街と、ステーキと、黒い騎士
「しゃべるサイバクルスって知ってる?」
次の日、ぼくは学校でアミに聞いてみた。
ぼくが知らないだけで、そういうのも出てきたのかな、なんて思ったからだ。
「知ってる知ってるー」
「ホント!?」
「ほら、このキュウカンクルスのキューちゃんとかさー」
アミが見せてきたのは、赤い鳥のサイバクルスが、甲高い声で昔ばなしを話す動画だった。
『オニタイジッ! オニタイジッ! ウマカラモモレタウマタロウッッ!! イヌ、サル、オジイサンッッ!! オオオオジイサンッッ!!!』
「そういう意味じゃなくてっ!!」
これ、ただ単に九官鳥のサイバクルスってだけだよね!
人のマネしてるだけだよね!
「え~……つまり、人間みたいにしゃべるサイバクルスってこと~?」
「そうそう。聞いたことない?」
「う~ん……無い……けど、面白いねそういうの」
にぃ、とアミはぼくの質問に何かを思いついたみたいだ。
「ネクストワールド七不思議! みたいな? 探してみたら色々ありそうだし、『みんな』にも聞いてみよっかな!?」
結局、アミも何も知らないみたいだった。
ぼくは彼女にネタをあげただけで、何の成果も得られず放課後をむかえる……
*
「おう、帰ったニャゴね」
「うん。ってか別にここ、ぼくの帰る場所じゃないけどね?」
ネクストワールドにログインすると、ニャゴはぼくの『マイルーム』でのんびり過ごしていた。
マイルームっていうのは、この世界で全員にもらえる小さな部屋のこと。
ネクストワールドで買ったいろんなモノを並べたり、登録した本や動画をみることの出来る場所。
もちろん、お金やボーナスポイントで大きくすることも出来るんだけど……必要ポイントはとても高い。
で。ニャゴがなんでここにいるのかというと……
「しかし、隠れるためとはいえ……ヒマニャゴね」
「仕方ないだろ。こうしないとサイバクルスは街には入れないんだから」
「ニャゴ~。人間と手を結ぶニャンて間違ってたニャゴかね……」
ため息交じりに文句を言うニャゴ。
そう、彼は追手から逃げるために、ぼくのサイバクルスになったのだ。
と言っても、ほとぼりが冷めるまで……ってことにはなってるけど。
クロコクルスをたおした後、ニャゴは動けなくなってしまった。
気付けば姿も元通りになっていて、聞けば、「腹が減って動けない」とのこと。
そのまま置いて帰るわけにもいかないから、仕方なくぼくが捕まえたことにして、街まで連れ帰った……というわけだ。
「キミ、ほんと変なサイバクルスだよね。姿が変わったり、しゃべったり……」
っていうか、前はばたばたしてる内にログアウト時間になっちゃったけど。
その辺りのことを、ぼくは全然聞いてないままなのだ。
「……知りたいニャゴ? ニャゴがしゃべれる理由……」
「そりゃそうだよ。だっておかしいだろ? 昨日のことも報告するなっていうし……」
クロコクルスが現れたこと。明らかにバグなんだし、運営に言って調べてもらった方が良いと思うんだけど……
「人間は信用ならんニャゴ」
「ぼくも人間なんだけど……」
「……お前は……まぁ、少しは信用してるニャゴが……」
それでも、ダメなのだとニャゴは言う。
ちなみに、たおしたクロコクルスも、ぼくが捕まえてある。
今はマイルームの水槽で、トカゲくらいの大きさになって水浴びをしている。……そののんき姿は、ぼくの足を食べた凶悪なモンスターとはとても思えない。
「まぁニャゴが言うなら報告はしないけどさ……せめて、ぼくには教えてよ。巻き込んだって思ってるんでしょ?」
あの日、ニャゴはぼくを巻き込んだと言った。
それをみとめたから、ぼくの力を借りてくれたし、クロコクルスとも戦えた。
その事を考えるなら、色々教えてくれたって良いハズだ。
「……しかたないニャ……」
ぼくの追究に、ニャゴははぁと面倒くさそうに答えて。
「だったら、ニャゴに人間の街を見せるニャ。気が済んだら教えてやるニャ」
「ええ~? ……まぁ、良いけど……」
すんなりとは教えてくれないみたい。
でも、サイバクルスを連れて街を歩くのって、前からあこがれてたんだよね。
アニメでもゲームでもよく見る光景で、一度やってみたかったんだ!
*
「……人間、めっちゃいるニャゴね……」
「そりゃそうだよ。広場なんだから」
さっそくぼくは、噴水広場に出てみた。
ニャゴはぼくの肩に乗って、辺りを見回してる。
「サイバクルスも色々いるニャゴね」
「うん。連れ歩きが好きなアルケミストも多いから」
大型のサイバクルスはともかく、小さなサイバクルスは街でもたくさん見かける。犬系クルスのチャウチャクルスとか、シバクルスとか……
「あ、あれはリクガメクルスで、あっちで人が乗ってるのはフタコブクルス。ラクダのサイバクルスだね」
「……くわしいニャゴね。あの機械も使ってないニャゴに」
「アカウント取る前に、いろいろ調べてたから……」
たいていのサイバクルスは、名前が分かる。
だからこそ、ニャゴみたいに知らないクルスがいることにおどろいたんだけど。
「で、どうしよっか? サイバクルス向けのお店とかもあるみたいだけど……」
「いや、まず人間向けの場所に行きたいニャゴ」
「そなの? じゃあ、えっと……」
塔に向かう大通りを歩きながら、昨日行ったいろんなお店をニャゴに教える。
「……マンガ? 絵で、話を、描いてる……ニャゴか……」
「アニメ。あれは、本当に起こってることじゃないニャゴね?」
「待つニャゴ!! ドラマ? これはニンゲンがやってるニャゴ!! ホントに作り話なんニャゴよね!!?」
一つ教えるたびに、ニャゴは分からないと言いながらおどろいていた。
「ニャゴ、人間のことに興味あるの?」
「別に、そういうわけじゃニャいニャゴ……」
ぼくらは喫茶店で休みながら、小さな声で会話した。
サイバクルスも入れるお店で、クルス用のメニューも用意されている。
……味は……分からない。大抵の感覚はあるネクストワールドだけど、痛みと味だけは伝わらないようになってるのだ。
「うまいニャゴよ。外で食うモノよりずっと」
「そっか。なら良いんだけど」
ニャゴは、皿に用意されたステーキにかぶりついている。
マイルームでご飯も出るけど、あっちはそんなにおいしくないそうだ。
「これが分からないとは、ニンゲンも不便ニャゴね」
「う~ん……でもぼくたちには、現実のご飯が必要だから……」
こっちのご飯が美味しいと、現実のご飯を食べ忘れてしまう……
だからネクストワールドでは、食べるフリまでしか出来ない、らしい。
「現実、ね。ここ以外にセカイがあるとか、よく分からんニャゴが……」
ぺろり、とニャゴは口元をなめ、前脚でぬぐう。
その様子は、完全にネコそのものだった。
「お前らは、そのゲンジツってとこからこのセカイに来たニャゴか?」
そうだよ、とぼくはうなづいた。
「現実の世界で、いまぼくらのいるここ……ネクストワールドが作られたんだ」
KIDOコーポレーションが、最先端の技術を使って作った仮想現実。それがこの世界なんだと、ぼくはニャゴに伝える。
サイバクルスも、ネクストワールドのゲームの一つとして作られたのだ、と。
「だから、ニャゴがしゃべった時、ぼくおどろいたんだよ。そういう設定があるって聞いたことなかったから……」
「ニャゴ……ゲームの一つとして、ニャゴか……それは……」
ニャゴはなにやらもごもご言いながら、空になった皿をじっと見つめていた。
「……もしかして、お代わりほしい?」
「ニャゴ? ……ああ、そうニャゴね。もっと食いたいニャゴ」
「じゃあ……一枚だけね。まだポイントあるし」
クロコクルスをゲットしてもらえたポイントが、けっこう高かったのだ。
クロコクルスは上級者でもてこずるようなサイバクルスだから、高めに設定されてたみたい。
「アルケミストって、便利だよね。こういう時に」
「そういや、そのアルケミストってなんニャゴ?」
「サイバクルスを連れ歩ける人のことだよ。えっと、このデバイスを持ってる人で……ほら、あそこの席の人たちとかもアルケミストだよ」
ぼくは、支給されたデバイスをテーブルの上に置く。お店には、ぼくらの他にもサイバクルスを連れた人たちが何組かいた。
アルケミスト……『錬金術師』って意味らしいんだけど、ぼくは錬金術っていうのがなんなのか、よく知らない。
「ニャゴ……じゃあここにいるクルスも、みんなニンゲンに捕まったやつニャゴね……?」
「捕まった……ってまぁ、そうなんだけど……」
「……のわりに、怒ってるやつはいないニャゴね」
じっ、とニャゴは店のサイバクルスたちをながめる。
彼らはみんな、主であるアルケミストにご飯をもらったり、なでられたり……可愛がられて、どこかうれしそうにしていた。
「ニャゴには分からんニャゴ。ヒトに飼われて平気なやつらの気持ちが」
ニャゴは彼らをみて、ぽつりとつぶやいた。
目を細めたその表情が、どんな気持ちを意味しているのか……ぼくには、いまいち分からない。
「……でも、聞いてた感じとは、やっぱちがうニャゴね」
「……? 聞いてたって、だれに?」
「……ニャゴ!? 肉がくるニャゴ!!」
聞く前に、お代わりのステーキがやってきて、話は終わってしまった。
ニャゴはそれから、二枚目のステーキを夢中になって食べて……
「食ったニャゴ……腹一杯ニャゴ……」
「うん、さっきより……重いね……」
肩にずっしりくる重量を感じながら、ぼくらは喫茶店を出た。
「……ねぇ、ニャゴ。今日、どうだった?」
「どうってなんニャゴ」
「街を見てさ。楽しかった? それとも……」
最後に、ニャゴが話してたこと。
ほかのサイバクルスに向けた言葉が、気になった。
ニャゴは、人間のことが、あんまり好きじゃないんだろう。それは最初から分かってた。……でも……
「……まぁ、いろいろと知らんもん見れて、おどろきはしたニャゴ」
あと、肉が美味かった。いつかまた食いたい、とニャゴは言う。
そっか、とぼくは答えて、しばらく歩いてから……意を決して、ニャゴに聞いてみることにした。
「ねぇ、ニャゴ。……ニャゴは、このまま、ぼくと一緒にいる気はないの?」
たまたまでも。なりゆきでも。
初めて一緒に戦って、初めて一緒に勝ちを手にしたサイバクルスなんだ。
せっかくなら、このままニャゴと共にアルケミストを続けたいと思うのは、おかしなことじゃないだろう。
「ニャゴ、ライオになったらすっごく強いしさ。きっと、コロシアムでも勝ち抜けるよ? あ、コロシアムっていうのは、アルケミストとサイバクルスが……」
「……すまんニャゴな。その気は、ないニャゴ」
説明する前に、ニャゴははっきりそう答えた。
そして、すとんとぼくの肩から降りて、少し早足で歩きだす。
「ニャゴはしばらくしたら、ここを出るニャゴ。……やらなきゃいけないことも、あるニャゴからな」
「……でっ、でも! 外出たら、また狙われるかもしれないよ!? それに……ほら、ステーキだって! 街でしか食べられないし……」
「遊びたいだけなら、ニャゴじゃなくてもいいニャゴよ」
ニャゴは振り向かないで、どんどんと先へ進む。
人が少しずつ少なくなって、静かになっていく。
待ってよ、とぼくはニャゴを追いかけた。
「……正直言って、街は面白かったニャゴ。知らないこともたくさんあって。……でも、ニャゴは、飼い猫にはなれんニャゴ」
可愛がられて、戦われされて。
それを楽しいと思うサイバクルスも、いるだろう。
けど自分はちがうと、ニャゴは言う。
「ニャゴにはニャゴの生き方があるニャゴ。だから……すまんニャゴな」
そして、ニャゴは裏路地に入る。
薄暗い、誰もいない道。追いかけて歩くと、少しだけ開けた空き地に出て……
「で……そろそろ出てきたらどうニャゴ?」
ニャゴが、振り返る。
その視線は、ぼくよりさらに後ろへと向いていた。
「おや、気付いていましたか」
そして、声がする。子どもの声。
振り返る。建物の影から出てきたのは、多分ぼくと同じ年頃だろう一人のアバター。ワイシャツにネクタイを締めた、きちんとしたかっこうの、男の子。
「こいつら、ずっとニャゴたちの後ろをついてきてたニャゴ」
尾行!?
でも、どうして?
どくんと心臓がなって、ぼくはおそるおそる男の子の表情を見る。
男の子は、微笑んでいた。けど眼はじっとニャゴをみすえていて……きっと、心からは笑っていないんだろうなと、分かってしまう。
「な……なんで、ぼくたちのことを……?」
「おや、分かりませんか? しゃべるサイバクルスを連れていながら?」
男の子は、笑みを浮かべたまま、意外そうな声で聞き返す。
「なに、カンタンな話ですよ、綱木ユウト君」
「っ……!?」
男の子は。ぼくのフルネームを口にしながら、一歩、二歩と近づいてくる。
たんっとニャゴがぼくを守るように前に立ち、フーッといかくする。
けど男の子はそんなの全く気にせずに、ぼくへと視線を向けた。
「そのサイバクルスを、差し出してください」
「差し出す……!?」
「もちろん、相応のポイントをお支払いすると約束しましょう。そうですね……ざっと、100万ポイントほどではいかがでしょう?」
「ひゃくっ……!?」
ネクストワールドのポイントは、1点が1円くらいの価値を持ってる。
ってことは……100万円!?
「それは残念ニャゴね」
だけど、ぼくが何かを答える前に、ニャゴは男の子に向けて言い放つ。
「こいつは、ニャゴとは何も関係ないニャゴ」
「ニャゴ、なに言って……!?」
「巻き込まれただけの子どもニャゴ」
だから、とニャゴは続けて。
「ここでお前たちをブッ倒して逃げるのも、ニャゴの意志……ニャゴ!」
だんっ!
地面を蹴り、一直線に男の子の喉元へ飛び掛かる……が。
ぶわっ。それに反応して、男の子の足元の影が、膨れ上がる。
「ッ!?」
影はニャゴの攻撃を受け止め、弾き返し……音も無く、姿を整えていく。
「そうですか。なら、仕方ありませんね」
黒いマント。
黒い甲冑。
ただ一つ光るのは、鈍い銀色の大剣のみ。
「……おっと。失礼、ボクとしたことが、自己紹介がまだでした」
黒き騎士を従えて。
少年は、自らの名を口にする。
「ボクは、貴堂クロヤ。
KIDOから正式に依頼された……この世界の、デバッガーです」
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