第7話 失せ物(うせもの)

 屋敷中がざわついている中、普段女房たちが寝起きをしている部屋には、まだ数人の女房が居た。そこに桔梗が無言で入って来た。

 突然のことに驚く女房たちに、桔梗はいつもより低めの声で問いかけるのだった。


「旦那さまが大変困っておられます。隠している書物を出してください……」


「隠しているだなんて……」


「こちらは先程くまなく探しましたが、何も見つかりませんでした」


 若い女房たちが、お互いに顔を見合わせて戸惑いながら答える。


「そうですか……」


 そう一言口にすると、桔梗はある一点に向かって歩みを進めた。きぬの擦れる音がする。



 女房たちの身の回りの品をしまっておく葛籠つづら置き場の前で立ち止まると、その内のひとつを手に取った。

 続いてその場にかしこまると、蓋を開けて中身を広げいく。


「ちょっと! あなたっ、何をするの!」


 桔梗の様子を見て、葛籠の持ち主の女房が慌てて叫ぶ。


「勝手に他人ひとの物に手を出して! めなさい‼︎」


「……」


 桔梗はその叫び声には耳を貸さず、ただ無言で、中をあらためている。


めなさいと言っているのが分からないの‼︎」


「何をしているの! あなた達も早く、桔梗を止めなさい‼︎」


 続いて、そばに居る女房たちに桔梗を制止するように命ずるが、その金切り声のあまりの勢いに、その場にすくんで動けずにいる若い女房たちだった。



「ええいっ‼」


 らちがあかないと思ったのか、叫んでいた女房自らが桔梗におおかぶさろうとしたその瞬間、葛籠の中から、桔梗が絹に包まれた物を取り出した。


「‼︎」


 桔梗の手先にあるものを見て、女房がひるむ。


「これは何ですか?」


 静かに問いただす桔梗。



 一瞬で場の空気が張り詰めた。 ―― しかし、誰も何も答えない。



 幾重にも巻かれた絹を桔梗が静かにほどいてゆくと、中から、探していた書物の表紙が現れた。


「あっ‼」


 女房たちが口々に驚きの声を上げる中、桔梗を止めにかかった女房が、その眉を吊り上げ、醜く顔を歪めて大声で言い放つのだった。


「この女! 他人ひとの荷物をあさって、さも自分が見つけたように振る舞うとは、何たること!」


「そういえば、前から物が無くなっていておかしいとは思っていたのだが、さては、お前の仕業だったのだな!」


「今日もこうやって騒ぎを起こし、罪を他人ひとになすり付けようとは……! この不届き者! 泥棒! 此処から出てゆけっ!」


 ―― 部屋中に、不穏な空気が漂った。











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