230.wish to reach to her heart
「は? あいつをうちに?」
あれから即入団し、団長補佐を半年務めた後、
リディアを忘れていたわけではない。関係ないと断ち切ったわけでもない、ただもう縁がないと思っていたのは事実。
「そうだ。防衛は叩き込んだ。あとはお前が面倒見ろ」
ワレリーは最初からそうするつもりだったのだ。あの時の言葉を噛み締める。
――この時、ディアンはまだ第一師団をまとめあぐねていた――わけではない。
各師団それぞれの個性がある、それは団長のパーソナリティに左右される。この第一師団は、そのカラーをまだ決めかねている――いやディアンはどうでもいいと思っていた。
今も戦略会議室で、ディアンは冷たい目を部下に向けていた。
「あん? できる、できないじゃない。――やるんだ」
こつ、と指でマップを鳴らす。それで決定だった。
一癖も二癖もある男たちが、目に挑戦的な光を宿しながら、作戦を遂行すべく部屋を出ていく。
そこには、ディアンに対する反抗心もあるだろう。
だが、団長の命令は絶対だ、それは魔法師団に共通の認識。どんなに団長に嫌悪を抱いていても、ディアンの魔法の腕はトップだ。それに敵う者はいない。
ここでは魔法の、特に戦闘能力においての腕が優先される。その存在は絶対だ。
――リディアが来る。
あの従順で、おとなしくて、でも頑固で、強い光を目に宿す娘が。
面倒を見ろ、そう言われても何をどうすればいいのか、見当もつかなかった。
***
来た当初は放っておいた。
ディアンは口も悪く態度もでかい。敵も作りやすい。
だが一目は置かれていた。
最初は、年が若く経験もない小僧がどこまでできるのか、と内外問わず実行不可能な事案がかなり回されてきた。だがすべて処理した。
今では第一師団の処理能力は、各師団の中でもほかの追随を許さぬほどだった。
――だがディアン自身、部下たちからの信頼は厚いとは言えない。親愛の欠片も抱かれていない。
だが、やりやすかった。
やれと命じれば、必ず成し遂げる。
それだけの実力者がほとんどだった。育てる必要もない。足りないと思えば、自分で這い上がる。その代わりディアンは部門替え、配置がえに口を出さなかった。
本人が、自分がその部門や作戦が適格者だと自己申告すればそれに応じた。しばらく力をつけたいと言えば、その期間を与えた。
リディアもそれでいいと思っていたのだ。
「――なあアンタ。あいつの現状わかってんのか? それともただ放置して楽しんでんのかよ」
突然そう言って執務室に乗り込んできたのは、ディック・リトラという魔法師だった。
年齢のわりに見習い期間はすでに終えていて、実践経験も豊富。最近は魔法剣士に鞍替えしたと把握していた。
だが、ほとんど話したことはなかった。
いつものように睨みつけるディアンに負けず劣らず目つきは悪い。
ひょろりと伸びた背、筋肉はまだあまりついていない。だが魔法剣を扱うほどの筋力はあるのだ、魔力も高く、魔法戦の腕もかなり上に行くだろう。
「あいつ?」
「アンタが連れてきたんだ。知らねー奴はいねえよ。団長二人に後押しされて入ってきた曰くありげなおじょーさん。そのせいで目立ちたくもねーのに目立ってる。なのにアンタは何もしねえのかよ」
「ここは
ちっと盛大に舌打ちをしたディックは、分かってねえな、アンタという。団長に向かってだ。
「じゃあなんで、戦闘チームにいるんだよ」
「それが上層部の意思だ。あいつもそれで承諾した。あとは本人の責任だ」
ガンっと音がした。ディックが執務机を盛大に蹴り飛ばす。
「育つ前に潰れるぞ! 『
さすがにムカッと来たのは、そのセリフにか、その態度にか。
「ならお前が面倒を見ればいいだろう」
「――俺一人じゃできねえから言いに来たんだよ! このクソったれ!」
そういい捨てて出て行った奴が帰った後、机には盛大な穴が空いていた。
***
あれからディアンは周囲に「
確かにリディアの配置先を見たら、ひどいもんだった。
雑用に汚れ仕事、苦情係。戦闘前後の汚物や危険物の処理や、住民への説明に苦情引き受け、死体の始末、危険事案での見張り。
――確かに見習い期間中は雑務が多い、だがこの内容は、小娘にやらせるものじゃない。見習い期間でもその分、難しい案件は実力者と組ませて学ばせることが多い。だがそれさえもない。
置いてきぼりも頻繁だった。
チームリーダーを呼んで事情説明を求めたら「そういう裁量はこっちに任せるっていわれたんで」と肩をすくめるだけ。一度リディアを置いて逃走してきたやつらを問い詰めたら、「うちは実力主義っしょ」と。
睨んでも脅しても、空回りだ。
「――おっさん。アイツは、うちには向いてない」
だから引き取ってくれ。
ディアンがワレリーにそう言ったのは数ヶ月後のことだった。あちらでは、含み笑いが聞こえた。
でも返事は、嘲笑と侮蔑しかなかった。
『マクウェル団長も随分と情けないな。もう少し持つかと思ったんだが』
「だから! 俺じゃなくて――」
『“うち”、じゃない。“俺”には無理だ、そう認めたらどうだ』
ワレリーの声は随分とすごみがあった。
「――っ、とにかく――」
『お前は何をしたんだ? 何があの娘にできたんだ?』
「うちのカラーに合わねえんだよ」
『お前の、第一師団のカラーはなんだ?』
「……」
『お前はいつまで、裸の王様でいるつもりなんだ?』
やりやすいと思っていた。
命令すれば必ず実行する。自分が強くさえあれば周りは従うと。だがどうだ、リディアに関して命じても誰も何もしない。
従っていたのは、ディアンの命令にだけ。ディアン自身には誰も従わない。
それに気づいて――ぞっとした。
『確かにあの
「……」
知らない。いや――従順で頑固で、そして意見を一度決めたら曲げない。
『あの
――通信はいつの間にか切れていた。
ディアンは混乱したまま食堂に向かう。リディアは相変わらず一人、いやディックが睨みをきかせていた。
「――あの娘、リディア・ハーネストの防御幕はかなりのものだ。だが体力がない。短期戦で場数をこなさせた方がいいと俺は思うんだがね」
トレイを持ったまま、すれ違いざまに言ってきた男を振り返る。
寡黙だがその分口が堅く、必ず成果を上げる。そして作戦が有効ではない時は、それをはっきり告げるガロ・オルテガ。
彼の
新人を侮りもせず、権力者にも媚びない。
若いディアンも、ゴミ係と揶揄されているリディアも見下さない。皆を陰ながら助け、尊重する態度を崩さない。
「――次の作戦は、アイツを……お前の部隊に入れてもいいか?」
ディアンは呆然としながらも、口に出す。
その応えは、親指を立てた逞しい背中。
――自分に人望がなければ、人は従わない。そうじゃないと、娘一人守れない。
それには、周囲を固めなければいけない。
信頼できる部下を集める。自分が信頼されるリーダーになる。
それがまず最優先だと、その時ようやくディアンは学んだのだ。
*wish to reach to her heart
(いつか、彼女のこころにたどりつくことを願う)
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