172.受難は続くよどこまでも
「センセー」
自身の研究室で会議資料をまとめていたリディアを訪ねてきたのはチャスだった。
今は授業中のはずだけれど。リディアは嫌な予感を覚えた。
「ネメチ先生が、キレて帰っちゃった」
「は?」
「俺らも帰っていい?」
ネメチ准教授がなんで?
……とりあえずいっしょに教室に向かうと、キーファが散らばったゴミをゴミ箱に入れていた。
「なんかー、突然キレてゴミ箱蹴飛ばして、ゴミ撒き散らして出て行った」
「……ええと、大丈夫?」
「先生がいらした時に、まだ席についていない学生がいたのと、教科書を忘れたものがニ名、そうしたら、突然声をあげられまして。なにを言われたのかは聞き取れなかったのですが」
「――帰っていい?」
リディアは、額をおさえた。
「ええと。とりあえず、教授に連絡をとるから教室で待機」
「えええ!?」
「それから用務員さんに箒と塵取りを借りてね。――片付けありがとう、コリンズ」
ブーブーいう生徒をそのままに、リディアは自室で内線をかける。
(准教授本人には怖くてかけられない)
なので、責任者のはずの教授にかけてみる。気が重い、リディアがあの問題発言をしてしまったので、きっと怒り心頭のはずだろう。
しかしエルガー教授は、珍しいことに五コールで出る。
『なにかしら』
「エルガー教授。ネメチ先生が、授業中に激昂して授業を中断して帰ってしまわれたそうです」
『ああそう』
ため息混じりだが、驚かない様子に珍しくないことなのかと、リディアの方が驚愕する。
「学生にはどう説明をすればいいですか?」
「そうねー。今回の授業は後日、やるしかないわね。何の授業?」
(知らないのかい!?)
「魔法術式の応用展開です」
リディアも時間割を確認しながら告げる。
「ああそう。あなた代わりにやっておいて」
(は?)
「え? あの、今日で三回目の講義ですよね? その続きがどこまではか不明ですし、どういう展開で教えていいのか」
上の先生の授業を、下っ端が行うってなに? しかも新任が?
「私も、どういう授業かわからないわ。生徒と日程調整して、今回のやり直しを組み込んで頂戴。今日やってくれてもいいけど」
(わからない!? わからないのに、それを部下にやらせるの!!??)
しかも、今日?
「でも、科目責任者も担当も准教授の名前になっていますし」
「名前は関係ないの。誰がやってもいいの。だからあなたがやりなさい」
誰がやってもいい?
なら。誰もやらんでもいいのでは?
呆然としながら、リディアは電話を切る。
怒りとか、腹立ちとか、憎しみとか、呪いの感情が込み上げてくる。
――目を閉じて、手をあげて深呼吸をする。イメージトレーニングだ。
「ここは、草原」
さきほどの声は、小鳥のささやきだ。
落ち着け私。
私は草原にいるの、草原にいるの。
さっきのは、気のせい、気のせい。なんでもない、腹なんて立たない。
――心を沈めて目を開けた瞬間、床の遠方に黒い影。
「ひっ、きゃああああああ!!」
リディアが叫ぶと、その黒い奴は、さささと本棚の下にもぐりこんで行った。
G!
草原じゃない、ここは草原じゃない!
「帰る、もう帰る!!」
どうしよう、でも退治しなきゃいけない?
いやだ、いやだ。でも同じ部屋はいやだ。
ノックの音にリディアはヤツの方向に背を向けてドアへ向かう。
今度は誰!?
「――先生、ハーネスト先生」
聞き慣れない声に、廊下に出ると用務員の服を着た男性。
「教室で生徒が蛍光灯を割ってしまったんですがねえ」
その手にはバスケのボール。
――あいつら!
「すみません、今行きます。ところで、あの。――退治していただきたいものがいるのですけど」
***
リディアが教室に戻ると、キーファが箒とちりとりで蛍光灯の破片を片付けていた。
ええと。何か見た光景だ。
おそらくキーファでは無いだろう。
「だってさー、待ってるの暇だったんだよ」
おまえら、成人して、よくも教室でボール遊びなんてやってくれたな。
「――教授と、学科長の元へ謝りに行ってきなさい。そして弁償の相談をしてきなさい」
「えーだって准教授がいなくなったし、待ってろって言ったの先生だし」
私のせい!?
「――ダンボール人形を作らせるのを阻止してやった恩を返せ!」
「はあ?」
「つーか、先生一緒に謝りに行ってよ」
子どもか!?
リディアは生徒たちを睨んだ後、交換条件を出した。
「――退治してほしいものがあるの」
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