サッカー・リベリオン 弱小地域クラブはＪリーグに挑む

３－６ 勝利をもぎ取るために！

　その後、フェルナンドを中心とした茨木ＦＣの息もつかせぬ怒涛の攻め上がりに、俺たちは防戦一方の展開を強いられていた。

「くそ、またコーナーキックか」

　前半だというのにもう8本目。わかやまＦＣのＧＫやＤＦは絶え間ない緊張に既にへとへとだった。

　相手はフェルナンドをＣＦ（センターフォワード）に置いた４－３－３の布陣。ＦＷが３人いることで両サイドから中央から変幻自在に攻撃を仕掛けてくる攻撃重視のチームだ。

　対する俺たちは４－１－３－２。攻撃は横山と松本らツートップの突破力に賭け、守備を固めながら戦うのを理想としている。ＦＷふたりの能力は高いもののＭＦやＤＦがボールを奪わなければ攻撃に転じられず、現状どうしても守勢に回らざるを得ない。

　今のところＤＦの踏ん張りでゴールネットを守っているものの、このままではいつか押し込まれるのは時間の問題。自陣前からボールを離すのが最優先だ。

　左コーナーにボールを置いたフェルナンドが呼吸を整え狙いを定める。俺たちはゴール前で一塊になり、飛んでくるボールを奪わんとじっと身構えていた。

　そして蹴り出される。さすがはベテラン、回転を利かせたボールは楕円形に歪んだようにさえ見えた。そして驚いたことにフェルナンドのボールは空中でぐにゃりと、えぐり込むように軌道を変えたのだ。そのコースは俺たちの頭上を飛び越え、直接ゴールラインを割らんという勢いだった。

　危ない！

　叫ぶよりも先にＧＫの岩尾が反応する。そして芝の上に描かれた白線ギリギリの位置で飛び上がり、パンチングでボールを弾き出したのだった。

「ナイス岩尾！」

　キャプテンが声をかけると同時に無理な体勢でジャンプした岩尾が芝の上に倒れ込む。だが空中に大きく跳ね上げられたボールを最初に拾ったのはペナルティエリア外の位置についていた茨木ＦＣ選手だった。

　しまった！　俺たちはシュートコースを防ごうと再びゴール前に集まる。相手選手からゴールまで直接シュートを打つにはやや遠いが狙えない位置ではない。

　だがその選手は予想していない動きを見せる。俺たちが守るゴールとはまるで違う方向、左サイドへと弱くボールを蹴り出したのだ。

　意表を突かれた俺たちが目でボールを追う。そこに走り込んできたのはフェルナンドだった。

　そういうことか、と理解した時には既に遅かった。フェルナンドの剛脚を叩き込まれたボールは空を切り、俺たちの間隙を針のように貫く。立ち上がった岩尾が飛びつくも間に合わず、そのままボールはゴールネットに突き刺さったのだった。

「茨木ＦＣ、先制点！」

　アナウンスに盛り上がる観客たち。ホームスタジアムの大歓声、真っ赤なスタジアムは波打った。

「ちっくしょー！」

　コーナーまで駆け寄って観客にアピールするフェルナンドの背中を横目に俺は吐き捨てる。

　横山にとっては最後の試合、ファンのためにも勝利は至上命題だったのに先制点を奪われてしまっては白星が一気に遠のく。

　だが、ここまで悔しいと思えたのはいつぶりだろう。　

「まさかあそこでパスするなんて、完全に見落としていた」

「くそ、俺があそこでキャッチしていたら……」

　うずくまった岩尾が芝をゲンコツで殴りつける。自分の判断ミスで失点を招いてしまったと責任を感じているのだろう。

　せっかくしのいできたピンチを失点で終えた俺たちは一様に沈んでいた。だがそんなムードを断ち切ったのは鳥山キャプテンの一声だった。

「ＤＦはフェルナンドを徹底マーク、ＦＷは守備のことは気にせず前に進め！」

　失点のことなどまるで気にしないようにいつもの調子、いやいつも以上の落ち着きを見せながらも力強くチームに声をかける。

「フェルナンドさえ封じればなんとかなる。ＭＦはＤＦの分まで守備を固めるぞ」

　キャプテンの声にメンバーの表情は和らぐ。１点くらいなんだ、それなら２点取ればいいと、言葉を交わさずともそう話し合っているような気がした。

　なんだか俺も楽になった気分だった。らしくもなく「はい！」と他のメンバーと声をそろえる。

　ただひとり、横山だけが一気に立ち直るメンバーを見て唖然としていた。それに気づいたのかキャプテンはにやにやしながら横山に近付くと、その肩を手でがっしと掴んだのだった。

「横山、お前は強い。俺みたいな三流選手がお前みたいな凄い奴の役に立てるとはとても思っていない。それでもお前は俺をキャプテンとして慕ってきてくれた。俺は嬉しかったよ」

　じっと横山を見つめるキャプテン、それを茫然と見つめ返す横山。少し異様な光景だが、ふたりの間には無言の信頼があった。

「だからせめて勝ち星でお前を送り出してやろうと思ってる。お前の華々しいキャリア、俺にできるのはそれくらいだからな」

　そう言ってキャプテンは横山の肩から手を離す。ふと見えた横山の顔は何かが吹っ切れたような、清々しさに満ちていた。

　鳥山キャプテンは今一度わかやまＦＣの選手を見回す。

「お前ら、格下なら格下なりの意地、見せつけてやろうぜ！」

　そして再びチームを鼓舞する。再びメンバーが「はい！」と返答をするとき、そこには横山の声も混じっていた。

　そして試合は岩尾のゴールキックで再開される。

　ボールを受け取った鳥山キャプテンはＭＦ同士でパスを回す。相手ＦＷのフェルナンドが近付いてプレッシャーをかけるものの、落ち着いたわかやまＦＣ選手が乱れることはなかった。その間にも茨木ＦＣ全体の守備が前方へ前へとシフトしていく。随分と強気だ。

　だが攻撃に重きを置けばその分だけゴール前が薄くなるのが11人でプレーするサッカーの宿命。ＭＦ含めセンターラインまで上ってきた今、敵陣には４人のＤＦが散在するのみ。

　あちこち回されるボールに気を取られていた敵チームは、横山と松本のふたりが敵陣であちこち動き回っていることまで気が回らなかった。

　ＭＦが敵選手を惹きつけ、一旦ボールを後方の鳥山キャプテンまで下げる。

「横山、頼んだ！」

　ついにわかやまＦＣの攻撃が始まった。キャプテンは敵選手の頭上を飛び越える大きなパスを蹴り出すと、敵ＭＦとＤＦの間にボールをうまく落とす。

　それを真っ先に拾ったのは横山だった。横山は蹴り出されるや否や予めコースを読んでいたように敵ゴール側に向けて走り出すと、背中から飛んできたボールをワンタッチで保持し、勢いを殺さずドリブルに転じる。

　このプレーにはわかやまＦＣだけでなく、茨木ＦＣサポーターもどよめき立った。強豪チームだけあって比較的目の肥えているファンでさえも、ここまで流れるようなボールさばきを目にするのはなかなか無い。

　敵ＭＦが追い上げるも横山の足は止まらず、同時に松本も逆サイドに走り込む。

　格上相手だというのに横山の突破力は凄まじいものだった。突っ込んできた敵ＤＦを闘牛士のようにかわし、複数で行く手を塞がれれば逆サイドの松本にボールを渡し敵の裏をかく。明らかに一人だけレベルの違うプレーを見せつけていた。

　そしていよいよ敵陣ペナルティエリアに差し掛からんというところ。ボールを持っていたのは松本、対するはＧＫとＤＦひとりのみ。

　得点のチャンス。松本は大きく振りかぶり、シュートを放つ。だが悲しいかな、そのボールはゴールからはやや外れ、無情にも枠外へ逸れていく。

　何やってんだ！　叫ぼうとした俺だが、そう言う暇も無く目を見張る。

　横山だった。蹴り出されたボールに突っ込んだ横山はボールの芯をとらえるヘディングをかますと、松本のシュートの勢いそのままにボールの軌道を変える。

　咄嗟のことに敵ＧＫもＤＦも反応できなかった。ボールは一旦ゴールポストにぶつかったものの、ゴール内側のラインを割って芝の上でバウンドする。

「同点だぁあああああ！」

　キャプテンの咆哮。呼応するように選手も観客も、一斉に歓声をあげる。

「おおっし！」

　まだ前半、それも追いついただけだというのにまるで試合終了間際に勝ち越したような盛り上がりだった。それほどまでに俺たちにとってこの１点は大きかった。

　関西１部最強の茨木ＦＣを相手に、それも横山が決めたということが、自分のことのように嬉しかったのだった。