3-5 最強の敵

「横山を勝利で送り出そう!」


 ロッカールームで円陣を組んだ俺たちは「おおっ」と力強く声をそろえる。


 7月を目前に控えた第7節。シーズン折り返しの試合にして横山がわかやまFCで出場するファイナルマッチを迎えた俺たちは強い結束でまとまっていた。


 あの飲み屋での一件以降、吹っ切れた松本は今まで以上のパフォーマンスと連携で皆の眼を点にさせた。動きのキレ、シュートの威力と何もかもが向上し、急激な成長を遂げていたのは誰の目にも明らかだった。


 プロ契約を結んだことでバイトに時間を割かれなくなったのも大きい。ほんの一週間前までどん底にあったチームは、かつてない良好な雰囲気に包まれていた。


 だが、そう上手くはいくものだろうか。これだけ好調のわかやまFCにあっても、俺は拭い去れないだけの不安を感じていた。


 なにせ今日の相手は昨年の関西1部リーグの覇者、茨木FCだ。


 わかやまFCよりも5年遅れて設立されたにも関わらず、有名企業をスポンサーに付けることで潤沢な資金と有力選手を擁し、たちまち関西の盟主にのし上がった実績を持つ。


 昨年は地域リーグ優勝クラブのみ出場できる全国地域サッカーチャンピオンズリーグでも3位。ギリギリで昇格を逃してしまったものの、現在全国で最もJFLに近いクラブに数えられている。ここ3年間は俺たちわかやまFCは練習試合も含めて1勝も奪えていない天敵だ。


 さらに今日は和歌山を離れてアウェーのスタジアム。連覇を掲げる茨木FCのサポーターが大勢押し掛けている。


 グランドに出た俺たちが最初に目にしたのは、茨木FC応援団のユニフォームで真一色に染まった観客席。単なる地域クラブとは思えないほどの集客力にわかやまFCは呑み込まれてしまいそうだった。


 だが振り返って多少不安は和らぐ。相手とは対照的に薄い緑色のユニフォームを着込んだわかやまFCの応援団の声援。横山や柊監督を目当てに集まった日の浅いファンがほとんどだが、それでも俺たちの背中を後押ししてくれることには間違いない。


「やるしかないか!」


 俺たちは顔を見合わせて頷くと、それぞれのポジションにつく。


 そしていよいよ試合が始まる。先にボールを持ったのは俺たちわかやまFCだ。


「速攻だ!」


 キャプテンが指示を出すとすかさずボールを後方へ回し、FWのふたりが一気に駆け上がる。そして一旦後ろへ下げたボールをMFがいきなり縦へと一本のパスでつなぐ。


 まだ両軍とも陣形も整え切れていない状況、予想外の速攻に相手選手は不意を突かれ、易々とボールを通されてしまった。


「横山さん!」


「はいよ!」


 そしてFWふたりも息の合ったコンビネーションで敵を避ける。一週間前とはまるで別人のようなプレーに、わかやまFCのファンだけでなく茨木FCのファンも感嘆の声を漏らす。


 そしてあっという間にゴール前、ボールを運ぶ松本の前にはもうGKしかいなかった。


 もらった! 誰もがそう思った。


 だがその時、シュートの狙いを定める松本の背後から弾丸のように突っ込んできた黒い影に観客がどよめいた。


 伸ばされる長い脚、ボールを奪われ倒れる松本。だが笛は鳴らない。それどころかボールを奪った影は方向転換し、猛スピードでドリブルを始める。


「フェルナンド・ヤマガタだ!」


 まっすぐこちらに突っ込んでくる口ひげを生やした男に、岩尾が叫ぶ。俺たちDFも腰を低く落として身構えた。


 わかやまFCのMFが次々に飛びかかる。だが男はまるで3秒先の動きを読んでいるかのように、ひょいひょいとフェイントとステップでかわし、身体に触れることすらさせてくれない。


「何だよあの動き、全然衰えてねえじゃないか」


 俺は舌打ちした。


 茨木FCが豊富な資金力を用いてまず行ったのは、J1のベテラン選手を多数招き入れたことだった。年齢のおかげで活躍が難しくなってきたものの、引退しようという気は湧かない。そんな歴戦のプレーヤーとプロ契約を結ぶことで、茨木FCは新興ながら瞬く間に関西1部を席巻したのだ。


 今年から茨木FCに加入したフェルナンド・ヤマガタもそういったベテラン陣の一人だ。41歳のフェルナンドは20年以上前に日系ブラジル人Jリーガーとして来日後、長らくJ1で活躍してきたストライカーだった。俺も子供の頃は憧れていたスター選手で、俺世代のサッカー少年の記憶には深く刻み込まれている。


 体力の衰えで第一線からは身を退いたものの、その技術はさらに磨きがかかっている。172cmと長身ではないがインターセプトにトラップ、そしてシュート技術とどれをとっても他を圧倒しており、今年も6試合に出場して11得点、既にぶっちぎりの得点王だ。


「来るぞ!」


 開始早々得点されればこの試合を完全に支配される。悪い流れを作らせないためにも、俺たちDFはイエローカードも覚悟でフェルナンドに突っ込んだ。


 だが俺たち守備のラインが上がりゴールとの間に隙間ができたのをフェルナンドは見越していた。なんとこの歴戦の猛者は今まで猛スピードで自分の蹴り続けていたボールを180度、真後ろに蹴り出したのだ。


「あ!」


 なんとヒールパス。ボールはフェルナンドの後方に力弱くころころと転がる。そこに駆けつけたのはすぐ後ろまで上っていた別の茨木FCの選手だった。


 ボールを拾った茨木FCの選手はすぐさまシュートを蹴り放つ。先頭のフェルナンドをマークしていた俺たちは完全に隙をつかれ、ボールは俺たちDFの守備の隙間を貫いた。


「なんの!」


 だがそのボールは岩尾が手を伸ばした横っ飛びで間一髪キャッチする。このまま逃せば枠内に入っていたコース、心底ほっとした。


「ナイスセーブだ、岩尾!」


 俺は芝の上にボールを抱き込んだまま倒れ込む岩尾に拍手を贈る。一瞬に全エネルギーを注いだ岩尾はふうふうと肩で息をしていた。


「ああ。でも、これが続くのはきつい……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る