5-4 攻め続けるサッカー


 後半、ピッチに立った俺は触れたボールをすぐさま味方に回し続けた。


「回せ、回すんだ!」


 いつもの陣形と変わったせいで仲間同士のパスコースの感覚がだいぶ違う。特にDFは4人から3人に減らされているために、まるで別のクラブに混じってしまったような気分だ。


 勝つためには絶対にボールを奪われないこと。それがわかやまFCの作戦だった。


「やっぱり思った通りだ、敵は11人で守り固めてるぞ」


 10人と言えどわかやまFCの個人個人の能力の高さを警戒しているのだろう、相手はFWがプレッシャーをかけてくる以外、大きく動きはしなかった。1-1のまま引き分けを狙っている。


 そこまでガチガチに固められると俺たちも攻めるに攻め切れない。高い保持率を維持しながら同点のまま迎えた後半22分、松本のシュートがはじかれコーナーキックとなった。


「DFは全員残ってろ」


 FWとMFの6人が前線に移動し、ペナルティエリア内のポジションをめぐって敵味方が入り乱れる。


 自陣に残されたGKと俺含むDF3人はカウンターに備え、密集したメンバーにゴールから離れた場所に陣取る相手選手にとピッチ上の位置関係をじっと観察していた。


 ボールを持っていない選手にこそ注意しろ。プロチームでいっしょだった磯崎は練習中、再三俺に繰り返した。


 ボールを持つ選手には否が応でも注目が集まる。ドリブルで突破をかけるかパスで味方に回すか。サッカーのテレビ中継でも基本的にはボールを追うようにカメラを回している。


 だが本当に大切なのは味方がパスを出しやすい位置に立っておくこと、そして敵の守備の隙を見つけて移動しておくこと。ゲームを作る選手はここの力が飛び抜けている。


 サッカーの試合を観戦していて、なぜかいつもボールが転がる方向に同じ選手が立っているなと不思議に思ったことはないだろうか。頻繁にゴールを決める選手は、決まって絶妙な位置とタイミングでボールが回されてくることに気付いた方もいるだろう。


 こういった選手はボールを持っていない時こそ走り回っているのだ。ピッチを見て攻めるためのコースを瞬時に判断し、状況に応じてベストな位置に移動しておく。よくサッカーはチェスに例えられるが、盤上を読み解くセンスに優れた選手とはこのような選手のことを言うのだろう。


 テレビ中継では映されない、いわば地味なプレーだ。だがこの地味を突き抜けた先に、華々しいゴールが待っている。


 コーナーにキャプテンがボールを置き、ニアサイドに蹴り出す。両チームの選手がわっと駆け寄り、ボールを奪ったのは姫路の選手だった。


 ゴール前の混戦に大半の選手が結集している。そんな時に有効な戦法はただひとつ、さっさと前にボールを渡してのカウンターアタックだ。


 相手はボールをこちら側へと大きく蹴り出した。ボールの向かう先はセンターライン付近で待機する相手FW。彼はボールを受け取ったF途端、決死の突撃を俺たちにかましてくるだろう。


 させるか!


 俺は走り出していた。ここでカウンターにつながれば一気に流れが変わってしまう。


 山なりのボールを見上げて待つ相手FW。その横っちょから全力で割り込んだ俺は、ヘディングでボールをはね返した。だが同時に相手も倒れ芝を転がる。


 けたたましいホイッスルと同時にどよめく観客。そして駆け寄った審判が高く掲げるイエローカード。


「釜田、ナイスプレーだ!」


 だがキャプテンはぐっと親指を立てて俺を称賛した。ここでボールを奪われればカウンターで失点する可能性もあった。反則でも試合を止めたことで、全員が守備位置に戻っての仕切り直しができる。


 MFもFWも定位置まで引き、姫路のフリーキックでゲームが再開される。


 相手はボールを前線まで回すことなく、DFやMFで細かくパスをつなぐ。俺たちが攻めのポゼッションサッカーを行うのとは対照的に、実力に劣る姫路は守りのパス回しで失点を防いでいるようだ。


 だがそんなのはお見通しだ。


「FWとMFの間のパスコースを防ぐんだ。全員でボールを奪え!」


 キャプテンの指示にMFが上がり、相手選手たちと交錯する。ゴールを守るのは俺たち3人のDFのみ、それ以外はボールを奪取するという超攻撃的な作戦に、相手選手たちのパスは明らかに鈍った。


 どちらにパスを回そうか、そう迷っている時間を与えるほど生易しいわかやまFCではない。まるでタックルするように突っ込んできた檜川さんに、敵選手は呆気なくボールを奪われ、体制を立て直すためにボールはわかやまFC陣内に戻されてしまったのである。


「さすが檜川さん」


 緩やかなパスを胸で受け、俺はGKの岩尾含め4人でボールをパスして時間を稼いだ。その間にボールを奪ってきたMF陣が乱れた陣形を整えたのを見て、再び前へとボールを蹴り出す。


 気が付けば試合時間も残り20分を切っている。それまでにガンガン攻めまくって、姫路の鉄壁をこじ開けてやる!

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