第4話 さとり

 屋敷にやって来た桔梗は、主に、直比呂なおひろの身の回りの世話をしていた。

 細やかに気を配り、例えば、直比呂が命ずる前にほっしている品物を用意しているなどといった事は、屋敷の日常生活では当たり前のようになっていった。

 優しい物腰でいて、かいがいしく身の回りを整えてくれる――そんな桔梗のことを、日々いとおしく思う直比呂であった。


 そんな普段は穏やかな桔梗だったが、ある時、意外な一面をみせる時があった。


 知人がある人物を連れ、何やら重要な話があると言って、直比呂の屋敷を訪れた時である。

 いつもなら、客人が居心地の良いように細やかに気を配るはずの桔梗であったが、その日に限って、茶碗を立て続けに割って騒ぎを起こしたのである。


―― ガシャン ――

「申し訳ございません。只今、ぐに替りをお持ちいたします」


―― ガシャン ――

「申し訳ございません」


―― ガシャン ――


 これでは落ち着いて話が出来ないと思った客人は、「また出直して参ります」と屋敷を後にした。


 普段の桔梗からは想像できないその様子に、少々苛立いらだった直比呂が桔梗を呼んだ。


「どうしたのだ。いつものお前らしくもない……。 どこか具合でも悪いのか?」


「申し訳ございません。実は……、先程のお客様に、何やら怪しい影が付いておりました……」


「何っ!」


「旦那様にとって悪い感じが致しましたので、お帰りいただくようにはかったのでございます。出過ぎたまねを致しまして申し訳ございませんでした……」



 その問いかけに、下を向きながら直比呂の耳元で小さな声でささやく桔梗だった。

「そんな馬鹿な……」と、心では納得がいかない直比呂だったが、日々良く尽くしてくれる桔梗がえてそんな行動に出る程なのだからと思い、この件は不問に付したのである。


 だが、そのひと月ほど後になって、あの時の客人が、まつりごとに対し不穏な情勢をあおっていた張本人であることが分かり、その者の周りにいた貴族も揃って、朝廷より懲罰を受けたという話が宮中で広がった。その話を聞いて、一瞬顔色が青くなった直比呂だったが、

「桔梗のおかげで、大難を逃れることができた……」

と、改めて桔梗に対する大きな感謝の気持ちがこみ上げてくるのだった。


 屋敷に戻り、その日もかたわらで変わりなく仕えてくれる桔梗の手を取ると、「済まなかった」と詫びる直比呂の姿に、驚きながらも微笑みををかえす桔梗であった。


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