6-4 こじ開けろ突破口!

 MFがFWが、わかやまFCのメンバーがパスをつないで攻める機会を探る。しかし守りを固めた茨木の防衛ラインを突破するのは猛獣の巣穴に飛び込むも同然、失敗すれば手痛い反撃を食らう。


 結局これと言って攻め手の無いまま前半の45分が経過し、俺たちは一旦控室へと引っ込んだのだった。


「ダメだ、正攻法じゃ勝てない」


 ベンチに座り込んでドリンクをがぶ飲みしていたキャプテンが悔しそうに言い放つ。聞いて俺たちは無言で頷き返した。


 実際に松本をはじめ前線の選手が何度も何度も仕掛けてはいるのだが、インターセプトされたりクリアされたりで結局シュートまで至らない。そんなこんなでボールをいくら保持しても、むしろ俺たちの方が押されているような気がしてまるで落ち着かなかった。


 一人の力では敵わない。茨木FC攻略のためには思い切った作戦を全員で共有する必要がある。


 監督はホワイトボードの上でマグネットをあれこれと貼り直していた。ああでもないこうでもないと、何度も何度も試行錯誤を重ねる。すべて悟っているようにいつも振る舞っている監督からも、この勝負に賭ける想いが漏れ出ていた。


「よし、決めた」


 いつもより高いトーンの監督の声に驚きながらも、すぐさまホワイトボード前に集まるわかやまFCの面々。全員、目に炎が宿っていた。


「後半からはこのようにポジションを入れ換えます」


 振り返った監督が示したホワイトボードに俺たちは絶句する。いつも見ている陣形とは何もかもが違う、名前の書かれたマグネットが貼っていなければ別のチームだと錯覚してしまうほどだった。


 それは自陣ゴールから見て3-1-4-2という形だった。わかやまFCの基本的な形は4-4-2の守備的布陣。時々4-1-3-2とキャプテンをボランチに置くこともあるが、それとも全く異なるフォーメーションだ。


「檜川さんは|SH(サイドハーフ)に移って攻撃に参加、そして鳥山さんはボランチで守備を率いてください」


 監督の指示に檜川さんとキャプテンは「はい!」と答える。


「ゴール前のCBは1人になりますが、釜田さん。できますね?」


 監督の熱い視線。俺は「もちろんです」と意気込んで返した。


 たしかに初めての陣形だが、決して無理を言っているわけではない。先日の姫路マイスター戦でも、途中からこれとよく似た形で戦っているためだ。あの時は1人退場になったのでボランチを抜いた3-4-2の編成だったが、基本的には似通っている。


 そして監督がこの布陣を敷く意図は誰しもが理解していた。ツートップだけでなくサイドからの攻め上がりも加わり、茨木FCの4-3-3をも上回る超攻撃的な陣形だった。




 後半、ピッチに立ったわかやまFCの変化に観客はどよめいた。


 DFの檜川さんがMFに上がっている。大胆なポジションチェンジ、絶対に何か仕掛けてくるなと茨木FCの選手も気付いたのか、全員が互いにアイコンタクトを交わして警戒するよう注意を促している。


 そして開始早々、茨木FCはDFまでボールを戻して回し合い、その間に各々がポジションに散らばった。キックオフの際には前に蹴り出したくなるのが人情だが、それは不用意なカウンターをも生む。この試合で負けないためにも、相手はリスクの回避に徹底していた。優勝のためなら手段を選ばない姿勢だ。


 汚いぞと罵る者もいるだろう。正々堂々勝負しろと声を張り上げたい者もいるだろう。


 だがもし同じ状況に立たされた場合、敗北の「リスクを冒してでも攻撃を続けるのに同意する人は果たしてどれほどいるものか。特にJFLへの昇格を目指すならば全国地域リーグ決勝大会に出場しなくてはならず、そのためには関西1部リーグでの優勝は必須条件。相手も必死になって当たり前だ。


 まずは俺たちはこの消極的なサッカーを展開する強豪から、ボールを奪わねば始まらない。


 早速松本と佐々木さんのFWコンビに加え、SHふたりの計4人がぐっと敵陣奥まで割り込んでプレッシャーをかける。先ほどとは比較にならない果敢な姿勢に、のんびりとボールを回していた敵DFは慌ててパスを送った。


 だがそのコースがやや乱れたのを経験豊富な檜川さんは見逃さなかった。


「そこだ!」


 言うが早いか足を伸ばしインターセプト。すかさずわかやまFC攻撃陣全員が前に走り出し、敵ゴールへと突っ込む。


 一瞬の早業、またとないビッグチャンスに観客のボルテージは最高潮に達した。


 目の前にはキーパーのみ。サイドから決めるか、別にパスを回して不意打ちを狙うか。睨み合ったふたりはほんの一瞬の間に判断を下さねばならない。


 そして檜川さんは強烈なシュートを見舞った。えぐり込むように蹴り出されたボールは、まっすぐ枠内へと向かう。


 だが駆け引きに勝ったのは相手GKだった。コースを読んでいたのか、鋭いボールにも臆せず飛びついてパンチングではじき出す。ボールはほぼ垂直にはね上がり、観客も選手も全員が空高く舞うボールを見上げた。


