211.his weakness

 

 あの時――制止したときには、既に呪いをリディアが引き受けた後だった。


 黒い怨嗟の鎖がとぐろを巻き、リディアの身体を縛り上げる。

 

 びくびくと跳ね上がる身体。目から耳から、毛穴から血が噴き出す。濃いクマ、見開かれた瞳、灰色の肌、リディアの跡形もない。けれどそれはリディアだった。

 

 周囲では、皆が目を覚ましたかのように頭を振り、手足のこわばりを振り払い、ダメージをおして動き始めていた。

 指示を出すまでもない。ディアンの状況を察知しディックやその他の者たちが事態の収拾にあたっていた。

 

 大丈夫かとおもねるものなどいない。

 誰が呼んだのか、救急隊が到着し、一台がリディアを収容する。電極やらなにやらをつける。心臓マッサージを行う手、AEDの準備が行われる。


 ディアンの口は勝手に動く、どけ、邪魔をするな。


 手は意識せずとも動き、口は術式を紡ぐ。


 頭の片隅でこれはだめだと理解している。たくさんの死体を見てきた、


 たくさんの瀕死の者たちを見てきた。謎の病気、致死的なダメージ。この体はそれだ。


 ダガコレハ……リディアだ。


 リディアであっていいはずがない。


 リディア、リディアと呼びかける声は誰のものだ。震える声、それとも手が震えているのか。

 背筋を這いあがるのは恐怖なのか。

 

 お前が死ぬはずがない、そんなのはうそだ。

 

 手立てがない、そんなのを認めるわけにはいかない。


 リディアの身体の下は血だまりだった。

 魔法が間に合わない、出血の方が速い。


 多臓器不全――あちこちの臓器から、血管から血があふれ出し穴という穴から血が漏れだす。血液の凝固機能が壊れ、凝固ができなくなっている。

 

 死ぬな――お前が死んだら。

 

 そんな不吉な恐怖に身が竦む。

 

 ーー悪魔と契約させればいい。

 何かが囁く。


 死ぬ、でも生き返る。リディアは元に戻る、死なない体になる。

 

 リディアの笑顔がよぎる。


 ……そんなのは、リディアじゃない。


 ちきしょう、と叫ぶ。俺は死んでもいい。だからリディアを、誰か。


 白い花びらがはらはらと散り落ちる。

 リディアの手を握るのは、ずいぶんと白い肌のたおやかな手。


 顔を上げてディアンは呟いていた。


 白木蓮……リディアの契約者。

 あれから一度も見ていない。いや本来ならリディア以外のものが見ることはあり得ない。


 ――いまのうちに


 唇が囁く。


 リディアの出血が止まる。

 誰かが叫ぶ、出血が止まりました、今のうちに搬送します、と。

 

 ディアンの口が急速に回りだす。


 ――私に呪いを。

 

 ディアンに選択肢はない、いや迷うまでもなくその提案にのる。

 

 呪いはリディアの血液にある魔力にとりついていた。

 血流にのせて、つないだ手から白木蓮に流し込む。ヤツの顔が苦しげに歪む。

 

 ディアンは顔をしかめた。

 

 どうしても、呪いの核のようなものが離れない。

 

 ――結晶化して、それを封じなさい。

 

 白木蓮の力を借りて、リディアの左腕に閉じ込める。

 幾重にも幾重にも魔法を重ね、それが発動しないように封じ込める。


 ――あの子には言ってはいけないよ


 その声を残して彼は消える。

 

 リディアの腕に残された呪いの核。

 

 そして白木蓮の様子。

 

 あと少しだ。あと少ししか奴はもたない。

 

 そうしたらリディアは――。


 ディアンは蒼白なリディアの顔に触れ、そしてリディアの頬を撫でる。血の塊がぱらぱらと落ちる。

 

 リディア、と声が漏れる。安堵なのか、それとも何かを予期していたのか。


 死なないでくれ、その声は苦し気で泣きそうだった。

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