第2話 依頼主(たのみびと)

―― 昨日さくじつのこと。

 晴明は、とある貴族から「内密に願いたい」という依頼を受け、貴族の屋敷に出向いていた。


 香が焚かれている部屋に通されると、そこには依頼主たのみびとが座って清明を待っていた。

その青白い顔、泣き腫らしたであろう目が、この依頼が「只事ではない」ことを物語っていた。

 その貴族 藤原直比呂なおひろは、晴明の姿を見るなり、いずるようにその足元に近づき、ひれ伏し涙を流して晴明に懇願こんがんした。


「助けてください……。桔梗ききょうを、桔梗を探し出してください」


 尋常ではないその様子に驚きながらも、晴明はゆっくりとその場に腰を下ろし、直比呂の手を取り、静かに口を開くのだった。


「どうぞ、お顔をお上げください」

 直比呂の腫れた目を見つめる。

「一体、いかがなされたのですか……」


 晴明に促されて座に戻るが、涙をはらはらと流し続ける直比呂を案じて、白湯を飲むように勧める晴明。


「人探しなのですか……。 さぁ、大きくひとつ息を吸って吐き出しましょう」


 こくっ、と白湯を飲み干し、言われるように両肩を上げて息を吸う直比呂。

「ふうっつ ――」

 大きく息を吐きだすと幾らか落ち着いたようで、直比呂が小さな声でぽつぽつと語り出すのだった。


「桔梗というのは、私の妻の名でございます」

 もう一度、深く呼吸をする。


「実は……、昨夕、護衛の者に槍で突かれ……」


「何と!」

 晴明が驚きの声を上げる。


「傷を負ったまま屋敷を飛び出してしまったのです……」


「何かの間違いですか?」


「いえ……」


 しばらくの沈黙の後、直比呂が重い口を開く。

「実は……、逃げ出した桔梗の姿は……、あやかしだったのでございます」


「……」

冷静な晴明が、思わず言葉を飲み込んだ。


 


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