193.師匠


 二人で部屋を出たシリルとウィルだが、シリルはそのままウィルを無視して廊下をすすんでいこうとする。


「ちょ、待てよ」

「ん?」

「話があるって言ったろ」

「それに私がなんで付き合わなきゃなんねーんだ?」


 ウィルはぐっと詰まる。


 たしかにそうだ。

 自分のために時間をさいてくれる、立ち止まって話を聞いてくれる。それが当たり前の訳がない。リディアがそうしていてくれたから。それが通用すると思っていた。


「たしかにそうだけど。一つ、教えてほしいんだ」


 頼む、と頭を下げる。

 シリルは先程ウィルとキーファを比べたように、自分に対して点数が辛い。


「まあ、内容次第だな」


 どうでもいいことは聞けない雰囲気だ。

 ウィルは頭をあげて、顔を真っ直ぐに見返す。


「大学の生徒、ゴードンの仲間にリディアがされたこと知ってるだろ?」


 それは確信だった。誰かからの報告なんて待たないだろう。情報収集が彼らの本分だ。

 シリルは返事をしない、ただ見返すだけ。それが返事だ。


「そいつらんとこ殴り込もうって思ってんだけど、リディアには知られないようにしてくんない?」


 一気に言い切る。無理だとか言われたくない。やり返す、ただそれだけだ。

 止めてほしいわけじゃない。


 ただ、リディアには――知られたくない。リディアが自分のせいで、とか思うからじゃない。

 

 リディアは今回の自分の被害を報告しない。大事おおごとにしない。

 けどウィルの気は済まない。

 今後、他の女性が受けるかもしれない被害はどうでもいい。


 ただ、好きな女が散々な目に合わされて黙っているなんて、そんなつもりはない。


 シリルはわずかに身動きした。


「キーファも似たようなこと言ってたな」

「キーファが?」


 意外、ではない。キーファもやられっぱなしで黙っている男じゃない。

 最近はリディアへの思いを隠さなくなってきて、ウィルも焦らされる。

 

 だけど、なんだって?


「ただし、自分がアイツラをブチのめすから、何もしないで欲しい、そんな感じだったな」

「……」


 より過激になっているような気がする。


「けどお前ら。大学に知られたらまずいだろ」

「……ばれないようにやる、つもりだけど」

「キーファはなんとかするって言ってたな」

 

 キーファなら握りつぶすかもしれない、ぼんやりそう思う。

 流石に自分だと本人達に力で言い含める、それぐらいしか思いつかない。


 キーファはいろんなところから圧力をかけられるのかもしんない。


「……まあいいさ」


 シリルが寄りかかっていた壁から背を浮かす。そして歩き出す。

 ウィルは慌てて追いかける。


「なあ?」

「全部もみ消してやるよ。キレイサッパリな。好きなだけやりたいだけやって来いよ」

「マジで?」


 シリルはちらりとウィルを見下ろす。そうなのだ、彼女のほうがウィルより身長が高いのだ。


「今回はな。私らは手を出さない、お前らがやりたいって言うから譲ってやるよ」


 ところで、とシリルは改めて足を止めてウィルを上から下まで眺める。


「なんだよ」

「お前ら、やり合う自信はあるのか?」


 ウィルは黙って肩をすくめた。

 ずっとやっていたアーチェリーは武器になるかもしんないけど、基本は競技だ。得意なバスケも音楽も全部遊び。


 喧嘩はジュニア時代にしかしていない。


「魔法使っていいなら。まあ魔獣よりはマシだろ」


 あんな魔獣を倒せたんだからなんとかなるだろ、そう言えばシリルはふっと鼻で笑う。


「なんだよ」

「キーファにリディを送ったら、戻ってこいって言っとけ」

「?」


「――お前らに喧嘩のやり方を教えてやる」

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