231.not to reach the past

 個人端末PPからの響きを感じて、ディアンは通話にでた。表示画面から相手はリディアとわかっていた。


『……先輩、私』


 囁くような伺う声。出る前から、そろそろ連絡が来る頃だと、わかっていた。


「ああ」

『ヴィンチでの――後始末のこと』


 息を吸う音、謝罪の気配。


「リディア」


 彼女は、自分が名を呼ぶといつも気配を押し殺す。

 緊張して、身構える。今も押し黙ったまま、その先の言葉を恐れている。


 ――変わらない。


「――この作戦が終わったら、お前に話したいことがある」


 それは、リディアの予想していた返事と違ったのだろうか。僅かな間がある。


『わかった』


 リディアは内容を問わない、余計なことも訊かない。

 自分ディアンは決めた時にしか、話さないと知っているからだろう。


「だから――」


 待っとけ。出かけた言葉を飲み込む。


 何を、だ。自分か、それともその言葉を、か。


 いいや、自分が言いたいのは――。


(――行くなよ、どこにも)


 どこに行くというのだ。

 それでも、それを念押ししたいと思うのは、どこかに行きそうだと思うからか。


『先輩こそ……』

 無事で。


 その声が聞こえた気がした。


『あとで』

「ああ、あとでな」 


 途切れた声、暗くなる画面。


 ディアンはPPを胸に戻して、背を崩れた壁に預けた。

 廃墟に、他の生き物の気配はない。一時間後に作戦開始となり、ディアンは部下たちと合流する。それまでの僅かな休息だ。


(どうして、あいつは――)


 ――先輩が好きだからだよ。


 涙を浮かべて、告げられた言葉。

 予想外の言葉、予想外の場面だった。反応できなかった、愕然とした自分の表情を見てリディアは泣き笑いのようなものを浮かべて、そして俯いた。


 ――好きになって、ごめん。


 震えていた声、泣いていたのか。それとも違ったのか。

 あの時、何かを言うべきだったのに。


 ――忘れて。なかったことにはできないけど。私も、この感情は忘れるから。


 そして、向けられた背。


 あの時、その背を掴めば何かが変わっていたのだろうか。


(好かれてるなんて、思わなかった)


 怖がられていると、嫌われているとさえ思っていたのに。


(――あいつはもう、その感情を忘れたのだろう)


 なかったことにできたのか。


 (リディア……)

 

 その名をもう一度呼ぶ。

 何度呼んでも、彼女は戸惑いを見せる。眼差しを揺らし、肩を強張らせる。


『俺の名を呼ぶな。――それから、お前の名前なんてどうでもいい』


 あの言葉を投げつけた時から、それはずっと変わらない。


 ――好きだったという感情は忘れても、彼女はその言葉を忘れてないだろう。



*not to reach the past 

(もう過去には届かない)

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