4-2 夏のベンチ
後半戦最初の試合前日、市内の運動公園で行われたわかやまFCの練習はいつも以上に盛り上がっていた。プロ契約の選手が増えたおかげで平日の練習に参加する人数が激増したのが原因だ。
「佐々木さん!」
「いいぞ松本君」
松本と横山の代わりに入ってきた佐々木さんとすぐに打ち解けた。10歳の年齢差があったのも一因だろう、佐々木さんの豊富な経験のおかげで松本はさらにプレーの精度を高めていた。
一方のDFはというと少しばかり違った。
「外国人選手はファウル覚悟でボールを奪ってくる。こちらもPK上等、ぶつかりにいくつもりで守ろうって思わないと渡り合うことはできない」
檜川さんは年少のDF陣にあれこれと指示を出しながら練習している。後輩たちも海外で鍛えられた年長者の指示をよく聞き練習に励んでいるが、時たま気まずそうに俺の方をちらりと目を向けている。
今までDFを引っ張ってきた俺は年齢でもキャリアでも、新参の檜川さんに見劣りしていた。かといって松本と佐々木さんほどの差はない。
後輩に混じってパスの練習をしながらも、俺は言い表しようのないもやもやとした感情を抱えていた。
ついこの前までその役を務めていたのは俺だったのに。チームに在籍した年数は俺の方が長いのに。
先日、俺は檜川さんの経歴を調べていた。檜川敏夫は徳島出身の30歳。身長は俺よりも高い185cmだ。
高校卒業後はJ3クラブに入団したものの、7年前からベトナム、タイと東南アジアのリーグを転々としていた。いずれのチームでもそれなりの成績を残しJリーグへの復帰を目指していたが、結局うちの誘いに乗ったらしい。地域リーグとはいえ日本で活躍する方が目立つと考えたのだろうか。
俺にとっては同じポジション、そしてライバルということになる。実力として大きな差は無いはずだが、だからこそ俺の立場を脅かす存在なのだ。
「まあ、強くなるならそれでいいか」
何を気にしているんだ、チームが強くなるならそれでいいじゃないか。それに俺の方がわかやまFCに一日の長がある、メンバーのことをよくわかっているのは俺の方だ。
そうやって自分に言い聞かせながら、俺は練習に打ち込んだ。
いよいよ後半戦最初の試合の日、俺たちは京都市内のサッカー場に来ていた。相手は開幕戦でも対戦した京都紫野学園大学サッカー部だ。
大学生と侮ることなかれ、関西屈指のサッカー強豪校であるここは全日本大学サッカー選手権の常連で、毎年全国の強豪と優勝争いを演じている。天皇杯への出場経験もあり、過去にはJ1クラブ相手にも白星を挙げているプロ顔負けの若者たちだ。
そして関西1部リーグにも属しているこの大学サッカー部だが、今日のメンバーは大学選手権に出場する学生たちではない。実は大学選手権への出場から漏れた、実質的に補欠のメンバーが相手なのだ。
というのもこれは規定上、全日本大学サッカー連盟所属と全日本サッカー協会での二重登録が不可能になっているためだ。部員を多く抱える強豪校は選手の出場機会を増やすため大学選手権以外にも社会人リーグ向けにクラブを創設し、そこに余った部員をあてがって試合に出場させることがある。しかし大学選手権と社会人リーグに同じ選手が参加することはできないため、経験を積ませる目的で2軍3軍の選手を参加させている。
だがそれでも俺たちと同じディヴィジョンにいられるのだから、この大学サッカー部の選手層の厚さがうかがい知れる。1軍ともなればJ1クラブが熾烈な獲得争いを繰り広げる有望株ばかりだ。
「今日の試合ですが、FWは松本さんと佐々木さんのツートップでいきます」
試合前のミーティング、メンバーの増えた更衣室で監督はホワイトボードを前に淡々と話す。確実に勝ち点を奪わねばと、俺たちは既に熱気に満ちていた。
「そしてDFですが、釜田さんはベンチスタートで
途端「え!?」とメンバーたちが声を漏らす。
一方の俺は完全に言葉を失っていた。ぽかんと開けた口がまるで動かず、全員の視線を一身に浴びながら何も考えることができない。頭がフリーズしたパソコンになったようだった。
そんな俺の傍らで、檜川さんが「ありがとうございます」と頭を下げる。加入早々の大抜擢に感謝している。
だがまさか後輩ではなく俺がスタメンを外されるとは。考えもしなかった事態、俺は完全に不意打ちを食らっていた。
でもまあ途中交代があるか。それに新しく入ったメンバーの実力を確かめるためのお試しという意味もある。そうだ、きっとそうに違いない。
そう楽観的に考えて無理矢理平静を保つ。そうしなければ自分の中で何かがぽきりと折れてしまいそうだった。
選手入場後ベンチに座り、キックオフを見届ける。開始早々攻め込むFWふたりは松本横山ペアとも遜色ない息の合ったプレーでたちまち敵守備陣を翻弄した。
その後の試合は一方的なものだった。FWの素早い攻めとMFのパス回しで紫野大学はボールを奪うことすらできない。あわよくば攻め込んだとしても、檜川さんらDFが一部の隙をも見せない鉄壁の守りを披露して枠内シュートすら打たせなかった。
チームの好調に地元から駆けつけたわかやまFCのファンが大いに盛り上がる。新戦力加入で明らかに強くなったクラブに、誰もが感激していた。
だがその声援はベンチの俺を余計に焦らせた。
「おいおいおいおい、どれだけボール保持してんだよ……」
あまりに完璧な試合運びに俺の足は震えが止まらなかった。DFの誰かがミスしてくれ、そんなやましいことすら考え始めていた。
結局後半になってもわかやまFC優勢は変わらず、一度の選手交代も行われないまま4対0の大勝で試合を終えた。FWの松本は2ゴール、佐々木さんは1ゴール2アシストとまるで長年連れ添ったようなコンビネーションを炸裂させ、ファンの関心を一気に引き寄せた。
「幸先良いスタートだな」
更衣室に向かう途中、今日はろくに動く機会も無かったのでピンピンしているGKの岩尾が松本の背中をバシンと叩く。
「はい、佐々木さんのおかげでFWのするべきことがわかりました。なんだかすっきりした気分です」
「いやいや、全部松本君の努力の賜物だよ。君ならもっと強くなれる、J1だって夢じゃない。それだけのポテンシャルを秘めているよ、松本君は」
勝利の余韻に浸る和やかな雰囲気。俺はその後ろをひとりとぼとぼと続いて歩いていた。
このシーズンどころか、入団以来初めてピッチに立たせてもらえなかった試合だった。それも怪我や病気ではなく、選手交代の必要が無かったからという理由で。
先を行くメンバーに混じって檜川さんの背中が見える。俺はそれをギロリと睨みつけた。
明らかに向上しているチームとは裏腹に、俺は落ち着かない感情に終始苛まれていた。
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