちはざわついた。
当たり前だ。男は指を鳴らしただけで、他に何かしたようには見えない。
「イナズマ、何か見えた?」
「いや……けど様子が変ニャゴな……」
サイバクルスたちの動きに、変化があった。
それまで大人しくアルケミストたちのそばに立っていた彼らが、ゆっくりと、向きを変え……自分のパートナーへ顔を向ける。
「わっかんねー。マジに強くなったの? どっかで試せない?」
「いえ、もうすぐに分かるはずですよ」
「……え?」
それから、ぶわっと空気が変わって。
気付けば、アルケミストたちは……
……自分の連れたサイバクルスに、破壊されていた。
「は……?」
「素晴らしいですね。貴方たちの連れてきた彼らは、より強く、そして本来の意志を取り戻し……解放されたのです」
「かい、ほ……?」
つらぬかれたアバターが。切りさかれたアバターが。つぶされたアバターが。
へし折られたアバターが。かみくだかれたアバターが。次々と。
光をちらして、その場から、消える。
壊されたんだ、データを。
「これって……!?」
「クロコクルスと同じニャゴな」
データを壊せるサイバクルス。いやそれより、命令もなくアルケミストを攻撃するなんて……まさか……
「っていうか、この状況……」
気付けば地下には、ぼくとイナズマだけ。
「さぁ、残るはキサマだけだぞ、ライオ」
低く、重い声がした。
それから、ぶわっ。突然、ぼくらの前に黒い風が吹く。
いやちがう、ヴォルフが飛びかかって来たんだ!
「ニャゴぅっ!」
ギンッ! 切りかかって来たヴォルフの爪を、イナズマが寸での所ではじく。
マズい、バレてた!? イナズマがここに来てるって!?
「姿を隠そうがムダな事だ。臭いで分かる」
「ハッ! さすがはイヌっころニャゴね!」
「うるさいっ!」
ぶんっ。攻撃はおさえたものの、イナズマの身体はヴォルフによって吹っ飛ばされる。多分パワーで負けてるんだ。
「さっきのはなんニャゴか! 解放!? こいつらに何したニャゴ!」
「決まっている! 野生を、戦う意志をとりもどしてやったのだ!」
吼える。身体を、部屋全体を震わせるような大きく低い声。
牙をむいたその瞳には、明らかな、敵意。
「ヒトに囚われたサイバクルスは、牙を抜かれる! ヒトになにをされようが抵抗の出来ぬ身にされる!」
頭に浮かぶのは、さっきのアルケミスト。
カバのクルスは、叩かれても何も出来なかった。
だから、とヴォルフは吼える。
「解放してやった! ヒトの手から!」
「……なるほど、それが強くする……ニャゴか」
ずざ、と床に爪を立てながら、イナズマが体勢を整える。
だがそこへ、もう一撃。横にとんで逃げるも、地面をえぐるような爪の攻撃は、風圧でニャゴの身体を吹っ飛ばす。
「キサマは! なぜそんなところにいる! ヒトの手になど堕ちて!」
「ハっ。バカ言うニャゴ! ヒトの手に堕ちた……? んなわけないニャゴ!」
「ならそいつはなんだ! そのニンゲンは……!」
ぐるる、と声を上げ。やはり、とヴォルフは続ける。
「やはりキサマは、あの時に消しておくべきだった……!」
「それが出来なかったからこうなってるニャゴな」
「黙れッ!」
二発、三発。
繰りだされる攻撃を、イナズマはギリギリのところで避けているけど……少しずつ、確実に、爪先はイナズマへと近づいていて。
「イナズマ! 今アレを……うわっ!?」
肉を食べさせないと! 思ってデバイスを取り出そうとするぼくに、ヴァウと叫びながら、別のサイバクルスがおそいかかって来る。
「ユウト!?」
「よそ見をするなッ!」
「だっ、大丈夫、とりあえず!」
気付けば、周りのサイバクルスたちがぼくを取り囲んでいて、身動きが取れない。このままだと、イナズマをライオにしてやれない……!
「今行くニャゴ……!」
「よそ見をするなとッ! 言っているッ!」
「っ……ジャマすんニャゴ!」
イナズマは反撃しようとするけど、今の状態じゃ、とてもかなわない。
マズいぞ、このままだと、何も……!
「ライオ、キサマはオレを追ってきたつもりだろうが……! キサマの方が、オレたちに追い込まれているのだッ!」
「ニャグ……」
「おや。思っていたよりマシな状態でしたね」
その時。
ぶぉん、と風を切る音がして。
ずざんっ! 巨大な剣が、イナズマとヴォルフの間に突き刺さった。
「この、剣っ……!?」
イナズマはおどろきながらも、たんっと身をひるがえして、ぼくの元へと駆け寄る。そしてぼくはといえば……いつの間にか入口に現れた彼らに、目を奪われていた。
「入口は封鎖しました。追い込まれているのは誰か、という話をしていましたけど……それはもちろんキミの方ですよ、ウルフクルス」
丁寧な、だけど全然心のこもってない口調。
目の奥が全然笑ってない、一目でウソと分かる笑顔。
貴堂クロヤが、そこにいた。
「クロヤ……!? なんで!?」
「なんでとはご挨拶ですね。フレンドコード、送ったでしょう?」
「承認してないよ!?」
登録するのはちょっと怖かったから、そのままなんだよね。
「えぇ。なのでこっちで登録しておきました」
「はぁっ!?」
あわてて確認すると、確かに、ぼくのフレンド欄にクロヤの名前がある。
勝手に入れられてる! 運営側だからって!
っていうかそんなことするならコード送る意味なくない!?
「というわけで、ユウト君たちの行動は監視していたのですよ。ですから、こうして、ここにいる」
「つまり、ニャゴたちをオトリにしたってことニャゴね」
イナズマがため息混じりに言うと、クロヤはうなづいた。
「キミたちなら、いずれ元凶にたどり着くのでは……と思っていましたから」
「都合がいい!」
ぼく達はクロヤに利用されてしまったらしい。
まぁ、でも、この状況ならありがたい……のかな?
「ではノワール。今度こそバグを削除しましょう」
クロヤの言葉と共に、その足元から黒い騎士が現れ、突き刺さった剣の元まで、一足でとんでいく。
ノワールが剣を構えると、ヴォルフが牙をむき、うなった。
にらみ合いは一瞬で終わり、次の瞬間には、激突。
剣と爪がぶつかり合い、衝撃が風となって周囲に散る。
「チッ。ニャゴたちは……どうするニャゴ!?」
「えっと……まずは、周りのをなんとかしよう!」
ぼくたちは今の所、解放されたサイバクルスに囲まれてしまって手も足も出ない。そこから片付けていかないと。
「ニャゴ。ならメシはその後からニャゴね。とっとと片付けるニャゴ!」
でなければ、エモノをノワールに取られてしまう!
ちょっと怒った口調で言うイナズマに、ぼくは思わず笑ってしまって……
「よし……反撃開始だ!」
ここから、一気に逆転するぞ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます