169.チャス
「ロー!! 待って」
チャスは、ロッカールームから荷物を持って出て廊下を歩いていたところを、追いかけてきたリディアに捉まった。キーファと何か話があるみたいだったから、席を外したのだけど意外にすぐに終わったみたいだった。
「あなた、体調は大丈夫? 怪我をしたのだから、医務室に行く?」
チャスは手をひらひらさせる。
「怪我もないのに?」
「怪我をしたショックは身体に残っている――わけではないけど、痛みや怪我の記憶があるでしょ? それが自分でも気がつかないうちにダメージになることもあるし」
「んー?」
正直面倒だった。疲れているし、帰ってネットの漫画も見たいし。
「センセの膝枕」
「……え」
「あれって、なんで?」
「――なんで、かしらね」
リディアは眉を八の字にまげて、困ったように腕を組んだ。
「寒いかな、とか」
チャスは吹き出した。
「だせえ理由!」
「え、な、なによ」
「いいよ、俺帰って寝るから」
「それと!」
リディアはじっと見上げてくる。暗い廊下で見ると、濃い碧の瞳に吸い込まれそうだった。
「あなたエルガー教授の研究に協力しているでしょ? 研究所では問題ない? 教授はどう声をかけてくれる?」
「どういう意味?」
「論文読んだけど、ずいぶん被験者の拘束期間が長いし。それに今度は魔獣を使うって計画書にあったから。あなたの同意の上だとは思うけれど――私も今度研究所に同行してもいい?」
「は? なんで?」
「別にやめさせようとかじゃないけど。あなた結構一人で解決しがちだから。実験中、教授はフォローしてくれる?」
「――顔、みせたことねえし」
リディアは、顔色も表情も変えなかった、ただ真剣な表情で見つめてくる。
「次、いつ行くの? 私も行く」
チャスは、ええと、といいかけて黙る。
(……なんだよ!)
自分は平気なのに。金もらえるし。ほんと、実験動物みたいなもんだし。
(あの、傀儡人形と――同じ)
でも、この人は、ちゃんと人形を大事に扱っていた。命がなくても、かりそめの命の存在でも、丁寧に尊重して扱えと、それをチャスに伝えたのだ。
リディアが人形を丁寧に箱に収めて、失った片目をガーゼで覆っていたのを見た。
「来週の水曜、午後六時」
「わかった。教えてくれてありがとう」
にこっと笑った時、初めてちょっとかわいいじゃんと思った。
全然好みじゃなくて、自分はもっと大人の美人――たとえばサイーダみたいのが好みで、ウィルや、キーファが好意を持っているのも全然理解できなかった。
むしろ特別扱いされている二人を見て、不公平だと面白くなかった。
***
チャスは、大学構内を出て個人端末の操作する。
「なあ、俺」
通話の向こうの相手は、少し声が遠い。国外だからだ。
「言うとおり、やったよ。そのせいで俺が呪いにかかったんだけど。マジ死にかけたけど、話違うし」
あまりにも冷静に指摘する声に、はいはいはいと言いながらも、胸がなんだか冷えていく。俺はなにやってんだろ。
「そうだよ。センセは、自分が呪い被ってたよ。アンタが、予想したとおりにね」
そうだ、やっぱり、自分は。
「金は早く口座に入れてよ。それからもう――やんないからな」
金さえもらえればいいと思っていた。
けれど――もう、やらない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます