2-2 動かない試合
そこからの試合は膠着状態が続いた。
わかやまFCがボールを回し、六甲山FCはゴール前に固まる。時たま均衡が破られてハッとする場面があっても、結局ゴールネットが揺れることは無くまたしても同じ状況に戻される。
そんなこんなで大きな動きも無いままハーフタイムを迎えた俺たちは、ロッカールームに引っ込んでも今ひとつ落ち着くことができなかった。
「このまま引き分けかな?」
汗を拭う岩尾が言うと、すかさず松本が提案する。
「攻め込みたくてもあれじゃあ……いっそのことパワープレイに出ます?」
だが鳥山キャプテンはドリンクを飲みながら首を横に振った。
「カウンターの得意な六甲山FCには危険だ。まだ半分ある、監督の指示通り守りを固めてボールを回そう」
「でもボールを回すだけじゃ点は入りませんよ」
「だが奪われることも無い」
退屈なゲームにチームメイトも不満を募らせている。45分もの間攻めあぐねてパス練習をしているような気分、それがまだ続くのかと思うと観客にも申し訳ない。
各々がぶつぶつと漏らしていると、ドアがノックされ監督が入室する。
「準備は終わりましたか?」
「監督、後半はどうしましょう。プラン変えますか?」
キャプテンが頼み込むように尋ねる。だが監督は眉一つ動かさず、毅然と言い切るのだった。
「いえ、前半と同じく、ギリギリまで今の動きを続けてください。勝機は向こうからやってきます」
ため息を吐くなりぽかんと口を開けるなり、俺たち全員それぞれが落胆する。
トーナメントならまだしもリーグ戦では引き分け狙いも十分あり得る。引き分けでも勝ち点1が得られるなら、無理に攻め込まず守りに徹するのも立派な作戦だ。
だが監督はあくまでも勝ちに行くつもりらしい。それならなぜこんな時間稼ぎに徹するのか。
「じゃあ監督、もしチャンスが来たら攻め上がっても良いのですか?」
俺は立ち上がると反抗期の中学生のような口調で訊いた。
「当然です、得点の機会は逃してはなりません。ただし釜田さんは絶対にゴール前から動かないでください。勝つために必要なのはまず負けないこと、いついかなる時も相手のカウンターには備えなければなりません」
もし唾を吐けるなら吐いていただろう。
監督の言うことも理解できる。俺たちがラインを上げてパスを回せば、その分自陣の守りはガラガラになる。そこにボールを蹴り出されて走り抜けられでもしたら、簡単にシュートを撃たれる。事実前半にも危うい場面があったが、俺がゴール前を守っていたおかげで相手のカウンターを防いだのだ。
だがそれでも俺は釈然としなかった。ゴール前の競り合いには自信のある俺ほどの選手を使わないなんて……。
「納得できない」
俺はドリンクを口に含むと、再びピッチへと向かった。
後半に入っても試合が動く様子はなかった。相変わらずガチガチに守りを固める相手に、攻撃の隙をうかがいながらボールを回す。
観客もすっかり退屈しているのだろう、あんなに大きかった声援もすっかりなりを潜め、最前列に座っていた女子高生たちもスマホを弄っている。
「やっぱりこうなったか」
だが後半15分のことだった。ずっと敵陣でボールを待っていた横山と松本のツートップが、何の前触れも無く前に向かって走り出したのだ。
すかさず鳥山キャプテンが縦方向にパスを回す。それを受け取った松本に、わっと密集する敵チーム。
しかし松本は速かった。ペナルティエリアの外からゴール向かって蹴り放ったボールは、敵DFの間隙を縫って芝の上を滑空する。
そこに伸びたのはGKの腕だった。
惜しかった。あと少しでゴールラインを割るところで、GKが飛びついて松本のシュートを枠外へとはじき出す。
だが観客からの応援は、この日一番の盛り上がりを呈する。コーナーキックのチャンスだ。セットプレーからの得点確率は流れからの得点の数倍だ。
この好機を逃してなるものか。俺は走り出した。
「おい、釜田!」
GKの岩尾が呼び止める。だが俺は振り返らず、相手陣のゴール前、敵味方チームが密集するペナルティエリア内まで駆け上がったのだった。
「釜田、お前監督の指示を破るのか!?」
DFの俺が命じられた位置から動いていることに気付いたキャプテンがぎょっと眼を剥く。
「いいんです」
ちらりとベンチに眼を剥けると、監督も俺に戻れと指示することも無くただ腕を組んだまま目の前の出来事を眺めている。得点機会を逃すなとは監督の指示、こんな好機に全力を注がないなんて試合放棄も同じだ。
身長の高い俺はコーナーキックではヘディング要員として申し分ない。せっかくの武器に巡ってきたチャンス、今使わずしていつ使うのか?
FW横山がコーナーにボールを置き、強く蹴り上げる。ボールはゴールのやや手前側、ニアサイドに落ちるに放物線を描いた。
もらった!
俺は地面を蹴った。周りより背の高い俺は格好の目印になったのだろう、俺の頭のちょうどよい高さに横山のボールが飛んでくる。
そして見事クリーンヒット。俺の額にぶつかったボールはゴールめがけて叩き付けられる。俺は得点を確信した。
だが次の瞬間、俺はぎょっと凍り付く。突き出したボールめがけ、相手キーパーがすかさず割り込むとパンチングで跳ね返したのだ。それだけではない、強くはじき返されたボールは密集の上をぽーんと飛び越える。
「まずい!」
慌てて振り返った時、既にセンターライン近くまで転がっていたボールには敵味方問わず集まっていた。そして最初に拾い上げたのは、よりにもよって相手チームのFWだった。
俺たちは全力で追いかけた。だが快速自慢の敵FWは、無人となった俺たちの陣地をドリブルで悠々と突き進む。
そしてペナルティエリアまで突入すると、飛び出してきた岩尾を見て力を込めたシュートを放つ。
DFのいないゴールを制するのはあまりにも容易だった。ゴールポストギリギリを狙ったシュートに岩尾が反応するも、ボールは無慈悲に指先をかすり、ゴールネットを貫いたのだった。
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