トリと、動画配信と、白い花


『はーい! それじゃあ今回は、中央通りに出来た新しい施設に行ってみたいとおもいまーす!』

『パッタパタ!』

『おっ、パッたんも楽しみ!? ここはね、サイバクルスと一緒に出来る遊びが色々とあって――』


「……なんニャゴ、これ?」

 かわいらしい衣装に身を包んだ女の子と、桃色の鳥のサイバクルス。

 二人はカメラに向けてしゃべりながら、施設へと入り、中のアトラクションを楽しんでいく。

「動画。これから会う人の」

 一応見せておこうと思って。ぼくが言うと、ニャゴはにゃむむと不思議そうにうなる。

「このニンゲンが、の事を知ってるニャゴ?」

「うぅん、まぁ……それにつながる話くらいは知ってる……かも?」

 ニャゴの疑問に、ぼくもスパッとは答えられない。

 っていうか、本当なら頼みたくない相手だったんだけど。

 それでも会う決心をつけたのには、理由があって……

 話は、少し前にさかのぼる。


 *


 貴堂クロヤとノワールが立ちさった後。

 ニャゴはぼくに、分かる限りのことを教えてくれた。


 この世界は元々、サイバクルスとちいさな虫や魚、植物だけがいた世界なこと。

 でもある日突然に塔が建てられ始めて、それからしばらくして、ニンゲンがやってきたということ。

 そして、ニャゴは元々ライオクルスだったということ。


「前は腹へってても関係なかったニャゴけどね」


 今の姿になったのは、あるサイバクルスとの戦いが原因だったという。

 名前はヴォルフ。灰色のウルフクルスだ。


「そいつにやられて、ニャゴはキツいダメージを受けたニャゴ」

 一命を取りとめるために、自分のデータを小さく作り直してキズをおさえた。

 その結果、ニャゴになってしまったライオは、食事でデータ量を増やさないと元の姿に戻れなくなってしまった。


「で、そういう事が出来たのは、ニャゴが進化したサイバクルスだからニャゴな」


 サイバクルスの中には、そういうやつがいるのだ、とニャゴは言う。

 高い知能を持ち、言葉をあやつり、自分の身体を少し変化させることが出来る。

 それを、前に出会った別のサイバクルスが『突然変異』と言っていた。

 なぜそんな風になったのか、までは知らないらしいけど。

「きっとあの貴堂とかいう子どもは知ってるニャゴね」

「かな。それで……その、他の進化クルスだけど……」

 街を壊そうとしている。

 ニャゴはそう言ったけど、なんでだろう?

「知らんニャゴ。けどそいつらは、ニンゲンが嫌いみたいニャゴね」


 それで、とニャゴはつづける。

 ニンゲンに話すつもりはなかったのだけど、と前置いて。


「ニャゴは、ヴォルフを追ってるニャゴ。……アイツの考えはともかく、やられた分やりかえしてやらないと、気が済まんのニャゴ」


 なるほど、外に出てやることがある、と言っていたのはこのことなのか。

 ニャゴ、プライドが高そうだし、そうとう怒ってるんだろうな。


「それが叶うまでは、落ち着いてユウトと遊んでやることも出来んニャゴな」

「そっか。……え、じゃあそれが出来たら街にいてもいいってこと!?」

「……ま、そうならなくもないニャゴ」


 ただ、ニャゴは相手の居場所を知らないのだという。


「街を出たら、走り回って探すつもりだったニャゴけど……」

「……そういうことなら、心当たりがある……かも」

「ホントニャゴ!?」


 ネクストワールドのことにくわしい知り合い。

 一人だけ、頭に浮かんだ人がいた。

 出来るなら、借りは作りたくない相手なんだけど……


「……ヴォルフと決着つけたら、一緒に遊べるんだもんね」


 友だちのため、ぼくは心を決めたのだった。


 *


「わーホントにユウトじゃんでも髪めっちゃ赤! いいね、カッコイイよ!」


 そして、間もなくその子はやってきた。


「アミはこっちだと口数ちょっと多いよね」

「あ! ダメだよユウト。ユウトは本名と同じだから良いけど、アタシこっちだと『アリア』なんだから!」


 むっとした顔でぼくに注意する『アリア』。

 けどその正体は……ぼくのクラスメイト、天宮アミなのだ。


 その見た目は教室でみるのとはまるでちがっていた。

 現実では黒い彼女の髪は、薄いピンク色にそまっていて、大きなツインテールになっている。

 服も変わっていて、きらきらした装飾の入ったドレスみたいな姿だった。

 動きにくそうに見えるけど、本人は平気らしい。

 けど、その格好も当たり前といえば当たり前だろう。

「ほんっとに、こっちだとアリアなんだね……」

「当たり前でしょ~。人気アイドル配信者! 信じてなかったの?」


 アミは、この世界では『アリア』と名乗って、動画配信や音楽ライブ活動をやっているのだ。

 ニャゴに見せたような、ネクストワールドの色んなスポットを紹介する動画。人気のゲームの実況プレイ。それから、アイドルみたいに輝いた衣装で歌ったり、おどったり……

 広く手を伸ばしたアリアの動画は、高い人気と知名度を持っている。

 サイバクルスバトルはしてないから、ぼくはあんまり見てないんだけど……


「ふっふっふ、せっかくだし、ネクストワールド初心者のユウトにアタシが色々案内してあげよっか!? 気になるオススメスポットがねーえーっと」

「待って! ごめん、その前にちょっと聞きたいことがあって」


 ぼくは全力でアリアの話を中断し、切り出す。

 ほっといたら、この勢いでぼくは街中歩き回らされることになる。


「聞きたいこと? それってもしかして……前に言ってた、しゃべるクルス? あっ、てかユウト、クルスと仲良くなれたんだ?」

 じっ。アリアはニャゴに興味津々だった。

「ニャゴニャ……」

 その視線に、ぼくの肩に乗ったニャゴはたじろぎ、目をそらす。

 ちなみに、今ニャゴはしゃべらないようにしてる。アリアにバレるときっと大騒ぎになってしまうから……

「そうじゃなくてさ。……ええと、濃い灰色の、オオカミのクルスについて知らない?」

「灰色のオオカミ? ずいぶん強そうな……そういえば確か……」

「何か知ってるの!?」

「んーまぁ、情報なくはない……か、な……? 前に動画で、七不思議を募集して……あーだけどそうね……」

 アリアはなにかのログをみながら、ゆっくりと返答する。

 マズい。これはアミが何か考え事をしている時のしゃべり方だ。

 ってことは、このあと……


「はい! 知ってるけど、教えるには一つ条件があります!」


「やっぱり!」

「ほら、アタシの持ってる情報って、ファンがアタシのために教えてくれた話でしょ? それを友だちだからってほいほい教えるのはもったいな……じゃなかった、面白く……じゃなかった、不平等でしょ?」

「本音が二回もれてたよ!?」

 だから頼みごとはしたくなかったんだ!

 アミ、何か頼むといつもそれ以上のお返しをさせるから……そりゃ、お礼はすべきだと思うけど……

「とにかく! 教えて欲しいなら、アタシの動画撮影手伝ってほしいんだよね」

 そう言いながら、アリアはある画像をぼくに見せてきた。


 それは、どこかの森の景色らしかった。

 けどその中心だけは一本も木が生えてなくて、代わりに一輪だけ、小さな白い花が咲いている……

 花は太陽の光を真っ直ぐに受けて、きらきらと輝いて見えた。


「前にユウトがフシギなこと聞いて来たじゃない? それでピンと来て、ネクストワールドのフシギなスポット! ってなんかないか聞いてみたの」

 すると、この画像とメッセージが届けられたのだという。

 差出人は不明だけど、ていねいに場所の情報も書きそえられていたそうだ。

「なんかキレイな景色だし、アタシとパッたんでここに行ってみたいんだよね」

 その様子を動画に撮ってアップするのだという。

 でも、その森があるのはちょっと危険なエリアらしく……

「アタシとパッたんじゃ心細いし、誰か一緒に行ってくれると良いなって思ってたんだよね」

「……うぅん……ちょっと待ってね……」

 ぼくはさっとその場からはなれて、ニャゴと小さな声で話し合う。

「どうしよっか。あれ山の上らしいよ」

「めんどうニャゴね。でもやみくもに走り回るよりは……きっとマシニャゴよ」

「だよね? じゃあ……しかたないか」


 受けることにした。


「ぼくたちで良ければ、手をかすよ。……でもホントに情報あるんだよね?」

 苦労したあげく、前の九官鳥みたいなやつだと困るんだけど……

「あるある。ばっちり」

 アリアの答えだけじゃ、ぼくはちょっと心配だった。

 まぁ、他に出来る事もないんだから、やってみよう。


 *


「……で、あれを登るニャゴか」


 思ってたより高い山だった。

「ホントにこの上なの……?」

「らしいよー? コメントにそう書いてあったし。ねーパッたん?」

「パッタパタ!」


 ぼくとニャゴの前を、アリアとそのパートナー、パタタクルスのパッたんが進んでいく。

 パッたんは、アリアの髪と同じ桃色の鳥のクルスだ。

 大きさは1mくらいで、だけど全体的に小鳥みたいな雰囲気。とても強そうには見えない。


「パッたん、足元気を付けてねー」

「パッタ! パタパタ!」


 アリアたちは、楽しそうに声を掛け合いながらずんずんと歩いていく。

 ぼくたちはデバイスでその様子を動画に撮りながら、その後をついていった。

「アクセスポイント、山の上に作ってくれれば良いのに……」

 ネクストワールドの世界には、いたる所にアクセスポイントという場所があって、街から直接そこに飛ぶことが出来る。

 それが山の上にあれば、こんな苦労はしないのに!

「まぁアクセスポイント自体、ネクストワールドのほんの一部にしかつながってないニャゴからな」

「そうなんだ? じゃあほかにもエリアがあるってこと?」

「そうニャゴ。いま解放されてるのは、塔に近い場所だけみたいニャゴね」

 ニャゴとぼくは、アリアたちに聞こえないようこそこそと話した。

 そういえば、この世界は元々サイバクルスたちだけの世界だったって言うし……その辺も、何か関係してるのかな?

「ん? ……ユウト、気を付けろ。向こうから来るぞ」

 と、ニャゴが何かを聞き取ったみたいで、ぼくに警戒をうながしてくる。

 ぼくはアリアたちに声をかけて、その場に立ち止まった。すると……


「ぶるるぉふ……!」


 木々の向こうから姿を表したのは、イノクルス! イノシシのサイバクルスだ!

「うわかっこい……じゃなくてニャゴ!」

「ニャゴッ!」

 たんっとニャゴがぼくの肩から降りて、イノクルスの前に立ちふさがる。

「アリア! パッたんもいっしょに……」

「え、ダメだよパッたんは」

「パタタタ……」

 みれば、パタタクルスのパッたんはアリアの後ろにかくれてしまってる。

「パッたん、怖がりだから……ってなわけで用心棒、お願いします!」

「アリアの方がセンパイなんだよね!?」

 まぁそういう約束だけど!

 ぼくはニャゴに指示を出して、突進してくるイノクルスと戦ってもらった。

 幸いなことにイノクルスはそんなに強くなくて、ニャゴがなんどかひっかいてやるとどこかへと逃げ去ってしまう。

「ニャゴニャ……」

「おつかれ、ニャゴ」

「ありがとねー。その子、見かけにのわりに強いんだ」

 アリアの言葉に、ニャゴがぴくっと反応した。多分ちょっと怒ったんだと思う。

 とはいえそれを伝えるわけにもいかないので、ぼくはあははと笑って返す。

 それにしても……

「アリア、どうしてあんな場所に行きたいの?」

 坂道をひたすら登りながら、ぼくはアリアにたずねる。

「パッたん、戦いに向いてないんだよね。でも野生のクルスに出会うこともあるんだし……別に無理していく理由、無くない?」

 ニャゴがいたから良いものの、アリアはなんか、助けがなくても行きそうな雰囲気だったから、不思議だった。

「んー、そりゃ、面白そうだから」

「それだけ?」

「それだけ。って、それ一番大事じゃない?」

 アリアは振り向きながら首をかしげる。

「アタシはあの写真みて面白そうだなーって思ったし、だから動画撮って、みんなにも面白いなって思って欲しいんだよね」

 他の動画も同じだよ、とアリアは言う。

 自分が楽しいと思ったことを、たくさんの人に楽しいと思ってもらいたい。

「だからね、アタシ、この世界好きなんだー。好きなように可愛くなれるし、面白いことはたくさんあるし、パッたんもいるし」

「パッタ!」

「ねー。パッたんも嬉しいよねー?」

 へへ、と笑ってアリアはパッたんに抱き付いた。パッたんも楽しそうに声を上げて、ばさばさと翼をふる。

 はたから見てると、アリアとパッたんはとても仲良しに見えて……いや、実際そうなのかな?

「ねぇ、ニャゴ。……あのパタタクルスは……」

「進化体じゃないニャゴな。普通の、どこにでもいる弱小クルスニャゴ」

 こっそり聞くと、ニャゴは即答した。

 けど、ぼくの眼にはやっぱり、パッたんもニャゴと同じように、感情を持ってるように見えた。


(いいえ。それも、ただのプログラムですよ。そう見えるように再現されただけのものです)


 クロヤの言葉が、頭にうかぶ。

 でもアリアは……パッたんのことを、ただのデータだとは思ってなさそうだ。

「……。ニンゲンとクルスには、こういう関係もあるんニャゴよね……」

 ぽそ、とつぶやくニャゴ。みれば彼はなんだか遠い目をしていて。

「どうかしたの、ニャゴ?」

「いや。……なんでもないニャゴ」

「……そう」

 まぁ、そう言ってるならこれ以上聞くのも悪いか。

 そんな風に思いながら、先へ進んでいると……


「あ! ねぇ、ここじゃない!?」


 ぼくたちはようやく、目的の場所までたどり着いた。

「うんうん、間違いないよ!」

 森の中、急にひらけた場所。

 空からは太陽の光。

 その中心には、キレイな白い花……

「よっし、じゃあ近付いてみようと思いまーす!」

 カメラの方にポーズを決めてから、花へと近づくアリアとパッたん。

「かわいい花! ……持って帰るのは……ナシだよねぇ、やっぱ」

「パッタパタ!」

「ね! パッたんもキレイだねって言ってます! それじゃあここで一枚、記念撮影してー……。って、あれ?」


 ざわざわざわざわざわ!


 ふいに、周りの木々がうるさく音をあげはじめた。

 ……いや、ちがう。木じゃなくて……これは……


「っ……、ユウト! いますぐこっから離れるニャゴ!」


「えっなん……わぁっ!?」

 理由を聞く間もなく、ぐわんっと地面が盛り上がった。

「わぁぁっ!? なにこれどうなってんの!?」

「パタタタタッ!!?」

 アリアとパッたんもあわてて花からとびのいて、逃げる。

「あれ……もしかして……」

 地面が盛り上がったんだと思ったけど、これって。


 花の下から、何かが出てきてる!?


 ざわざわざわざわざわ!


 木の葉の音がひときわ激しくなる。

 小さな花の下、盛り上がった地面のなかから、何かが顔を表しはじめる。

 これって、もしかして……

 カメラを向ける。図鑑機能が動き、土にまみれたそいつの名前を、画面に示す。


 ぐぁぱ。

 土のなかから現れたそいつの身体が割れ、辺りに甘ったるい香りが立ち込めた。

 割れた? ……というより、咲いた、のか!?


「まさかそんなね……」


 クロコの時もこんな感じだったなぁと思いつつ、ぼくは示された名前を口に出す。


「……あれはウッドクルス。毒の花を持った、木のサイバクルスだ……!」

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