4-1 わかやまFCの新戦力
「今日からわかやまアプリコットFCに入ることになりました、
そう言って男は頭を下げる。練習前、運動公園のピッチに集まっていたわかやまFCの面々はぱちぱちと拍手で新顔を迎え入れていた。
横山の残した移籍金のおかげで、わかやまFCは資金面での不安を払拭した。これでようやく松本はじめチーム内の有望選手とプロ契約を交わし、他の仕事をすることなくサッカーに専念させられる。それだけではない、人員補強として5名の新たなるメンバーを迎え入れることもできたのだ。
「佐々木さんか、良い選手を取ってきたなあ」
拍手をしながら俺がぼそっと言うと、隣にいた松本が「釜田さん、お知り合いですか?」と尋ねた。
「いや、そうじゃないが。あの人、少し前までJ3で若手を引っ張ってきたFWなんだ。高校卒業してしばらくはJ1にいたこともあるし、お前にとっては良い見本になると思うぞ」
聞くなり松本の表情がぱあっと明るくなる。横山にFWを任されたとはいえ、まだ不安だったのがいくらか和らいだようだ。
佐々木さんが挨拶を終えると、次は隣に立っていた選手が前に出る。俺よりも背は高い、185㎝くらいあるがっしりとした体格の男だった。
「
俺は思わず瞬きした。DFで、しかも俺と同じポジションか。
皆が拍手で迎える中、社長はいつもの調子で陽気に喋りだした。
「檜川君は前までタイ1部でプレーしていたんだ。海外の強い選手とも競り合っているから、きっとうちにはプラスになるね」
海外経験のある選手。それだけでわかやまFCの面々はどよめいていた。
近年は東南アジアでもサッカーのレベルは急激に向上している。特にタイの国内1部リーグであるタイ・リーグ(旧称タイ・プレミアリーグ)は世界中から出場機会を求めて選手が集まっており、国際色豊かなハイレベルの試合が展開されている。
わかやまFCのDF陣に難があることは監督が就任早々指摘した通り。移籍金を使ってDFに人員補強がなされるだろうとは薄々勘付いていた。
だが、まさかサイドでなく俺のポジションの選手だとは思わなかった。とはいえうちのDFでJリーグの経験があるのは俺だけだ、戦力面で俺の存在は大きい。きっと俺以外の誰かと入れ替わるのだろう。
「さあこれから後半戦7試合、今までの勢いで優勝だ!」
いくら喝を入れてもどことなく気の抜けてしまいそうな社長の声。俺たちは「はい!」と答え、この日の練習を開始した。
「では、わかやまFCニューフェイスの皆様を祝って、かんぱーい!」
ジョッキを持ったキャプテンの号令。俺たちは「かんぱーい!」と声を揃え、各々グラスを打ち鳴らした。
いつも通り俺の家の居酒屋、わかやまFCのたまり場では新たに入団したメンバーの歓迎会が行われていた。
「ええ、佐々木さん33歳なんですか!?」
ぎょっと驚く松本に、佐々木さんは「見えないだろ?」と自慢げに言う。FWは既に打ち解けているようだ。
「そうだ、俺と同世代だな」
既にジョッキを空にしたキャプテン(34歳)も割り込む。途端、佐々木さんがええっと嬉しそうに声をあげた。
「てことは昔、真剣戦隊ソードレンジャー見てませんでした?」
「ああドンピシャの世代だよ、ブラックがカッコ良かったな」
「ですよね! 敵幹部もこれまたおもしろいんですよ、レッドの幼馴染だったとか」
そしてたちまち昔の特撮で盛り上がる三十路男ふたり。突如現れた世代の壁に松本は苦笑いするしかなった。
「そう言えば横山はどうなったんだ?」
焼き鳥を頬張っていた岩尾が若い選手に尋ねる。聞かれた選手はスマホを取り出し、すぐに検索をかけた。
「試合は8月に入ってからなんで、まだあまり報道はされていませんね。今は開幕前の調整で、トレーニングにも合流して頑張ってるみたいですよ」
「せっかく横山のおかげで巡ってきたチャンスだもんな、後半戦もしっかり勝たないとな」
横山の移籍がきっかけでチームの結束が向上し、調子を上げたのは紛れもない事実。新たに迎え入れたこのメンバーなら、関西1部優勝も夢ではない。
「でもなあ」
俺はひとり呟き、コップの冷酒を口に付けた。
チームが強くなること、それは同時に取り残される者がいることも意味している。実力主義のスポーツの世界では当たり前の話、俺だって試合で活躍できないと判じられたからこそJリーグから放逐されている。
だからこそ檜川さんの加入でDFのポジション争いが熾烈化すると思うと、仕方ないとはわかっていても気が重かった。戦力から外される誰かに同情してしまう。
「ねえ檜川さん、タイってどんな所でした?」
兄の心配事などどこ吹く風、千穂が興味津々といった様子で檜川さんに尋ねた。檜川さんは煮魚をつつきながらのんびりと答える。
「一年中温かくて、でも乾季と雨季があるから暑さの質が全然違うんだ。でも食べ物は美味しいし、人柄も良いから住み心地良かったよ」
「いいなあ。兄さん、私もタイに連れてってよ」
千穂がこちらに眼を向け、甘えるように言ってきた。こういう時ばかり兄に縋りやがる。
「兄にたかるな、彼氏でもこさえて連れてってもらえ」
「うっわ聞きました? これ訴えるところに訴えたらセクハラでいけますよね?」
「生意気な妹だな」
はははと湧き起こるわかやまFCメンバーの笑い声。だがそんな穏やかな雰囲気になっても、胸中の妙なざわめきは一向に収まらなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます