4-3 砕かれたプライド

「またしてもわかやまFCが大躍進です、後半戦に入ってからの攻撃力は他の追随を許しません」


 テレビの中、夜のスポーツニュースでアナウンサーが興奮を抑えるようにまくしたてる。関西1部のクラブがこれほどの扱いを受けるのは異例中の異例だろう。


 後半戦早々快勝を収めたわかやまFCは2試合目の彦根ロッソカッツェ戦でも3-0、そして今日の天王寺電工戦にも2-1で勝利した。今シーズン開幕2連敗で絶不調だったクラブとは完全に別物だ。


「絶好調ねわかやまFC」


 閉店後の店内に備え付けられたテレビを横目に、明日の仕込みのためお好み焼きの生地をボウルで練りながら千穂が満足げに頷く。だがすぐ近くのカウンターに座る俺に目を向けると、呆れたように重々しく息を吐いたのだった。


「それに引き換え……どうしたのよ兄さん、陰気な顔して」


 空になったコップを握りながら、俺はわざとテレビから目を逸らしていた。


 ここ3試合、俺はろくにピッチに立っていない。今日の試合で後半30分から選手交代で投入されたのが久々の出場だった。しかもポジションはCBセンターバックではなく、スタミナ切れの後輩が守っていたSBサイドバック。俺の定位置は終始檜川さんが守っていた。


 何も答えず黙ったままの俺に、千穂は「ははーん」とにやつく。兄がどんなこと考えているのかは察しているはずなのに、他人事だと思いやがって。


「もう寝る」


 酒を飲んでもこのむしゃくしゃは収まらない。俺はコップを置き、店の奥へと引っ込んだ。


 こんな感情、J2クラブからクビを言い渡された時以来だった。




「さあ、こっちだ」


 数日後、俺たちDFは実戦に即した守備連携の練習を行っていた。檜川さんがいくつものチームを渡り歩いて見てきた練習法を組み合わせて編み出した練習方法だ。そこに監督のトレーニングの知識も取り入れ、さらに効率性の磨かれた画期的な練習方法を俺たちはこなしていた。


 実際にゴール前に守備につき、様々なパターンで敵が攻めてきたときの対処方法を身に付ける。作戦通りにはなかなかうまくいかないこと、そしていざという時にどう仲間同士コンタクトをとるか身をもって経験する良い機会だ。


「檜川さんが入ってからうちの守備もすごく強くなったよな」


「ああ、負ける気がしねえ」


 休憩中、DFの後輩たちがドリンクを口に談笑する。先ほど松本の放ったシュートコースを先読みし、身を呈して失点を防げたのが嬉しかったようだ。


 だが俺にとってはずきずきと胸の痛む時間にしかならなかった。後輩が檜川さんを慕えば慕うほど、俺の居場所が失われていく。


 日に日に俺が居心地悪そうになっていることをチームメイトは知っている。だから後輩も俺が日陰で座り込んでドリンクをがぶがぶと飲むんでいるのを見た途端、言葉に詰まって黙り込んでしまう。奴らのそういう心遣いが余計に俺を惨めにさせてくれる。


 練習が再開し、FW陣の猛攻にDFが食らいつく場面を想定した実践守備が展開される。7月の炎天下、だが選手たちは今の勢いを逃すまいと暑さも払いのける気迫で打ち込んでいた。


 FWのドリブルに後輩のDFが身体をぶつけてボールを奪う。だがその時、足と足とが交錯し、両者ともにもつれ合てしまったのだ。


「いってえ!」


 痛々しい叫びとともに、DFが芝の上に倒れ込む。


「おい、大丈夫か!?」


 練習を中断し、俺たちは駆け寄った。後輩は足を押さえたままうずくまり、痛みに歯を食いしばらせてうなっている。ただごとではなかった。異常に気付いた他のポジションのメンバーも集まる。


「担架、担架!」


 俺は別の選手に指示を出す。別の後輩が「はい!」と踵を返し、急いで担架を取りに走った。




 俺は怪我した後輩をマイカーで近くの総合病院へと送る。監督も練習を終えたらすぐに来てくれるそうだが、整形外科が意外にも空いていたのですぐに診察を受けることができた。


「捻挫ですね、しばらくは安静が必要です」


 ベッドに寝かせた後輩の足を丁寧に引っ張りながら、白髪の医者が頷く。後輩の足は怪我をした直後よりもひどく腫れあがっていた。


「そんな、明後日試合なのに。どうにかなりませんか?」


 傷みに顔を歪めながら後輩が悔しそうに言うが、医者は首を横に振るばかりだった。


「それは無理です。2週間もすれば完治しますので、それまでは辛抱してください」


 後輩が「くっそ!」と拳に力を入れる。俺は後輩を診療室に残して部屋を出るとすぐさまスマホを取り出して監督に電話をいれた。昔に比べてペースメーカーも電波の影響を受けることが少なくなったため、病院内でも携帯電話が使えるようになってきたらしい。


 診察の結果、そしてしばらく試合に出られないことを伝えると、監督は「そうですか……」と少し残念そうな様子だった。期待の若手として最近めきめきと腕を上げてきた有望株だったので、せっかくの成長の機会を逃してしまい惜しく感じているのだろう。


「そうですか……では次の試合は釜田さんがスタメンで出てください」


 電話越しに聞こえるこもったような監督の声。不謹慎ながらある程度予想していた展開に、俺は「わかりました」と妙な安堵を覚えて返した。


 だが、それでも俺の気は収まらなかった。


「あの……」


 ぼそぼそと尋ねる。監督の「はい?」という返事に、俺は息を整えて尋ねた。


「ポジションは?」


SBサイドバックです」


CBセンターバックでは……ないのですか」


「現在考えられる最も守りの堅い布陣です」


 やはりそうか。なんとなくわかっていたが、ナイフで心臓をえぐられた気分だ。


 CBとしてお前は檜川さんよりも劣っていると、暗にそう言われたのも同じだった。

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