ワナと、毒と、小さな勇気



 地中から現れたのは、毒を持つ木のクルス、ウッドクルスだった。


「アミ! 逃げよう!」

「アリアだってば! ってかそれは賛成! パッたんは……」

「パタタタタ……!!」

「もう逃げてる!?」


 すでにパッたんはウッドクルスから遠くはなれた場所にいた。

 ぼくたちも、と思ったところで……がくっ。

 急に、足に力が入らなくなってしまった。

「なに、これ……!?」

 見れば、アリアも同じで、地面にヒザをついて動けなくなってる。

 これってもしかして……毒!? でもいつの間に……

「ユウト! あまり息を吸うなニャゴ!」

「そっか、空気に……」

 花粉みたいに、毒をばらまいたんだ。

 もしかしたら、花粉そのものが毒なのかもしれない。

「今助けるニャゴ……!」

 ニャゴがぼくの服をくわえて、ぐぐっと遠くまで運ぶ。

「アリアも一緒に……」

「分かってるニャゴ! それからユウト、アレを……!」

「……っ、うんっ!」

 腕はまだ動く。ぼくはデバイスを操作して、ニャゴが戦う準備をする。

「え、え、え、待ってこの子しゃべってない!?」

「説明はあとニャゴ!」

 とつぜん言葉を話しだしたニャゴに、アリアは驚く。けど、ホントにいまその話をしてる余裕はない。

 ぼくはデバイスから色んな食べ物を出して、ニャゴに声を掛ける。

「ニャゴ! これ食べて!」

「おう! やってやるニャゴ……!」

 たんたんっと駆け足でもどってきたニャゴが、大急ぎで食べ物を腹に入れる。

 それから……変身!

 ぶわっと炎と雷に包まれて、ニャゴはライオクルスへと姿を変える。

「ちょっ、見た目も変わったんだけど!?」

「説明は後だ……!」

「声の感じも変わってるぅぅぅ!?」

「大きい声出さないで! っていうか深く息吸わないで!」

 まだ、空気に毒が残ってるだろうし。

 そういうと、アリアはハッとした顔で口をふさぐ。

「ごめんね、説明はあとでするから……今は、ライオを信じて」

 本当なら、アリアには隠しておきたかったんだけど。

 状況が状況なので、仕方ない。


「……っ!!」


 ウッドクルスは触手のような根っこを伸ばし、ライオをつかまえようとする。

 が、それくらいライオにはどうってことない。爪で根っこを切り裂いて、ずんずんとウッドクルス本体に近付いていく。


 その間に、ぼくはウッドクルスの情報を整理した。

「ええと、ウッドクルスは……他のサイバクルスを毒のワナにはめて、その養分を吸いとるサイバクルス……だって!」

 触手につかまれば力を吸われてしまう。

 ニャゴがライオでいられる時間を考えると……まず、触手は絶対避けなきゃダメだ。

「でも、なんであんなとこに……」

「えっと……多分、それもふくめてワナ、だったんじゃないかな……」

 アリアのつぶやきに、ぼくは答える。

 ひらけた場所に咲くキレイな花。どうしたって興味を持って近づいてしまう。

 そこを毒でしびれさせれば……って感じかな。

「……。じゃ、私のせいだ……ごめん、ユウト……」

「え。いや、気にしないで」

 そういうつもりで言ったんじゃないから!

 アリアのせいだと思ってないし、それに……


「用心棒、引き受けたのはオレたちだ」


 ライオが、ヴォウっと一鳴きしてアリアに伝える。

 ぼくとニャゴで話してやろうって決めたんだから、アリアのせいじゃない。


「第一、この程度の相手にこのオレが……、っ!?」


 だけど、突然。

 ライオの動きが、にぶった。


「――!」


 がく、と力が抜けたように一瞬立ち止まったライオ。

 その隙をついて、触手がライオの身体をしばり上げてしまう。


「ぐぉぉぉっ……!?」

「ライオ! そっか、毒に……待ってて!」


 平気そうだったけど、ライオの身体にも毒が回ってきてるんだ。

 たしか、毒消し用のワクチンプログラムがデバイスに……って……

「……近づけなくない……?」

 ぼくは今、しびれてる。動けない。

 ライオも体をしばられてて、どうにもならない。

 毒消しがあったとして、それをライオに届ける方法が……無い。


「心配するな、この程度……ぐぅっ」


 ばちん! 触手を引き裂いて脱出するライオだけど、また力がぬけて倒れそうになってしまう。

 そこへ、ウッドクルスは更に触手の追撃をくらわせる。

 ……だめだ、ライオがこっちに来るヒマがない……!