 そこに駆け込んだのは松本だった。174cmと選手としては小柄な身体ながら、ペナルティエリアに飛び込んだ直後には全身のばねを活かし、高く跳躍する。怪我も何も恐れない闘志みなぎるその姿にはGKも圧倒され、飛び出すのが遅れてしまった。


 観客も選手もゴールを予見したまさにそのタイミング、松本は高さを合わせて頭にボールを叩きつけた。


 しかしボールはやや高すぎた。クロスバーに勢いよくぶつかると、そのまま跳ね上がってゴールネットの裏側まで回り込んでしまう。


 ああーとスタジアムに響くは失望の声。わかやまFCのファンからはブーイングも混じっている。


「そ、そんなぁ」


「松本君、気にするな。これで相手は戦い方を変えてくる」


 一世一代の大チャンスを。へなへなと崩れる松本に、駆け寄った佐々木さんは手を貸して立ち上がらせる。


 とぼとぼとポジションに戻るわかやまFCのFWたち。そんな間にもGKがスタッフからボールを受け取り、地面に置く。


 そんな両軍ともまだ守備位置にすら戻り切れていない状態にもかかわらず、なんとGKは置いたばかりのボールを何のためらいもなく蹴り出したのだった。


 不意を突かれ、走り出すのが遅れてしまった。前衛が敵陣深くまで攻め上がっているこの状態、守備位置もばらばらでゴールネット前以外は穴だらけも同然だ。


 敵DF、わかやまFWの頭上、そしてついにはセンターラインをも越えるボール。それを拾ったのはフェルナンドだった。


「まずい!」


 MFの最後尾からキャプテンがボールを奪いに走り出す。今はDF3人のみ。他の選手ならいざ知らず、フェルナンドなら真正面からの突破も可能な薄さだ。キャプテンの仕事はそれまでにボールを奪還することだった。


 だがファンタジスタのフェルナンドにとって鳥山キャプテンひとりでは足止め程度にしかならなかった。キャプテンの伸ばしてきた足が触れる直前、華麗な一蹴りで頭上までポンっとボールを打ち上げる。空振りするキャプテンの足を木の根をまたぐ子供のように軽々と飛び越えると、足元に落ちてきたボールを再びドリブルで保持し突っ込んでくるのだった。


 そんなフェルナンドをDF3人がごくりと唾を飲んで迎え撃つ。ゴールを守るは俺たちのみ、命を賭けてでもフェルナンドの突撃を止めねばならない。


 だが並外れた突破力だけがフェルナンドでないことを俺たちは嫌というほど思い知らされるのだった。まだペナルティエリアの外だというのに、フェルナンドは大きく足を振り上げてシュートの体勢に移る。


 そして放たれた強烈なシュート。だがそれは空中で妙な挙動を示していた。


 フェルナンド十八番の無回転シュート。ここぞという大一番でのみ披露する決め球だ。通常以上にかかる空気抵抗でキーパーはおろか放った本人ですら予測できないブレ方をする、まさに究極のシュート。


 やはりきたかと俺たちは飛びつく。だが身体にぶつかる直前でぐにゃりと軌道を変え、俺たちの守備の間を抜けてしまった。


 やっちまった! 振り返ったその瞬間、ボールにひとつの黒い影が飛びかかった。


「負けるか!」


 岩尾だった。目の前の俺たちが邪魔でコースが見えなかったにも関わらず、芝の上にダイブするようにボールにとびつくと両手でがっしりキャッチする。


「岩尾、ナイスセーブ!」


 ほっと安心する俺たちDF。キーパーの身体を張ったプレーにわかやまFCは助けられた。


 だが岩尾はそんな俺たちに答える暇も無く立ち上がる。そしてすぐさま地面にボールを置くと、間髪入れず大きく蹴り出したのだった。


 これには観客も選手も、ええっと呆気に取られてしまった。まさかあんな痛々しいセーブを見せた直後、休む間もなくプレーを再開するとは。


「岩尾、お前」


「今なら敵の守備も崩れてる、急いで突撃だ!」


 俺の声が岩尾の声にかき消される。普段温和なこいつがここまでするなんて、意外であったが嬉しくもあった。優勝のため、チーム全員が一丸となっているのを再確認した瞬間だった。


 岩尾の蹴り出したボールをセンターライン付近で拾ったのは前線から戻って来た佐々木さんだった。ここでようやく観客も正気を取り戻したのか、一連のキーパーふたりのダイナミックなキックの連続にスタジアムは興奮に包まれる。


 見事なまでのシーソーゲーム。こういうサッカーを見たかったんだと、まるで会場がひとつの意思を持っているようだった。


 そして敵が近付く前に、素早くターンしてロングパス。敵選手の頭上を越えたボールは、ゴール脇に先回りしていた檜川さんにうまく渡った。


「いっけえええ!」


 再び訪れた決定機。選手も観客も全員が叫び声をそろえる。


 だがその時だった。タッチラインに立っていた副審が手にした旗を上げたのだ。


「オフサイド!」


 時間が止まった。ガラガラになったゴール前にひとり立つ茨木FCのGKはふうと安心したように息を吐く。


 対照的に、しまったと口を開ける檜川さん。またしてもわかやまFCは決定的なチャンスをものにできなかったのだ。

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