「……そうだ! パッたんは!? パッたんなら毒を受けてないし……」

「ダメ! パッたんはダメ! 危ないでしょ!?」

 ぼくの提案に、アリアはきっぱり言い切る。

 それに、と後ろを向くと、パッたんは木の陰にかくれて、動けないでいる。

「元々無理だよ、パッたんには。あの子、怖がりだから……」

「でもこのままじゃライオが……!」

「そうだけど……。……よし、だったら……」

 ぐぐ。アリアがヒザに力を込めて、立ち上がろうとする。

「アリア!?」

「私が、行く……だって二人に頼んだの、私だし……」

「でもしびれがまだ……それに……」

 うまく動けない状態で、暴れてるサイバクルスの近くに?

 そんなの、ねらってくれと言ってるようなものだ。

「このままニャゴちゃんがやられるの、いやでしょ」

「だったらぼくが……!」

 代わりに立ち上がろうとしたところで……はじめて、気付いた。

 足に、ケガをしてる。

「いつの間に……っていうかこれ……!?」

 アバターデータの破損。

 それを引き起こせるのは、クロコクルスみたいな、手を入れられたサイバクルスだけ……!

「つまりこいつも、ヴォルフと関わりがあるってことだな!」

 ヴォウ! ライオが叫び、力の限り爪を振るって前へと進む。

 だけどその速度は、さっきまでよりずっと遅い。やっぱり、このままじゃ……

「……じゃ、私行くね!」

 そうこうしてる間に、アリアが立ち上がる。

 そして足を引きずりながらも、少しずつ、ライオとウッドクルスの方へと近づいていく。

「待って! ウッドクルスに攻撃されたら、アリアも……」

「よく分かんないけど! だからこのままでいいって事にはならないでしょ!」

 止めようとしたけど、アリアはするどく言い返してくる。

「キレイな花を撮りに行こうとして、ゼンメツしちゃいました……じゃ、だれも面白くないし……!」

「面白いとか面白くないとかじゃなくない!? 危ないから下がってって!」

「面白いかどうかだよ。このままやられたら、みんな絶対……楽しくない!」

 アリアは、ぼくの説得をきかずに、飛び出していく。

 といっても、足はおそい。歩くくらいの速度で、だけど必死に、近付いて。

「……っ!」

 だけど、それに。

 ウッドクルスが、気が付いた。

「あ……!」

 びゅん、と触手がアリアへとせまっていく。

 つかまれば、前のぼくみたいにデータを壊されてしまう。

 最悪、アカウントだって……


「アミ!」


 力が、入らない。

 ライオもすぐには向かえない。

 だめだ、もうどうしようも……


「――パッタパタァッ!」


 その時。

 ぼくの背後から、甲高い鳴き声とともに、一匹の鳥が飛び出していった。

 少しおくれて、気が付いた。桃色の翼を持つ、そのクルスは。


「パッたん!?」


 ばさばさ! パッたんはアリアの近くまで駆け寄ると、大きく翼をふる。

 と、いくつもの羽根が翼から飛び出し、触手に突き刺さる。

「……っ!」

 木のきしむ音。触手がばたりと落ち、ほんの数秒の、静けさ。


「パッたん……?」

「パタタ! パタ! パッタタ!」


 へなへなとアリアがその場にへたり込む。

 そんな彼女の周りを走り回って、パッたんは心配そうにさわぎ立てる。

「パッたん、戦うのこわがってたのに……」

「……今も怖がってるだろ、そいつ」

 ライオが言う。よく見れば、パッたんの身体はちいさくふるえていた。

 怖いのに。逃げ出したいのに。それでもパッたんは、アリアのそばに来た。

 命令なんかしていなかった。むしろ近づけたくないとアリアは思っていた。

 なのに、パッたんは。

「パタタ……」

「……助けてくれたんだね。ありがと、パッたん」

 よしよし、とアリアがその頭をなでると、パッたんはうれしげに声を上げる。

「っていうか……あれ? 体が、ちょっと楽に……」

「そっか、さっきのはばたきで毒が飛ばされたんだ!」

 花粉みたいに、空気にまってる毒なら。

 風で吹き飛ばすことが出来るはず。

「よっし! じゃあ今のうちに……ニャゴちゃん!」

 たたた、と走って、アリアはデバイスから取り出したそれを投げる。

「ニャゴじゃない、ライオだ……って、なんだそれ!?」

 注射針。

 しかも、デカい。

「待て待てそんなもん投げたらおま……ああっ!」

 ぶすぅ!

 針はライオのモモに突きささり、薬のプログラムが注入されていく。

「ぐぅぅ……ユウト、うらむぞ……」

「しょうがないでしょ!」

 ライオ、注射きらいなんだな。ぼくもだけど。


「だがしかし、オレの力は万全となった!」


 触手がライオをおそう。……が、ダンッ!

 ライオはたかく飛び上がり、それをよける。

「もたもたして二本目を刺されるわけにもいかん!」

 そしてライオは、触手を切り裂くのでなく、その上に足をのせ、爪をたてて強引に駆け上がる。

 当然、ウッドクルスは触手上のライオを落そうとするけど、おそい。

「とらえた!!」

 ウッドクルスの頭上へと、ライオは飛ぶ。

「ライオ! 触手は上にも出せるからね!」

「分かっている! だがそれだけだ!」

 そう。ウッドクルスは、広い範囲に攻撃が出来るけど……自分自身の動きは、とにかくおそい。

 だって、木だからね。


「爆ぜろ稲妻! これで……決める!」


 ライオの前脚に、力がみなぎる。

 バチバチと音を鳴らす前脚。そんなライオへウッドクルスは触手をのばすけど、今のライオにとっては、カンタンにこわせる程度のモノだ。

 ががががが! 次々と触手を破壊しながら、ライオはウッドクルスの頭上へと接近していく。


 そして……ずがん!!


 ライオの前脚が、ウッドクルスの頭へ届き……


 バリバリバリバリ!


 雷が、ウッドクルスの全身を、貫いた。


 *


「いやぁ、一時はどうなることかと思ったね~」


 それから、しばらくして。

 山を降りながら、アリアは呑気にそんなことを言った。

「でも驚いたよ~。ニャゴちゃん、あんな力を持ってたなんて」

「ニャゴじゃなくてライオニャゴ! 今はニャゴニャゴけど」

「何言ってるか分かりにくいよ、ニャゴ」

「え~。っていうかさ、ニャゴとライオ、言い分けるのって大変じゃない?」

「アリアが言うそれ?」

「アリアとアミは別だから~」

 あっけからんと言い放つアリア。

 まぁでも、確かにややこしいっちゃややこしいんだよね。

「ねぇニャゴ。ぼくがニックネーム付けても、いい?」

「なんニャゴそれ」

「私がパタタクルスをパッたんって呼んでるようなもの~」

「パッタパタ!」

 アルケミストの中には、サイバクルスに名前をつけている人も多い。

 でも、名前を付けるってことには『飼う』って意味も入って来るんじゃないかなって、今のぼくは思う。

 だから、聞いた。ニャゴの気持ちを。

「……ま、気に入ればゆるしてやるニャゴ」

「ほんとっ!? じゃあそうだなぁ……」

 ニャゴと、出来ればライオにも当てはまる特徴……

 毛のギザギザ模様とか、技とかを考えると……


「……イナズマ!」


 最初に浮かんだのが、それだった。

「ね、イナズマって名前はどう?」

「イナズマ、ニャゴか。……悪くはねぇニャゴ」

「じゃあ決定~! イナズマちゃん、私たちのこともよろしくね~」

 へへへ~と笑いながら、アリアがイナズマの頭をなでる。

「そういえば……アリア。イナズマのこと、出来れば……」

「ああ大丈夫。だれにも言わないよ。ヒミツなんでしょ?」

 ぼくが念押ししようとしたところで、アリアはさらっと答える。

「動画はまぁ……上手く編集しとくから!」

「って、あれ公開はするんだ!?」

「するよ~。パッたんのカッコいいとこ、みんなにも見てもらわないと!」

「パタタ~」

 パッたんが、照れたように羽をばたばたさせる。

 そうだ、動画といえば……

「今回の情報をくれた人って、動画を見てくれた人なんだよね?」

「多分ね。匿名だったから、だれだかは分かんないよ?」

 ウッドクルスは、データ破壊の出来るクルスだった。

 ってことは、イナズマの言うヴォルフってクルスと関係があるのかもしれない。

「なんでアリアがねらわれたのか、とか、分かんないけど……」

「とりあえず、知ってること教えるニャゴ」

「そだった! えっとねー、珍しいクルスを見た! ってコメントが何件か来てるんだよね~」

 アリアが、ログを見てその記録を探す。

「あったあった。うーんとね、『灰色のオオカミみたいなクルスを連れてるアルケミストがいました』『ウルフクルス、実在したらしいです』」

「……ウルフクルスが、アルケミストと……ニャゴ?」

 その情報に、イナズマは首をかしげる。

「ヴォルフって、人間嫌いなハズじゃなかった?」

 人が嫌いで、人の街を壊そうとしている。

 そんなサイバクルスが、アルケミストと一緒にいるなんて、おかしい。

「別のウルフクルス……かな?」

「いや、それはないニャゴ。だってウルフクルスは……」

 ニャゴが言いかけた、その時。

「あ、待って、もう一つ!」

 アリアが、更なる情報を口にする。


「そのアルケミストね~。

『サイバクルスを強くするデータを配ってるらしい』んだって!」


 ……明らかに。

 何か、おかしなことが起こっていた。

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